先輩とのお茶会
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「あれ? あそこにいるのって……」
「もしかして天宮さん?」
クランの説明会が終わり、体育館から出てきた俺達だったが、昼休みの後から始まった説明会は普段の授業が終わるのと同じくらいの時間まで続いた。
日本だけではなく申請した世界各国のクランが来たのだから当然のことで、むしろ早く終わった方だろう。
そんなわけで、説明会が終わった後は帰るだけとなっていたのだが、俺達が体育館から教室に戻る際に、通路脇に人だかりがあるのを見つけた。
なんだと思って近寄ってみると、その視線の先には俺達も知っている人物で、なんだったらさっきも舞台の上で見かけた人物––––天宮透香がいた。
「あの人、なんだってこんなところにいるんだ?」
ベンチの上にお菓子を置いて、その横に座って優雅にお茶をしてるけど、そんなことするくらいだったらさっさと帰って自分の部屋で食べてればいいのに。
ほら、多分護衛かなんかだと思うけど、隣に立ってる人だって微妙な顔してるだろ。
「クランの説明にきたからでしょ?」
「いや、そりゃあそうなんだけど、終わった後もだらだらしてないで、さっさと帰ればいいだろ。っていうか、言われなくても帰るのがあの人じゃないか?」
というか、多分普段はそんな感じだろ。適当に人の話を聞き流し、イベントが終わったらさっさと帰っていく。それがあの人だ。
一応クランの勧誘とかあるみたいだけど、間違ってもあの人はそんなどうでもいい理由でこんなところに残ってるような人じゃない。
「あー、そうかも。でも……こうして見てる分にはちゃんとした人だよね」
「だなぁ。さっきの話だってしっかりしてたし、できないわけじゃないんだよな」
こうして見る分にはまともな人なんだよな。なんだかお茶をしている姿も様になってるし。
なんて思っていると、集まって彼女のことを見ていた生徒達からわーきゃーと歓声が上がった。
見れば、先輩がこちらに向かって手を振っていた。目が見えてないのによくわかるもんだ。……ってあの人能力使ってるのか。頭の上に光る輪っかが見える。
「なんか手を振ってるんだけど、やっぱり兄さんに用があって、ってことだよね?」
「だろうな。けど、あんまし行きたくねえんだけど。絶対に目立つだろ」
目立たずに普通に生きていくことを目標としている俺としては、あんな視線の集まる場所に近寄りたくはない。今あそこに行ったら確実に目立つだろ。
けど、ここで逃げたらそれはそれで面倒なことになりそうな気がするんだよな。
「目立つだろーねー。でもさ、ほら。私がメインで、ってことにしておけば何とかなるんじゃない?」
「……そうするしかないか。ここで逃げてもいいけど、そんなことしたら直接教室に乗り込んできそうな人だし」
あの人ならやる。普段はめんどくさがって行動しないくせに、面白そうなことを見つけると積極的に介入してくるんだから困る。
仕方ないので、俺達は一旦その場を離れてから下駄箱で靴を履き替えて先輩の元へと向かうことにした。
向かう途中で「あいつら何してんだ」とか「あれは誰だ」とか聞こえてきたけど、やっぱり目立つよなぁ。一応祈の付き添いってことにしておけば大体の理解は得られるだろうけど、それでもやっかみとかはあるんだろうなぁ。
対処なんてしたところで余計に問題が大きくなるだけだから無視するしかないんだけど、ほんとに厄介なことをしてくれるよ、あの人は。
「やほやほ~。元気してた~?」
そんなこっちの気も知らないでのんきに声をかけてくる先輩。こうも無邪気に話しかけられると、文句を言う気にもならない。
「この間電話で話したでしょう」
「そーだけどさ~。電話と直接会うのとじゃ違うじゃ~ん。わたしはあなたと直接会いたかったの~。……いや~ん。も~、せいじーちゃんったらこんなこと言わせないでよ~」
頬に手を当てながら恥ずかしそうにこちらを見てくる先輩。
だけど、この人が〝そんな感情〟を抱くわけがない。
「いつも通り脳みそ沸いてるみたいで安心しました」
本当に安心した。さっきまでの彼女を見ていたせいで、普段との違いがありすぎて俺は幻を見ているんじゃないか、あるいはあの人がおかしくなったんじゃないかと思っていたんだ。
そうではなく、ただ普通に演技していただけなんだとわかって安心した。
「ひどい!?」
「いや、あまりにもさっきの演説が素敵なものだったので、本当にこの人は俺の知ってる先輩で合っているのかと不安に感じたものですから。その不安を解消することができてよかったです」
「うん~? ……心配事がなくなったんだったらよかったね~?」
「……そうですね」
この人、本当にさっきの人と同一人物か? 皮肉が効いていないんだが?
「兄さん。この人馬鹿にされてることに気づいてないよ」
「仕方ないだろ。それがこの人なんだから」
理解できないで大丈夫なのかと思うけど、理解できないんだからやっぱりこの人はこの人だなと安心できる面もある。
「聞こえてるんだけど~。陰口なら聞こえないところで言ってよね~。……あ、やっぱり聞こえないところでも言わないで~」
悪口を言われて不満に思っているのか、表情は不満がありますと言わんばかりに顰められているけど、ふわふわと間延びした言葉のせいで悲壮感がかけらも感じられない。
「それで、なんでここに来たんですか?」
「んへ~? だからぁ、あなたに会いたかったからって言ったじゃないのよ~。あ、いのちーにも会いたかったわ~」
『いのちー』というのは祈の事だけど、『命』と間違えるからやめてほしい。まあこの人のことだし、祈の〝事情〟を理解したうえで言ってるのかもしれないけど。
「う~ん。ま~ね、真面目な話をするとぉ、なんか起こりそうだから気を付けてねって話~」
「何かって、何が起こるんですか?」
「し~らな~い。わたしだってそう伝えてって言われただけだし~、詳しいことはこっちのもっちーに聞いて~?」
「もっちー……」
初めて聞いた名前だけど、多分先輩のそばに立っているこの人のことだよな?
今まで見たことないから新人なんだろうか?
まあ、今まで、なんて言っても、そもそも俺は先輩とそんな長い関係じゃない。
せいぜい五年くらいなものの付き合いだし、常に一緒にいるわけでも頻繁に会うわけでもないんだから、見たことがない人がいるのも当然だろうけど。
「初めまして。この阿呆のお守り役となりました、百地悠里です。お二人は佐原誠司さんと佐原祈さんですね」
「はい。そうですけど……」
「お守り役って……護衛の方ですよね? 前の人はどうしたんですか?」
今まで先輩と会うときは、この人のお目付け役というか介護役として別の人物がいた。どこに行くでもその人が付いていたはずなんだけど、交代制になったんだろうか?
そう思って聞いてみたが、その瞬間先輩の纏う雰囲気が普段のふわふわとしたものから真面目で悲し気なものへと変わった。
まずい。そう思った時にはもう遅く、先輩は持っていたお茶を乱暴に飲み干すと、カップを置いて空を見上げた。
「あー、あの子ね。死んじゃったわー」
なんとも思っていないような、興味なく呟かれた言葉に聞こえるが、違う。
「……そうですか」
普段とは明らかに違う態度の彼女を見て、俺はそう呟くことしかできなかった。
「うん、そう。まったく馬鹿よね。もういい歳してたんだから退職して遊んで暮らしてればよかったのに。四十なんて死ぬには早すぎるでしょ」
「原因はやっぱり……」
「わたしを狙ってきた馬鹿共のせいねー。って言っても、わたしだってあの程度じゃ死ななかったし、ちょっと怪我する程度だったのに無理して庇って死んじゃったんだから、あいつもばかよね」
世界中を見通し、心を覗き、未来さえ観測することができると言われている先輩の能力は確かに脅威だ。味方であれば頼もしいが、敵であればこれ以上ない脅威となる。
だから、以前から命を狙われることが多々あると聞いている。そしてそれは実際にその通りなんだろう。だからこそ先輩は普段は自室からでなくとも問題ないのだ。
彼女が部屋から出ないのは、彼女自身がそれを望んでいない引きこもりだからというのもあるが、国もクランもそれを望んでいないからでもある。
今は目の前にいるし、何ら気負ったところがない様子だが、むしろ今の状態の方が特別なのだ。




