とある生徒の変化
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誠司達が天宮と話している時、その光景を遠巻きに見ていた生徒達はいつまでも見ているわけにはいかないとその場を離れていった。
「くっそぉ……。なんだよあいつ。妹が『祝福者』だからって天宮さんと馴れ馴れしくして。妹がいなけりゃ俺達と同じだったはずだろ。Aクラスにはいったのだってぜってー妹のおかげだろ」
とある男子生徒は先ほど見た天宮と誠司が気軽な様子で話している光景を見て悪態をつく。実際先ほどの光景に不満を抱いたのは彼だけではないだろう。他の生徒達だって、それを口にしたかは別としても同じように思ったはずだ。
だがそれも仕方のないことだろう。なにせ誠司は、『祝福者』であるとはいえそのことを隠しているのだから。だから周囲の者たちからしてみれば、妹の威を借りて大規模クランのアイドルに接近している不届き者としか写らない。不満を抱くなという方が無理である。
だが彼の感じた不満は、何も誠司のような金魚の糞が天宮と接していたことだけではない。
誠司にはなにもいいところなんてないはずなのに、それでも『祝福者』の妹がいるというだけで大手のクランに入ることができる可能性があるからだ。
自分は大手に入れない。入るにしてもまっとうに試験を受けて厳しい競争の中を勝ち抜いていかなくてはならない。それなのに、誠司は努力なんてしなくとも入れる。少なくとも、彼の中ではそうと決まっていた。
それに加え、自分はまだどこのクランからも声がかかっていない。
優秀な者や期待されている者は、クランからの勧誘機関になると初日のうちから声がかかるというのに、自分にはまだ声がかけられていない。
これで部屋の中に閉じこもっているのであれば仕方ないかもしれないが、彼は学園内を歩き回っているのだ。それも、本人が意識してかせずかは不明だが、人の多いところばかりを。まるでスカウトの目に着こうとしているかのように。
だがそれでも一つの誘いもない。その事実もあって、彼はイラついていた。
「––––初めまして、少しお時間よろしいですか?」
「っ!」
ようやく声がかけられたのか!?
そう思った彼はバッと振り返ったが……
「え? ぼ、僕ですか?」
「はい。駒場陸翔さんですよね? 実は、卒業後に私たちのクランに入っていただけないかと––––」
彼が振り返った先には自分ではない別の男子生徒に声をかけているスーツ姿のスカウトマンの姿。
そんな光景に、喜びが浮かんだ顔も一瞬でつまらない表情へと変わった。
再び歩き出した彼は、今度はそれまでとは違って人のいないところへと向かっていった。そして自動販売機で飲み物を買い、近くのベンチで休みだした。すると……
「申し訳ありませんが、お時間よろしいでしょうか?」
「え?」
ベンチで休んでいる彼のそばにスーツ姿の男性が現れており、にこやかな表情で話しかけてきた。
いつの間にいたのかわからなかった。
彼には男が突然現れたように感じられ、そのせいで反応が遅れてただ声を漏らすことしかできなかった。
そんな彼の様子を無視して男は話を続ける。
「私はクランのスカウトでして、この度は彼様を当クランにお誘いしたくお声をかけさせていただきました。それで、改めてお伺いいたしますが、現在少々お時間はよろしいでしょうか?」
「え、あ……は、はい! 大丈夫です!」
「ありがとうございます。実は当クラン似た画期的なスキルを開発することに成功しまして。そのスキルをあなたに使っていただきたいのです」
そう言いながら、男性は持っていたケースを開いて中身を見せる。すると、その中には光を放つ一つの玉が存在していた。
「宝玉……」
そう。その玉はスキルを覚えることができる宝玉にそっくりだったのだ。
だがどことなく違うような気もすると彼は感じていた。何が違うのかはわからない。だが、何か本能を刺激するような、それもプラスではなくマイナス方面の怪しい感覚がその宝玉からは感じられていた。
「これまでの『スキル』は既存の『祝福』の劣化コピー品でしかありません。どれほど努力をしても、『祝福者』には敵わない。ですが、このスキルは違います。このスキルはいくつものスキルを参考にし、組み合わせて作り出すことに成功した、まったくの新しいスキル。祝福の劣化コピー品ではなく独自に作り出したスキルであるがために限界など存在せず、使い続ければ『祝福者』にさえ届く……いや、追い越すことができる力を手に入れることができるのです! いわば、成長するスキル!」
「成長する、スキル……」
男性が話す言葉が本当であれば、それは画期的な技術だ。まさしく世界を変える技術で、もし本当にそんなものがあるのなら成り上がることだって不可能ではないだろうと彼に思わせるほどだ。
「こちらを使い続ければ、いずれは『祝福者』すらも超えることができるでしょう。いかがですか? あなたの手で、私どもと共に世界を変えてみませんか?」
欲しい。彼は本気でそう思った。
怪しさは感じる。そんなうまい話があるのかと思うし、宝玉だって本物かどうかもわからない。宝玉自体から不気味さを感じていたというのもあった。
だが今では、目の前にある宝玉が素晴らしいもののように思えて仕方がない。もし手に入れることができるのなら、なんとしても手に入れたい。
だが……
「で、でも……俺はもう、スキルをもってるし……」
そう。すでに彼はスキルを手に入れてしまっている。
スキルは複数を習得することはできず、もし違うスキルを覚えようとしても覚えることができないどころか、宝玉が反応すらしないで終わる。それは以前反応していた宝玉であってもそうだ。
一度決めたスキルは後から変えることができない。それは最初にスキルを決める時に教師たちも言っていたことだった。
「ご安心ください。こちらのスキルは複数の効果を持っておりまして、そのひとつがスキルの上書きをすることが可能、というものです。ですので、すでにスキルを覚えていることに関しては問題ありません」
新たなスキルを手に入れる問題は解決した。ならあとは邪魔をするものなんて何もない。
そう理解するや否や、彼は本人も意識しないままに宝玉へと向かって手を伸ばしていた。
だがその手が宝玉に触れる直前でピクリと手が止まった。
やはり怪しい。本当なのか。そんな技術の話は聞いたことがない。本当ならなんで俺なんかに持ってきた。
––––本当にこのまま手を伸ばしてもいいのか?
「……」
そう思うが、口は拒絶の言葉を紡いではくれない。なにより、すでに彼の目は、自身の前にある宝玉から放せなくなっていた。
彼は目の前の宝玉から視線を外さないまま悩んで悩んで、そして……
——◆◇◆◇——
彼が男性から新たなスキルを上書きしてから数日経った放課後。すでに学園内を歩いていたスカウトたちは全員いなくなり、学園内は普段通りの様相を見せていた。
だが、そんな中で、普段通りとはいかない生徒が一人……
(殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ––––)
男性から新たにスキルを上書きした彼だったが、これまでその変化を感じることはできなかった。確かにスキルを使用する際に今までとは何か違うと感じていたが、そこまで明確に強くなったと感じるほどではなかった。
『成長型のスキル』と言っていただけあって、使い込まなくては強くなれないのかと若干苛立っていた。
その苛立ちを解消するために気分転換として普段とは違う場所で一人スキルの訓練をしていたのだが、そこで突然頭の中で誰か、あるいは何かに対する『殺意』が溢れかえった。
「くそっ! なんだよこの声っ……! 殺せって、誰を殺せばいいんだよ!」
突然の殺意に気分が悪くなりよろめいた彼は、近くの木に寄りかかり少し待ってみたが、それでも気分はよくならず自身の寄りかかっていた木を思い切り殴りつけた。
スキルを使ったままで殴った木はバキッと音を立てて拳がめり込んだ。
「今の音は?」
そんな音が聞こえたようで、偶然近くにいた生徒が彼のいる場所へと近づいてきた。
そのことに気づいた彼はとっさにその場を離れて木陰に姿を隠してしまう。
「あれ? 誰もいないのか? でも音が……それにこれって……」
姿を見せた生徒は彼が殴りつけた木を見つけるとそちらに注意を向け、そして彼に背中を向けることとなった。
無防備な背中だ。今なら殺れる。
そう思った時にはすでに彼の体は動き出していた。そして……
「なんだよっ……なんだよこれ! くそっ! なんで俺がこんなことをっ……!」
気が付いたら彼はその生徒のことを殴り殺していた。
彼の手は真っ赤に染まっていた。手に着いた血を見て、殴った感触を思い出した彼は––––恍惚とした表情を浮かべた。
だけど、まだ何かが足りない。そう感じた彼は殺した生徒の死体に近づくと、その体に手を伸ばし––––
「上演」
文言を口にすると同時に、彼の頭上に青く輝くヘイローが浮かび上がった。だがそのヘイローは、どこかおかしい。本来は単色であるはずのヘイローにもやがかかっているようなくすみが混ざっているのだ。
そんなヘイローの変化に気づくはずもなく、彼は伸ばした手を死体に触れさせた。
するとその瞬間、生徒の死体から彼へと何かが流れ込んでいった。
全てが流れたのか、もう生徒の死体からなにも出なくなると、死体は突然音もなく崩れ、塵となって宙を舞った。
死体はなく、周囲にあった血痕すらもない。あとに残ったのはその生徒が来ていた制服だけ。
「ああ……イイ」
殴ったと認識した直後は罪悪感も感じていた。だが今はどうだ。そんなものは全く感じておらず、不思議な全能感に喜びすら感じている。
そんな全能感を確認するために、彼はもう一度近くの木を殴って力を確認するが……
「なんだ、こうするのか。こうすればよかったのか」
殴られた木は先ほどとは違い、陥没するだけではなくめきめきと音を立てて倒れた。
そこでようやく彼は自身の得た力の使い方を理解した。強くなるには、他者を殺せばいいのだ、と。
「でもこれで……この力があればっ!」
一人殺しただけでこれだけの力を得られたのだ。だったら、もっともっと、何人何十人と殺せば、きっともっと強くなることができる。それこそ、男性が言ったように小規模クランを大規模クランへと育て上げることができるくらいに。そして、『祝福者』すら超えることができるくらいに。
「まだだ……まだ足りない。俺はもっと強くなる。強くなってやる。そのためには……」
そう呟いた彼は、ふらふらとした足取りで歩き出し、その場から去っていった。