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〝先輩〟からの電話

 

「あ。電話あったよ~」


 風呂から出てリビングに行くと、ソファでゴロゴロとしていた祈がテーブルの上に放置してあったスマートフォンを指さして教えてくれた。


「はいはい。誰だこんな時間に?」

「兄さんに電話とかすっごい珍しくない?」

「失礼な奴だな。俺だって電話くらいするっての」


 確かに誰かから電話がかかってくることなんてほとんどないし、なんだったらそもそも電話をしてくるような相手がいないけど、だからと言ってそれを真正面から言われると悲しくなるんだぞ。


「えーっと……先輩から?」


 画面を見るとどうやら〝先輩〟からかかってきていたようだ。先輩––––『天宮透香』さん。

 先輩といっても、学校の先輩ではないし、中学の時の先輩でもない。なんだったら先輩というような関係ですらないかもしれない。

 だがそれでも、この人は俺にとっては確かに先輩なのだ。


「もしもし」


 何の要件かわからないけど、あの人が自分で電話なんてかけてくるんだからそれなりの要件があるんだろう。

 その要件がいい方向のものなのか悪い方向のものなのかはわからないけど、しっかりと心の準備をしておいた方がいいだろうということで、一度深呼吸をしてから電話をかけた。


「あー? ……だれ~?」


 電話の向こうから聞こえてきたのは、若い女性の声。だけどその声は年相応の明るさはなく、どこかけだるそうな、やる気の感じられない無気力なものだった。


「誰って、俺ですよ。さっき電話をくれたでしょう?」

「え~? ……あー、はいはい。せいじーちゃんでオッケー?」


 言ってから気づいたけど、俺です、なんて言うとオレオレ詐欺みたいだなぁ。この人なら簡単に引っ掛かりそうだ。……いや、むしろ案外引っかからないのか?


 なんて思ったけど、名乗らなくても俺だと気づいてもらえたので良し。


 ただ、気づいてもらえたのは良いし、相変わらずのことなんだけど、呼び方がな……


「そうですけど、いい加減その呼び方止めません? なんか俺が爺さんみたいに聞こえるじゃないですか」


『せいじーちゃん』って言うと、『せいお爺ちゃん』って言ってるように聞こえるのでやめてほしい。


「え~、そーおー? でも実際年の割には達観してるところあるし、あながち間違いでもないんじゃないんじゃな~い?」

「そりゃあガキの頃に祝福なんて得たら、正確だってひねくれますって」


 祝福は便利かもしれないが、その分人の心を祝福を得た時の状態で固定する。

 固定といっても心の在り方全てを、というわけではないけど、子供の時に抱いた願いをいつまでも心の中心に据え続けなければいけないなんて、どうあってもまっとうには育たないだろう。


「せいじーちゃんの場合は、祝福を得たからっていうよりも、その祝福が役に立たなかったと思い込んでるからじゃにゃーかなぁ~?」


 この人は……まったく。

 俺の過去も祝福の内容も、この人は全部知っている。国からも説明が言ってるだろうし、俺自身が話したことがあるんだから。

 だけど、こうも簡単に引き合いに出されると話したことを少し後悔しないでもない。

 絶対に口にするなとは言わないけど、もう少し考えて口にしてほしい。……無理か。この人は他人になんて興味がない人だし。他人の気持ちを慮るよりも、自身の願いを果たすために頭を使う人だ。

 けどそれは仕方ない。だって、それが『祝福者』である彼女の願いなんだから。


 俺がこの人のことを〝先輩〟と呼んでいるのだってそれが理由だ。この人が俺よりも先に『祝福者』となった人で、俺よりも先に俺が所属している場所に所属した人だから。


「……それより、なんだって今日電話してきたんですか?」

「あー、それなんだけどね~。じっつはさぁ、こないだなんかやらかしたでしょ~?」

「この間って……京都での襲撃ですか?」


 この間のやらかし、と言われて思いつくことなんてそれくらいしかない。少しさかのぼれば祈が学校で『祝福者』の同級生相手に喧嘩をしたこともあるけど、あれが理由だったらもっと早くに電話が来てるだろう。


「あー、たぶんそれそれ~。なんだか知らないけど、すっごく暴れたんでしょ~? 楽しかった?」

「楽しくないし、そもそもあれって俺のせいでもなくないですか? どっちかって言うと巻き込まれただけですよ、俺」


 なんだか俺が自分から暴れまくったように言っているけど、あの時俺は襲われただけだ。襲われたからその場の流れで敵と戦っただけ。


「とか何とか言って~。誰かのために戦えたのって楽しかったでしょ~? ぜーんぶお見通しなんだからね~?」


 顔は見えないけど、電話の向こうでニヤニヤしながら話しているのが目に浮かぶような声だ。のんびりした話し方なのは変わっていないけど、ここだけなんでか無駄に力が入っているように聞こえる。


「千里眼でも使って見てたわけでもあるまいし、どうせ後から報告で知っただけでしょうに」


 もっとも、この人ならやろうと思えば見ることもできただろうけど。でもあの時あの場所の光景を見ていた、なんてことはないはずだ。


「ま―そうなんだけどね~? ……あー、そうだ~。それよりもさ~、いやそれよりもっていうかそれも本題の一部なんだけどぉ、その時のことに関していろいろと分かったことを共有しておこうかなって思ったの~。……あ。わたしが思ったんじゃなくって、上がね~?」

「わかってますよ。先輩はそんなことを思うような人じゃないでしょ」


 そんな情報の共有なんてめんどくさいことをこの人がするわけがない。この人の能力とそういった部分は信頼している。


「おー、わたしのことをそんなに理解してくれてるなんて……もしかしてぇ、わたしのこと……ちゅき~?」

「馬鹿なこと言ってないで早く本題に戻れよ、酔っ払い」


 あんまりにもあんまりな言葉を聞いて、思わず敬語も忘れてしまったけど、この場合俺は悪くないだろ。


 この人の厄介なところはこれだ。基本的に常にダウナーな声してるのは変わらないくせに、セリフごとにテンションが地味に上がったり下がったりするから対応するのがめんどくさい。


「くっふっふ。ひっど~い。酔っ払いじゃないし、しらふです~」


 ほんと、マジでめんどくさいなこの人。


「常時酔ってるようなふわふわした頭してんでしょあんた」

「え~。あ、でもそうだなぁ。世界の美しさに酔ってるってのは間違いないかな~」


 なんともこの人らしい答えではあるけど、そんなことが聞きたいわけじゃない。


「で~、えーっと……ああそうそう。本題だけどぉ、あの時襲ったのは魔人集団『クリフォト』の下部組織だったっぽいよ~?」


 それまでの頭ふわふわな態度と同じ調子で語られたが、その内容はとてもまじめなものだった。もっとも、真面目といっても彼女にとってはさっきまでの雑談と何ら変わらない話題の一つでしかないんだろうけど。


「クリフォトって、反人類集団ですよね?」

「そーそー。無能で害悪な人間は~、神様から祝福を得た自分たちが管理するべきだ~、って集団だね~。その下部組織に~、祝福はないけど思想に同調したおバカ達が集まってるのがあるんだけど~、今回のはその一つっぽい感じらしいの~」


 クリフォト。悪の勢力という意味の名前を冠した犯罪者集団。

 なんでわざわざ自分たちから悪を名乗るのかわからないが、実際にやっていることは悪で間違いない。


「祝福を持ってないってことは、クリフォトに支配される側の人間なのに、なんだって言うこと聞いてるのか理解できないですね」

「まーあれじゃな~い? 動物愛護団体とかとおんなじぃの~。人間は地球を破壊していくだけなんだから~、ちゃんと管理したほうがいいぞ~、制限したほうがいいぞ~。自分たちがちゃーんと管理してやるぜ~! みたいな~?」


 なるほど。それなら理解できないこともないな。


「結局それって、自分たちの思い通りにしたいだけで、本当の意味で他人の事なんて考えてないと思いますけどね」

「それが理解できれば~、そもそも協力してないんじゃな~い?」


 それもそうか。本当に真っ当な人間なんて、そんなおかしな行動はしないで平凡に生きてるよな。


「それで~、騒動を起こしたのはクリフォトなんだけど~、せいじーちゃん達のことを狙ったのは、なんか偉い感じの子たちが集まってたからだってさ~。『カラット』は日本の所属で日本の領土内だけど、いろんなところから人が集まってくるでしょ~? 特にぃ、今は外国のお姫様もいるんだし~。その辺りの子をころころしちゃえば、日本と外国の関係が悪化~! 世界的な『英雄』育成機関は崩壊! わーたいへん~。ってのが筋書だったみたいだよ~?」


 真面目な話だからか心なしか間延びした言葉が減っている気がするけど、それでも相変わらず気の抜ける話し方だよな。


 でも、相手さんの目的は分かったわけだ。何のために、かは分からなかったけど、何をするつもりだったのかはおおよそ俺の予想通りではあったな。


 とはいえ、まだ疑問はある。


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