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助けたがりの英雄は普通に生きたい  作者: 農民ヤズー


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星熊の童子

 

 初の部活兼襲撃のあった日からおよそ一週間が経過した月曜日。


「せいっち」


 今ではあの時の騒動もあまり話題には出なくなり、普段通りの生活を送っているわけだが、俺が一人で廊下を歩いていると瞳子が……いや、星熊が声をかけてきた。


「ん? 星熊か。どうしたんだ?」


 クラスメイトとはいっても、俺達は特に親しいというわけではない。昼食なんかの休み時間では九条達と一緒にいるということもあるのだろうけど、この一週間星熊は俺に話しかけてくることはなかった。せいぜいが会ったら挨拶を交わすくらいだった。

 だってのに、どうして今になって声をかけてきたんだろうか?


 別にそのことを責めるつもりはない。だって元々性格が違うし、お互いに友達がいるんだからそっちと話しているのはおかしいことではないんだから。ただ純粋に気になっただけだ。なんで声をかけたんだろう、って。


「や、別にどうしたってわけじゃないけど、あれからまともに話してなかったじゃん。ちょうど一人っぽかったし少し話そっかなって」

「そっか。……悪かったな」


 あの日のことを思い出し、せっかくだからと星熊に謝ることにした。


「え? な、何が……?」

「あの時の事だ。途中までは楽しんでただろ? それがあんな終わり方になっちまったから悪いな、って」

「いや、それは仕方ないじゃん。あんな変なのが襲って来たのがいけないんだし、せいっち悪くないっしょ」

「あいつらの襲撃に関してはそうかもしれないけど、でもその後の聖女様との話がさ、あれだったろ?」


 襲撃者に襲われたのは仕方ないし、そこで俺が謝るつもりはない。でも、そのあとの聖女との口論があったせいで終わりは空気が最悪だったし、敵を倒せてよかったね、なんて言ってられるような状況ではなかった。

 あれに関しては間違いなく俺が悪い。ああして聖女と口論なんてしなければ、大変だったけど楽しかった、自分たちはよくやった、なんて笑っていられたかもしれないんだから。


「あー、それは……ってかそれが分かってんならなんであんな態度だったわけ? もっと普通に接することもできたし、せいっちだって心の中で何思ってても隠せたんじゃない?」

「まあ、あの手のスキルにはちょっと思うところがあってな。だからまあ、少し感情的になった」


 聖女が治癒のスキルを使うのはいい。ただ、よりにもよってあのスキルだったのが問題なんだ。あのせいで、無駄に心がざわついたし、口を出さずにはいられなかった。

 改めて考えれば、本当に余計なことを言ったなと思う。けど、あの時は自制ができなかった。だから不用意な発言をしてしまった。


「とにかく、悪かったな。それから、悪いついでにもう俺とはあんまり一緒にいないほうがいいぞ。話しかけてくれるのはありがたいけど、一緒にいたら聖女様やそのお友達に睨まれることになるだろうからな。家のことを考えないといけない立場としては、俺よりも向こうをとるべきだろ?」


 今の俺は聖女様から睨まれる立場だ。教室でだって目を合わせることもしてくれないし、目が合ったとしてもすぐに逸らされる上、時折冷ややかな視線を感じる。


 星熊は『星熊家』っていう立場があるんだから、他国のお姫様に睨まれてるやつと一緒にいるのはまずいだろ。

 九条達みたいに同格の立場だったり、俺ではなく妹である祈と接しているついでに俺と接しているのであればちがったのだろうが、星熊はそうではない。


「それは……ってかなんでうちのこと『星熊』って呼んでんの? こないだは違ったじゃん」

「今も言ったけど、親しくしてたら睨まれるだろ?」

「でも、うちらもう友達っしょ。向こうだってそのことは知ってるに決まってるんだし、そのくらいのことで八つ当たりとかしてくる程じゃないっしょ。ってか、今更態度変えられるとか、まじつらみなんだけど」


 まあ確かにな。あの聖女、俺のことが嫌いだからって周りの人にまで悪意を向ける、なんてことはしないと思う。けど、それはそれとして聖女の周りの奴がかってに気を利かせて行動に出る、なんてこともあるかもしれない。


「友達って言ってくれるのはありがたいけど、まだまともに接したのは二回だけだぞ?」

「そんなのどーでも良くない? 二回目でも一回目でも、気があって楽しかったらそれでいーじゃん」


 驚きながらも、自然と口の端が緩んでいくのが自分でもわかる。

 聖女に睨まれているのを理解しながらも友達だって言ってくれるのは、本当にありがたいことだ。最初の部活動のペア相手が星熊でよかったと思う。


 けど、こんないいやつに迷惑をかけたくないってのも事実だ。だから、妥協点を提示することにした。


「まあ分かったよ。ただ、本当に普段はあまり関わらないようにしといてくれ」

「はあ? だからそれはヤダって言ってん––––」

「その代わり、どこかで戦うことになったら俺を呼べよ」

「へ?」


 星熊は俺の言った言葉の意味が分からないのか、どこか間の抜けた表情で首を傾げた。


「あの時の戦い、俺達結構スキルの相性良かったろ? 一緒に戦えば、誰だって超えられるさ。敵も、お前の親も」

「そ、れは……き、聞いたの? うちの話」


 星熊が目を見開き、困惑した様子で問いかけてきたけど、それはそうだろう。星熊自身は俺に家の事情なんて語っていないんだから。


 聖女関係で迷惑をかけるかもしれないと考えた俺は、そもそも星熊の家がどんな家なのかを知るために桐谷に聞いてみることにしたんだ。


 そうして聞けた話は、本来ならこそこそと調べるようなものではなく本人から聞くべきな話だった。

 そのことを聞いてから少し後悔したけど、その話の内容もあって星熊はあまり俺とは関わらないほうがいいと判断したんだ。


「まあ、大まかには。悪いな」

「ううん。別に隠してたわけでもないし、みんな知ってるからちょっと聞けばすぐにしゃべったっしょ? 何せうちは〝星熊の『童子』〟だもん」


『星熊の童子』。それは瞳子を表す異名で、蔑称だ。

 星熊の家は世界に祝福が現れた最初期に祝福を獲得した人物と同じスキルを受け継いでいる。一族の全員が同じスキルを手に入れられるように、洗脳ともいえる教育を施されるし、実際に同じスキルを手に入れてきている。もし違うスキルを習得してしまったら、本家の血筋だろうと傍系の家に出されるらしい。


 星熊瞳子はスキル自体は覚えることができたが、スキルの発現が半端で、本来ならスキルを使用した際に表れる『金色の目』が表れないのだという。

 だから一人前ではなく半端者ということで、星熊という家名と鬼という能力から、大昔にいたとされる鬼––––『星熊童子』の名前をもじって蔑称で呼ばれているそうだ。


 そんな事情があったから、星熊は家族との仲が悪そうに見えた。


「だとしても、だからどうしたって話だ。不完全なスキルの発現がどうした。それでも俺よりは強いぞ」


 俺は『祝福者』だけど、能力自体は遠隔系だから純粋な身体能力はそれほど高くない。俺と星熊が殴り合いなんてしたら、速攻で俺が負けるだろう。


「一人で戦う必要なんてないんだからさ。友達として助けてやるさ」


 それに、戦いなんて生きてなんぼのもので、一人で勝たなきゃいけない、なんて決まりはない。誰かの助けを得ようと、勝てばいいんだ。助けてくれる友達をそろえるのだって、一種の〝力〟だろ?


「あ……ありがと」


 恥ずかしそうに顔を逸らしながら呟くように言った星熊だけど、その姿を見てるとなんだかほっこりしてくるな。自然と口角が上がってしまう。


 そんな俺の反応に気づいたのか、星熊はキッとこっちを睨んでくると誤魔化すように叫んだ。


「うー、あー、なんかめっちゃ恥ずいんだけど! ってかうちってこんなこと言うキャラじゃないし!」

「おい、言うなよ。それ言ったら俺だって恥ずかしいわ」


 星熊も恥ずかしいんだろうけど、そんなのは俺だってそうだ。何がうれしくてこんな真正面から「友達として助けるさ」なんて言わなくちゃいけないんだよ。


「でも、友達として助けてくれんでしょ?」

「まあな。まだまだ子供な〝童子〟を助けてやるよ」

「じゃあ、そんときはよろ〜。あ、それから呼び方は戻してよ。聖女様んことは分かったから、二人だけん時だけでいーからさ。うちら友達っしょ?」

「……まあ、それくらいなら。友達だからな」


 友達、友達、と何度も言い合うのがおかしくて、星熊……瞳子も同じだったんだろう。俺達は顔を見合わせると同時に笑いをこぼした。


 人前で親しくしなければ大丈夫だろ。なんて思って気軽に返事をしてしまったが、まあいいか。なるようになるさ。


「ってかあれだよね。なんかさー、二人だけの時は呼び方変えるとか、彼ぴみたいじゃん」

「瞳子なら俺じゃなくてもいくらでも彼氏とか作れるだろ」

「作れるかもだけど、その言い方だとうちが軽いみたいなんですけど~」


 そんなふうに軽口を言い合いながら再び笑うのだった。


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