クラン説明会
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先輩の電話があった日からおよそ一週間後。週初めの月曜日に俺達生徒は体育館(というか武術館?)に移動することになった。
「––––今時体育館に集合って時代遅れだろ……」
「まあな。そんなことしなくても映像繋げばどこでだって伝えたいことは伝えられるんだし、せめて教室で座りながら見させてくれとは思うよ」
体育館に向かいながらこぼれた愚痴に桐谷が反応したけど、本当に俺もそう思う。教室にテレビでも設置して、必要ならそこに映像を送ればいい。なんだったら生徒全員にアプリでも入れさせてもいい。
一年だけとはいえ、こんなわざわざ生徒を一か所に集めてまで話をする必要なんてないと思う。移動だけで時間かかるし、時間無駄だろ。
それに、単純に立ったまま話を聞くのって疲れるし。
「立ったまんまでも別に疲れはしねえけどさぁ、やっぱなんつーか精神的に辛いんだよな」
「でも、今回はみんな乗り気なんじゃないの?」
「そうか?」
そんなことないと思うけどな、なんて思いながら周りを見回してみるけど、桐谷の言ったように愚痴をこぼしているのは俺達くらいなもので、他の奴らは心なしか期待に満ちた表情をしている気がする。
「まあ、有名なクランのトップ陣に会えるんだからな。多少はしゃいでもおかしくないだろ」
クランは一応国の所属だし、各クランは一課、二課というように部署が違うだけではある。
けど、それはあくまでも書類上の話であって、実際にはそれぞれがほぼ独立しているといってもいいようなものだ。
各クランで連携をするときはあるけど、基本的には対立している。対立といっても抗争のようなことをしているのではなく、派閥争いや成績争いのようなものだけど。
そんなクランは大規模なところから小規模なところまでいろいろあるが、大規模なクランのトップなんてアイドルみたいなもんだ。そう簡単に会えるもんでもないし、写真集なんかも出ることだってあるんだから、会えたら嬉しいのはそうなのかもしれない。
けど……
「そういう割に、お前はあんまりはしゃいでない感じだな」
周りの生徒たちに比べて、今俺の隣を歩いている桐谷はあまり興奮した様子はないように見える。
「うちは何度かあったことがあるからな」
「ああ、一応お偉いさん関係の家だったな」
俺とこうして普通に話してるからあんまり意識しないけど、桐谷の家も上流階級に分類される家だ。クランの大物と会ったことくらいあってもおかしくはないな。
「それに、会えるって言っても直接言葉を交わせるわけじゃないんだから特に意味ないだろ」
だよな。それは俺も思う。近くで見れるって言っても、言葉を交わせないんだったらあんまり意味ないと思う。
けど、そんな俺達の会話がアウトだったんだろう。隣を歩いていた祈がダメ出しをしてきた。
「うっわ。つまんない考え方~。桐谷ってライブとかがあっても後で録画したのを見ればいいとか言うタイプでしょ」
「いや、流石にそんな空気読めねえこたあ言わねえけどさ……あー、そっか。そう考えっとはしゃぎたくなるか」
祈りの言葉で納得した様子を見せているけど、多分こいつが本当の意味で他の生徒の感覚を理解することはできないだろうな。
「桐谷の場合はこんな特別な場じゃなくても会おうと思えば会えるからありがたみが薄いんだろ。というか、他の奴らもそんな感じじゃないか? このクラスの奴らははしゃいでる奴いないだろ」
「あー、たしかに?」
本人としても思い当たる節があるんだろう。あらためて周囲の他の生徒を見回してから頷いている。
「ってかよお、それ言ったらお前らはどうなんだよ? 普段会えない有名人に会える機会だろ?」
「有名人って言ってもなぁ……」
桐谷がそうだったように、俺達もクランのトップくらいなら会おうと思えば会える立場ではある。なんだったら、ついこの間電話をしたくらいだ。だからありがたみもくそもない。
当然ながらそのことを言うつもりはないけど。
「それに、私たちも会おうと思えば会えるしね」
俺が『祝福者』であることを言うつもりはないにもかかわらず祈がこんなことを言ったのは、最初からそういう〝設定〟を決めていたからだ。
隠そうと思えば隠せただろうけど、その場合はもし俺達がクランの大物とつながっていることがばれた時に面倒なことになる。
それだったらいっそのこと、繋がりがあること自体は教えてしまってもいいんじゃないか、ということで、〝祈がいるから会える〟とすることにしたのだ。
「は? あー、そういやあ祈は『祝福者』だったっけか。だったらそうだろうな。会ったことがあってもおかしかねえか。むしろ、向こうの方から会いに来るんじゃねえの?」
「うーん。たしかに何回か家まで来た事あるかな」
何だったら向こうの家に行ったことだってある。もっとも、俺が行ったことのある相手何て全員じゃなくて数人だけだけど。
「おー、やっぱ『祝福者』ってなると色々すげえな。俺だってどっかのパーティーで何回か顔見たことがある程度だってのに」
「あ、直接話したことはないんだ?」
「そりゃあな。話ができるのなんてそれこそ一握りだっての。うちの規模を考えろよ。楽しくお話なんてできると思うか?」
「いや、俺お前んちの規模とか力関係とか知らねえし」
一般家庭生まれの俺からしてみれば、上流階級の力関係とか横のつながりとか知ったことじゃない。
「あー、そっか。そんじゃあ……なんて言えばいいんだ? 弱小とか?」
桐谷は悩んだ後に自分の家についてそう語ったけど、流石にそれはないんじゃないか?
「自分の家を弱小っていうの悲しくなんねえか?」
「つってもそれが現実だしなぁ」
桐谷はそういいながら苦笑いしているけど、それでも一般人とは立場が違うという意味では他と変わらない。
弱小って言っても、そりゃあ上流の中での、って意味だろうし、一般人からすればどの家も同じだよな。
「っていうか、武術を教える家に弱小とかあるんだね。何してるのかわかんないけど」
なにしてるのかわからないってのは俺もそうだけど、多分上流の中でも主流な流派とかあるんじゃないか? 後は古くから伝わる名門とか?
「そりゃああるさ。機会があったらうちに来いよ。見ればどんな感じの家なのかってのが分かるぜ」
「やっだぁ。そうやって女の子を家に誘うんだ~?」
「ちっげえよ! 祈だけじゃなくてお前ら兄妹を誘ってんだっての」
祈の冗談に声を荒らげた桐谷だが、怒っているわけではないのは今までの付き合いで理解できる。
けどそんなことより気になるのは、祈が他者と冗談を交えて話をしていることだ。こんな会話をすることになるなんて、少し前の祈りでは想像できなかった。やっぱり、こうして学校に通うことにしたのは正解だったのかもしれない。
「じゃあ、機会があったらな。まあ長期休みでもないといけないだろうけど」
「ここって外に行くのに事前に書類の提出とか必要だし、そう気軽に行けるもんでもねえからな」
そう。この学校は日本にあるとはいえ、海の真っただ中に存在している人工島の上に存在しているのだから、休みになったから遊びに行こう、なんてわけにはいかない。
飛行機を使うにしても転移装置をつかうにしても、手続きには時間がかかるものだ。
だいいち、遊ぶなら島の中にある店で済むようになってるしな。そのためにいろんなところから店を誘致してある。
店があるって言っても通う者は学生と、島で働いている従業員たちくらいなものだから客数は限られている。けど、金持ちが多く通ってるだけあって一人当たりが使う金額がかなりのものだし、各国から支援金が出ているらしいから、この学校が存在している限りは店がつぶれることはないだろう。
「で、まーあれだ。俺も実家の当主だったらそんな機会もあったかもしんねえけど……ま、俺は単なる倅でしかないからな。有名クランのトップと話す機会なんてなかったさ」
そんなもんか。けどまあ、これに関しては俺達の感覚がバグっているんだろうな。なにせ、俺達は一般家庭生まれって言っても、それは生まれだけの話。その後の人生が普通の生活だったかというとそうではないんだから。
「学生の何割かは学校にいる間に卒業後に所属するクランが決まるんだろ?」
この学校に通う生徒は、将来的には自分の国に帰る者もいるだろうけど、能力者として活動するためには必ずクランに所属––––というよりも能力者をまとめている国の機関である『組合』に所属する必要がある。これはどこの国でも変わらない。
とはいえ全員が大手のクランに所属することができるわけではなく、所属するには条件を満たさなくてはならない。まあ、言ってしまえば就活だ。
普通の就活と違うところは、クラン以外の仕事をすることはできないということ。クランの中の事務や営業、生産であれば問題ないけど、必ずクランに所属するしかない。
ただ、普通の就活生と違って就職率は悪くない。学生の八、九割が学生のうちに所属するクランを決める。それは、学生がクランに所属するしかないように、クランだってここの学生から就職者を探すしかないからだ。
大手であれ中小、弱小であれ、新しいクランメンバーは欲しいに決まってる。だから学生のうちからスカウトが入るんだ。そのおかげで、生徒のうちの大半は学生の間に就職するクランを決めてしまう。そういう意味では楽なんだろうな。ある意味努力しなくてもエスカレーター式に就職できるんだし。
とはいえ、いいところに所属しようと思ったらそれなりの成績は必要だから、まったく努力が必要じゃないという意味ではないけど。
「みたいだな。っつーか祈なんかは誘われてるんじゃないのか?」
まあそうだな。おれと祈は『祝福者』だけど、現状では祈だけがそうだとバレているので、祈はいろんなところから……というよりも、国内に限って言えばすべてのクランから誘いが来ている。
中には俺にまで誘いが来ることもあるのだ。「祈と一緒にどうか」って。将を射んと欲すれば先ず馬を射よって感じで、完璧におまけ扱いだな。それも仕方ないけど。
「え? ああ、うん。そだね。けど、正直どこでも変わんない気がするからどうでもいいんだよね」
けど、普通の学生なら欲してやまない大手からのラブコールも、祈にとってはどこであろうと変わらないものでしかないようで悩んですらいない。
「そんな理由で決めてないなんて、なんとも羨ましいな。二組以下の奴らに聞かれたら反感買うんじゃないか?」
「あー、そうかも? 今度っから気を付けまーす」
呆れながらの桐谷からの忠告で、祈も学校で今の態度はマズいかと理解したようで返事をしているが、その返事はどことなく気の抜けるようなものだった。こいつ、本当にわかっているんだろうか? こんな態度なのは、やっぱり最初の頃教育によくない人と接させたのがまずかったかもしれない。