厄介事の予感
「そんなうまくいくもんですかね? 聖女……お姫様一人殺したくらいじゃ、多少の問題にはなっても結局は襲った側であるクリフォトが悪い、ってなりません?」
たとえ学校行事の最中に誰か人が死んだとしても、その理由が何者かに襲われたのであればその襲った者が悪いとなるに決まってる。
そりゃあ多少は学校側も責められるだろうけど、クリフォトの連中が思うような対立にまでは発展しないんじゃないだろうか?
「表向きはそうでも、内心では日本とか学校がもっとちゃんと備えていればー、なんて思うでしょ。多分。知らんけど。で、そんな感じの悪感情の積み重ねがうんたらかんたら、って誰かが言ってたー」
「誰かって……」
誰が言ったんだよ。あんたその辺知ってるはずでしょうに。その言い方だと実際に誰かから話を聞いたんだろうし、顔を合わせるくらいはしてるだろ。なんでそんな他人事なんだよ。
「ぷえ~。だって会議とか出てても話とかろくに聞いてないし~? わたしが聞くのなんて最後のまとめの部分だけだも~ん。それにぃ、興味ない人の顔と名前なんて覚えるだけ無駄でしょ~? わたしの『目』は~、そんなのを見るためにあるわけじゃにゃ~いの~」
そう言った電話の向こうからはごそごそと布がすれるような音が聞こえてくる。きっとベッドに横になってゴロゴロしながら電話しているんだろう。
きっと一事が万事こんな調子なんだろう。それは今まで接してきた態度を見てくれば分かる。
というか、上層部の人たちだってこの人を会議に参加させる意味がないってことくらい理解しているだろ。いても空気が緩むだけなんだから、最初っから会議なんて参加させなければいいのに。
「……相変わらず好き勝手生きてるみたいでなによりです」
「いやいや~。そんな好き勝手なんて生きてないよ~。これでもちゃ~んとお仕事してるんだよ~?」
そうは言うが、この人の言葉は今一つ信用ならないんだよな。
他の事……例えばさっきの話の内容なんかだと信用できるんだけど、今みたいな仕事をした、とか、やるべきことをやっている、というような発言に関しては信用してはいけないってことを知っている。
「ちなみに、今日のスケジュールは?」
「え? えーっとぉ、お昼に起きて~、ご飯食べながらお話聞いて~、お散歩してからお絵かきして~、おやつを食べてちょっとだけお昼寝したら会議が終わったみたいで会議の内容を教えてもらって~、ご飯食べて~……うん。そんな感じ~? それで今思い出したから電話したの~」
だよな。そんな気はしてた。あんたがまともに仕事をするわけないもんな。
「……とっても楽しそうな職場ですね」
「そーだね~。好きなだけ寝てていいし~、ご飯も勝手に出てくるし~……」
それは本当に〝仕事をしている〟と言えるのだろうか?
いや、仕事をしているのは理解しているし、この人の仕事がこの国にとって重要な役割だって言うのも理解している。
けど、それはそれとして、その〝仕事〟以外が緩すぎやしないか?
「なにより、いくらでも絵を描いてていいっていうのがいいよね~! 面倒だけどぉ、クランの副リーダーなんて引き受けた甲斐があるわ~」
クランとは、国に所属している『祝福者』や『スキル保有者』を管理するための枠組みの一つだ。正確に言うなら、『祝福者』達を管理する組合があって、その組合の中にクランというチームが存在している。この人はそのクランの一つ……それも最大規模のクランの副リーダーをしている。
絶対にガラではないけど、この人の仕事や必要な権限を考えれば、それくらいの地位はないといけないのだとか。実際に副リーダーとして活動しているのは、もう一人の副リーダーだという。
それはそれとして、仕事をせずに気ままに生きて、思うままに絵を描いていればいいだけの生活なんて、とても羨ましい生活だと思う。
普通の職場であればそんな環境なんて与えられないことだろう。
けど、彼女を味方にするためにはこれは必要な条件だった。だって彼女の願いは、『世界中を描きたい』なんだから。
「魚が泳ぐのを止めたら死ぬみたいに、絵が描けなくなったら死にそうですね」
「うん」
そうだった。この人にとっては今の言葉は冗談なんかじゃないんだった。
絵を描けなければ生きている意味がないとまで言うほどの純粋な絵描き。それこそ、『祝福』として形になるくらいの極限の願いを抱くくらいには、彼女は絵を描きたいと思い続けている。
こういってはなんだけど、正直言って頭がおかしい女だと思う。
実際、絵を描くことに集中しすぎて死にかけたことがあるらしいし、欲しい色のために自分の腕を切って〝赤い絵の具〟を用意したこともあるんだとか。
もっとも、『祝福者』なんて全員どこか頭がおかしいやつらばっかりだけど。でも、その中でもこの人は頭のおかしさは上位だと思う。
「あ、そうだった~。それからぁ、あれがあれであれなんだけど~……わかった~?」
「あればっかりでさっぱりわかんねえ」
今のでこの人が何を言いたいか理解できたらそれはもう一種の祝福かスキルだろ。そんな能力いらないけど。
「そこはほらぁ、フィーリングでビビ~ッと~? うけとれ~、わたしの想い~!」
きっと今頃頭に指をあてて、ビビビッ、とかポーズとったりしてるんだろうなぁ。
「びびびび~」
本当にビビビッて聞こえてきたよ。でも、なんだかあんまり受け取りたくないなあ。
「毒電波とか怪電波っぽいんでアルミホイル頭に巻いておきますね」
「ひど~い! でもそれって都市伝説じゃないの~? 効果ある~?」
「いや、実際に怪電波なんて気にしたことないですし、効果があるかなんてわかりませんよ。上の人たちに聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「ん~、めんどーだからいーや~」
元々大して知りたいことでもなかったんだろう。すでに先輩は興味のなさそうな声で話を流した。
「くぁ~~~~あぁ……もう眠くなってきちゃった。今日はこれでおしま~い。じゃあまたね~」
あ、切れた……。まったく。毎度のことながらあの人はいつも勝手だなぁ。
「あ……結局何が言いたかったのか聞いてねえ。まあいいか。あの人のことだから大事な内容だけは伝えてただろうし、どうせついでに思い出すような内容なら大したことじゃないだろ」
本当に大事な要件はあの人じゃなくて『上』の方からかかってくるだろ。なんだったら先輩の秘書というかお目付け役の人からくるだろう。
だからとりあえず今日は何もせず、普段通りに寝てしまっていいか。
でも本当に最後は何を言おうとしてたんだろうな? 厄介事じゃないと良いんだけど……