創造主の恩恵副リーダー
「––––私達『創造主の恩恵』はこの国における最大のクランとして、国を守るために日々研鑽を積み、励んでいます。けれど、国を守るために一生懸命努力する。そのことを笑う人もいるでしょう。こんな国を守って何になると、そう思う人もいると思います。実際、私自身そう思っている部分もあります。この日本という国は腐っていると、ろくでもない大人が居座り続けてだめにしていると、そう思っています」
そうして話しているうちに本格的な説明が始まったんだけど……あの人、まともに話すことなんてできたのか。
だったら普段からそういう態度でいればいいのに……無理か。
けど……真面目な態度なのは良いけど、この人ちょっと発言が過激すぎじゃないか? 一応クランって国の組織だってのに、そんな堂々と腐ってるなんて正気か? クランの代表としてここにいるわけだし、その発言は後で問題になったりするんじゃないだろうか……
「ですが、それでもこの国は私の故郷なのです。私たちが生まれ、暮らしてきた大事な場所なのです。だからこそ、私はこの国に留まり、戦っています。少しでもより良い国になるように。少しでも誰かが幸せになるように。だから、そんな未来のために皆さんにも、私達と共に戦うことを望みます」
……なるほど。うまいな。きれいごとだけを並べるんじゃなく、堂々と悪いところを悪いと非難したうえで自分達が変えると、一緒に変えようと誘うのなら、そんな誘いに乗るやつは沢山いると思う。
これが名前も知らず、実績さえ残していないような有象無象であれば別だろう。ただ話を聞いて、へーすごい。勝手に頑張って。で終わったはずだ。
けど、今俺たちの目の前にいるのは『日本一のクランの副リーダー』だ。その言葉は生徒達にとってはとても眩しく価値のある素晴らしいものに思えることだろう。
「この戦いというのは、なにも拳や剣での物理的な戦いだけではありません。営業や事務能力で他のメンバーを支えることも立派な戦いです。だって、そういった雑務をこなしてくれる方がいなければ私たちはまともに戦いを続けることはできないのですから」
そして弱者のカバーも忘れないと。まあ実際後方支援って大事らしいし、戦闘員だけしかいないなんてことになればクランとしてやっていけないんだろう。いくら力があっても世渡りが下手なら無駄に敵を作るし、邪魔もされるんだから。
「私の言った言葉が信じきれないと思う方もいることでしょう。どうせ戦闘能力がある方が優遇されるんだろう、と。ですが、そんなことはありません。だって、私を見てください。あ、私を見てとは言っても、スカートの中は見ないでくださいね?」
……うっわ。なんだよそのキャラ。あんたそんなこと言う人じゃないだろ。
でも、そんな砕けた話方がウケたのか、生徒たちはくすくすと笑いをこぼしている。男子の一部にはそれでもスカートの中を見ようとしているのか、若干頭を低くしているアホもいるほどだ。
お前ら、そんなに見たいか? あの人は確かに舞台の上っていう俺達よりも高い場所にいるし、そんな場所で座っているんだから、ひざ掛けをしているといってもスカートの中を覗くことは可能かもしれない。
加えてあの人はある意味国民的アイドルだ。美醜だって悪くない。むしろいいほうだろう。今の話を聞けば、正義感のある優しい人だって思うのも無理はないかもしれない。
年齢は二十九……今年で三十だったはずだけど、まあ学生たちとしても許容範囲だろう。
……あれ? そう考えると結構普通の事なのか? いや普通というか、そうしてもおかしくない相手のような気もしてくる。
そんなどうでもいいことを考えている間にも話は進んでいく。
「皆さんにお聞きしたいのですが、私は戦えると思いますか? こんな車いすでしか移動することのできないお荷物が実際の戦場に立てると、本気で思いますか? ありえません。よっぽど戦いに向いた祝福……それこそ魔法のような遠距離からの攻撃や癒しが使えれば戦場に出たかもしれませんが、私はただ〝視る〟だけです。確かに強力な能力ではありますが、戦場に出るほどではないのです。そんな私でも、クランの一員として共に〝戦う〟ことができています」
まあ、そうだな。実際、国だって彼女の所属しているクランだって、彼女が戦うようなことは一切させていない。だがそれでも、彼女はクランにおいて副リーダーという立場を得ている。
それはつまり、彼女の言ったように戦う力だけを求めているわけではないということだ。
けど……
「でも俺達には祝福なんてねえし……」
それでもやはり信じきれないんだろうな。どこかから先輩の言葉を否定するような声が聞こえてきた。そしてそれは、しっかりと彼女にも聞こえたようだ。
「皆さんは、〝それでも私は『祝福者』ではないか〟とも思うでしょう。ですが、逆に言えば私は祝福に関したことしかできません。書類をまとめるのなんて私よりも上手にできる人はいくらでもいるでしょう。誰かと話をしてうまく商談をまとめることだって、みんなのために食事を用意することだって、私よりも上手な人はたくさんいます」
知ってる。というか、なんだったらあんた絵を描くことと能力を使うこと以外何もできないだろ。部屋の片づけもできないし、書類を整理するどころか小冊子を読むことすらできてないじゃないか。商談だって、話をまとめる以前に話にすらたどり着かないだろ。放っておいたら自分の食事さえ用意せずに倒れるくらいの不出来さだ。
そう考えると、よく今まで生きてこれたな。今の地位にいられるのは奇跡じゃないか?
「人のできること、必要とされていることは、一つだけではないのです。与えられた仕事をこなすことができるのなら、それは祝福を持っている者と同じだけの価値があると私は思っています」
この人の本性を知っている身としては、この言葉は本心なんだと理解できる。
けど、そんな本性なんて知らなくとも何か感じるものがあったのだろう。生徒たちは感動したような眼差しで先輩のことを……『創造主の恩恵副リーダーの天宮透香』のことを見つめている。
「だからどのような方であろうと、覚悟があるのであれば我々は歓迎します。もっとも、クランにて採用するにあたって最低限の能力は必要となりますので、『創造主の恩恵』に入りたい方はちゃんと勉強をしてくださいね」
最後にほんのりと茶目っ気をこめてそう言うと、先輩は話を締めて舞台袖にはけようとした。
だが、車いすを動かそうとして不具合が発生したのか、「あれ、あれ~?」と焦った様子を見せている。
そんな様子を見て舞台袖から係りの人がでてきたが、どうやら車いすの不具合ではなくブレーキを解除し忘れていただけのようだ。
話が終わったからって気が抜けたんだろうか? なんとも先輩がやらかしそうなミスだ。
普通だったらそんなミスをする姿は頼りなさを覚えるのかもしれないけど、そんな姿も親しみを感じるものなんだろうな。生徒達は好意的な笑みを浮かべて舞台袖に消えていく先輩のことを見送った。
もしかして生徒の反応を計算して……いや、ないな。ただ単純にポカしただけだろう、あの人だし。
「流石は最大手のクランだな。めったに外に出てこないし、やっぱりこうして直接見れたのはよかったぜ」
「こういう時はちゃんとかっこいいのな」
隣にいる桐谷は感心したように頷いているけど、俺はそんな感想しか出てこなかった。だって、あの人だしなぁ……。
確かにさっき話をした姿はかっこいいと思ったけど、本性を知っている身としては素直にかっこいいとは言えなかった。