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三大クランの副リーダー達

 ——◆◇◆◇——


 誠司達学生へのクラン説明会が終わった後、控室として与えられた部屋では三人の男女が集まっていた。


「うまくやったもんだな。戦士に呼びかけんのに、なんでお前をよこしたんだって思ったけど、やられたぜ」


 そう話したのは、赤茶の髪を後ろに流している偉丈夫。『先駆者の集い』において副リーダーを務めている男––––鬼崎大地。


 鬼崎は先ほどの天宮の演説に対して苦々しい表情をしている。それだけ天宮の話が効果的だったと認めているのだろう。


「そうね。戦士をそろえる場で、戦士以外を引き抜こうとするだなんて思わなかったわ。あれなら直接的な戦闘力を持たない子達でも志願してくるでしょうし、戦える子だって流れていくでしょうね」


 そして、そう思っているのは鬼崎だけではなくもう一人の女性もだった。

『純粋な祈り』に所属しており、同じく副リーダーの地位についている女性––––安心院天理。彼女もまた、先ほどの天宮の演説をうまくやったものだと思っている。


 ただ、安心院の場合は鬼崎とは違って、そこに悔しさや苛立ちのようなものはないようだ。

 それもそのはず。彼女は天宮がうまくやろうと下手を打とうとどうでもいいのだから。もっと言えば、天宮ではなく別の誰かが何かをしたとしてもどうでもいい。安心院が今日ここに来たのは将来のクランメンバーの確保のためではあるが、それだって上司に言われたからでしかない。

 つまり、安心院天理という女性の本質は、天宮透香とひどく似通ったものということだ。

 好意にせよ悪意にせよ他人に特別な感情を向けるくらいだったら、自身の興味がある事柄に対して向けるべきだと、本気でそう考えている。


 だからこそ、知り合いがうまくやったな、とは考えても、まあそれはそれとしてだからどうしたとしか思っていなかった。


「あれならお前が来たのも納得ってもんだ。車いすだってのを逆手にとったな」


 将来有望な学生を多く引き入れたい『先駆者の集い』としては、あんな演説をされれば自分達のところに来る者が減るだろうと思わずにはいられなかった。

 そのため、相変わらず苦々しい顔で話す鬼崎だが、そんな鬼崎の言葉を向けられている当の本人である天宮は、先ほどまでの堂々とした態度が嘘のようにだらしない姿をさらしている。


 ライバルともいえる相手の情けない姿を見て、鬼崎はハアッとため息を吐くが、それも仕方のないことだろう。なにせ先ほどまで壇上で堂々と話をしていた凛々しい女性は、現在用意されていたお菓子を口いっぱいに頬張り、ハムスターのように頬を膨れさせているのだから。子供でももう少し品のある食べ方をするだろうに、天宮はそんなことを気にした様子は全くない。


「ほえ~? にゃにぎゃにゃっちょきゅにゃお~?」

「……お前みたいなアホを送ってきた理由だよ、アホ」


 口いっぱいに詰め込みながら喋ろうとする天宮を見て、鬼崎は呆れながら再び溜息を吐いた。


「あひょっ!? あひょっちぇにかいもいっちゃ!?」

「いや、だってなあ?」

「あなた馬鹿じゃない」


 鬼崎から水を向けられた安心院だが、その意見は鬼崎と同じようだ。だがそうだろう。この場に他の人がいたとしても、皆同じように鬼崎の言葉に同意を示すはずだ。


「びゃかじゃみゃ~いっ!」

「ならせめて口の中にあるものをなくしてから話しなさいよ。何言ってるかわからないわ」


 呆れ交じりの安心院の言葉を受けて、天宮はハッとしたように租借をし、ごくんと飲み込んでから口を開いた。


「わたしは~、ばかじゃないです~。これでも~、学力はクランでは上から数えた方が早いくらいなんだからね~」


 実際、天宮は勉強はできるのだ。特に言語と歴史だが、科学や生物もなかなかの成績だ。というのも、絵を描くのに必要だからだ。

 言語は他国の絵に関する資料を読むために必要で、歴史は絵の題材とする風景の経緯やそこに積まれてきた歴史を知るために。

 科学はより良い色を出すために絵の具の調合としてで、生物は生き物を描くこともあるから。

 数学も物理を学ぶ上で必要だし、音楽だって歌手や演奏家を描くために自分で理解しようと基礎くらいは身に着けている。


 全てが『絵を描く』という目的に集約されているが、はっきりとした願いがあるからこそ好成績をたたき出すことができるともいえる。

 なお、まったく興味のない政治経済はひどいものだ。最低限の常識すら危うく、一番怪しいのは道徳である。マナーや常識を知っていながらも守るつもりがないのだからどうしようもない。


「その事実に驚きよね」

「だって~、いろんな本を読むのに勉強しないとだも~ん。建造物の描き方とかって~、建築方法とか構造とか~、いろいろ知ってた方がうまく描けるのよね~」

「やっぱりお前はお前だな」


 改めて勉強ができる理由を聞かされて、鬼崎は呆れたように肩をすくめるが、それ以上の反応はない。以前からの顔見知りである三人にとっては、天宮の行動原理なんてわかりきったものでしかないのだから。


「というよりも、あんな振る舞いができるんだったらなんで普段からやらないのよ」


 安心院の問いかけは真っ当なものだろう。

 とてもではないが、今のこのだらけ切っている女性が先ほどまで立派に演説していた人物だとは思えない。常にそう振舞っているのであれば、天宮の本性を知っている仲間内からの評判も、こんな呆れられるものではなくもっと良いものとなっていたことだろう。


 そのことは天宮自身も理解している。だが、理解しているがそれを実行できるかどうかは別問題だった。


「え~。だってめんどくさいしぃ。今日だってホントは来たくなかったもん~。お部屋で絵を描いてた方が楽しいのにね~?」


 外面を良く振舞うことはできる。そのこと自体は今日の舞台で証明されたが、天宮とてそうしたほうがいいということも理解している。


 けど、そのうえで全て無駄なことだと切り捨てているのだ。


 それは、ひとえに自身の価値というものを理解しているから。

 無茶をしたところで、どうせ国は、クランは自分のことを切り捨てることはできないのだと理解しているからこそ、自身の振舞いによる他者への影響なんてくだらないことを考えないで生きている。

 仕事だって気に入らなければ断るし、事実これまで断ってきた。


 安心院も天宮の同類ではあるが、その点で言えば安心院はマシだ。自分の願いのために動きたいと思っているし、自身の価値を理解しているが、そんな欲望に忠実に動くよりもある程度理性をもって動いた方が自身の得になると考えているからこそ、願いを抑えてある程度の理性を持って行動している。


 そのことに関しては鬼崎も同じだ。鬼崎とて『祝福者』なのだから、自身の〝願い〟はある。自身の価値も知っている。だが無茶はしない。


「じゃあなんで来たんだよ」

「だって~、脅されたんだも~ん。や~よね~。忙しいからって~、自分の仕事を部下に押し付けるなんて~。こっちだってやることあったのに~」

「どうせ絵を描くか昼寝をするくらいだろうが」

「そうだけどぉ……それ言ったら~、あじてんだっておんなじようなもんじゃな~い?」

「あじてんって呼ぶのやめてちょうだいって言ってるでしょ……。まあ、やりたいことがあったっていうのは否定しないわ」

「絵描きに魔女か。どっちもろくでもねえな」

「そういうあなただって、戦いのために一人突っ走っていくろくでなしでしょう?」


 魔法という現象に魅入られた女性と、戦いという舞台に魅入られた男性。

 二人とて、こんなイベントに参加したかったかと言われればノーと答えるだろうし、今からでも自身の〝願い〟のために命を懸けて行動したいとさえ思っている。


 結局は『祝福者』なんてそんなものだ。二人と天宮の違いなんて、最後の一線を越えないだけの理性が利いているかいないかの違いでしかなく、一皮むけば全員〝頭がおかしい〟奴らでしかない。

 そもそも、そんな頭のおかしさがなければ祝福を手に入れることができるほどの〝極限の願い〟なんて抱くことができるわけがないんだから、当然といえば当然だ。


「ありゃあ俺についてこられねえ奴を俺に着けんのが悪い。それに、仕事をすっぽかそうとするお前らよりはましだろ」

「あら、私はちゃんと仕事はするわよ?」

「その過程の被害を考えないで結果だけを求めるんだろ? ろくでなしじゃねえか」

「結果良ければ、っていうじゃない。それに、結果的にその方が被害もなく利益になるんだから、褒められこそすれど責められる筋合いはないわ」


 安心院は己の影響力を考えて行動するし、与えられた仕事はきっちりとこなす。

 だが、自身の〝願い〟のために行動するため、最速最短の道を選ぶことが多々ある。その過程での被害や損害は考えない。百人死んだとしても、結果的に目標を達成できたのなら問題ないし、誰が死のうと何が壊れようと自分には関係ない。

 そして、仕事が終わった後には嬉々として魔法の研究や実験に戻っていく。


 故に、正面から言う者はあまりいないが、『魔女』と、そう呼ばれていた。


「そのせいでお前んところのクランの評判が悪いって峰岸の奴が嘆いてたぞ。人間を盾にして戦う非道なクラン、ってな」

「まったく。世間もいい加減ね。盾になんてしてないわ。餌にしただけよ。クランリーダーのくせに小さいことをいつまでも引きずり過ぎなのよ。もっと堂々としてもらわないとよね」

「どっちにしても変わんねえじゃねえか」

「餌にはしたけれど、最終的には死んでないから問題ないでしょう? まったく、他の者を死なせないようにしたうえで仕事として目的を達成しろだなんて、うちのリーダーも面倒なことを頼んでくるわよね」


『魔女』と呼ばれながらも安心院がやってこれているのは、彼女の力が貴重だからというのもあるだろうが、彼女の所属しているクランのリーダーである人物のおかげだった。きっとその人物は胃痛に悩まされていることだろう。


「わたしはそんなことしないけど~? 余計な被害なんて出さないしぃ、誰かを餌にも盾にもしないし~」

「お前の場合はそもそも仕事しねえろくでなしだろうが」

「だって~、仕事しなくていいって言われてるし~。なんだったらぁ、仕事するなって言われてるんだも~ん」

「……そうかよ」


 堂々と役立たず宣言をした天宮に、鬼崎はついに何かを言うのを止めることにした。だがそれで正解だ。どうせ何を言ったところで天宮は自身の行動を変えるつもりなんてないんだから。


「なんか、お前らといると俺が常識人に思えてくるから笑えるよな」


 鬼崎とて『祝福者』であり、自身が他者とは違って〝願い〟のために自分勝手に行動していることは理解している。

 だがそれでも、この二人を前にしているとそんな自分勝手さもかわいらしいものに思えてくるのだから不思議だ。


「えー、あんたが常識人~? 冗談はやめてよねー」

「そうね。あなたよりも私のほうが常識人にふさわしいわ。少なくとも私は命がけの戦いに嬉々として乗り込んでいく生命として破綻している人間じゃないもの」

「代わりにモラルだかマナーだかが死んでんだろうがよ」


 何の生産性もない命がけの戦いに身を投じることを幸福としている鬼崎と、魔法のためにモラルを無視して道を進む安心院。そして、絵を描くために人生を捨てている天宮。果たして誰が一番マシなのか……。


「で、この後はどうすんだ? 一緒に飯でも食ってくか?」


 もうすでにやることがない三人。一応クランとしてはスカウトや学校の中の状況を確認したりとやることがあるのだが、それは副リーダーである三人がやることではない。

 そのため、今日の予定はなく、あとは帰るだけとなっていたのだが、せっかく三人がそろったのだからと鬼崎が食事の提案をした。


「ん~。わたしこの後ちょろ~んとお話する相手がいるの~。だから~、奢ってもらうのはまた今度でおねがい~」

「誰が奢るって言ったんだよ」


 誘いを断っておきながら奢ってもらう前提でまた誘えと図々しいことを言っている天宮に鬼崎は今日何度目かの呆れた様子を見せた


「ぷえ~。いいじゃ~ん。おかねいっぱいもってるんでしょ~?」

「お前らだって同じくらい稼いでんだろうが。っつーかお前に関しては俺らよりも稼いでんだろ」


 鬼崎も大規模クランの副リーダーとして相応しいだけの金額は稼いでいる。ポケットマネーとして数億は簡単に動かせるだけの額はあるのだ。だが、それでも特殊な祝福を持っている天宮にはかなわない。


「あ~、私は画材とかに使っちゃうから~」

「ああ、それは分かるわ。私も材料や実験素材に消えていくもの」


 自身の趣味に全力を注ぐ天宮と安心院は、稼いだ金もほとんどがそこへ流れていくため、鬼崎と違ってまともな金など残っていない。

 一応緊急時用に口座を分けて残してあるが、そちらは管理している者がいるので気軽に出すことはできなくなっている状態だった。


「性格にも仕事にも問題があって金遣いも荒いとか、マジでろくでなしどもじゃねえかよ」


 二人とも違うベクトルで仕事に対する姿勢も問題があるが、金遣いも荒いとなれば、鬼崎の言うようにろくでなしといってもいいだろう。


「でも、あなたが学園に残るんだったら私も残ろうかしら? 一応今日は学園内を歩き回って勧誘をしてもいいことになってるんだし、他にもやってるクランはあるでしょう?」


 本来はたとえ世界でもトップクラスの大手クランであっても、この学園内を自由に歩き回ることはできない。だが、今日だけは別だ。正確には今日から一週間。日本だけではなく各国のクランが学園内を歩き、生徒達の品定めをして将来自分たちのクランに来るようにとスカウトをすることができる日となっていた。

 そのため安心院が学園を歩き回っていても問題はないのだが、そのことに対して鬼崎が難色を示した。


「ああ? あー、そうだな。つっても、それは弱小クランが死なねえためのルールだろ」


 そう。一応すべてのクランがスカウトすることは可能、となっているが、大手なんてそもそも放っておいても人が来る。このルールは、動かなければ人が入ってこないような弱小クランのためにこそあるのだ。


「あら、ルールとは言っても今日説明会に来たクランであれば誰でもやっていいことでしょう? 私達だけ勧誘してはいけないなんてズルいじゃない」


 だが、弱小クランのためにあるルールとはいえ、それは暗黙の了解というもの。ルールそのものはクラン全体に作用していることは間違いないのだ。なので、安心院が実際に学園内を歩き回ろうと、咎めることはできないのも事実であった。


「大手のクランが勧誘に乗り出したら他のところに機会が行かねえだろ。そんで弱小クランが潰れたりしたら、困んのは結局俺らだぞ。尻ぬぐいしなくちゃなんねえんだからな」

「そんなものは時間をかけて今の構造を変えれば、将来的には最適化できるわよ。弱小クランの生存戦略やその影響なんて考えなくてもいいくらいにね。生徒達としても、私たちに勧誘された方がうれしいと思うけれど……はあ。わかったわよ。そんなに睨まないで頂戴。あなたって変なところで真面目よね。もっと自分勝手な人かと思っていたわ」

「おめえらが自分勝手すぎんだっての。俺達ぁこれでもクランの顔だぞ。ちったあ自分の影響力とか考えろや、くそったれども」

「もぐもぐ……んぐ。……じゃー、わたしは行くから~。元気でね~」


 言い争う二人をよそに、天宮はテーブルの上にあったお菓子を思い切り頬張ってから部屋を出ていくのだった。


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