短い友人関係
こんなことを言うつもりはなかった。けど、口にしてしまったのは事実で、その言葉を近くにいたレイチェルが聞いてしまったのも事実だった。
「今、何かおっしゃられましたか?」
「へ? ……ああいや、別に何も——」
俺の言葉を聞いたレイチェルはそれまでの笑みを消して、怒っていることがありありとわかる表情で俺を見つめてきた。
そこで俺は自分が不用意な発言をしたことに気が付き、何とか誤魔化そうと言葉を探していく。
だが、レイチェルは最初から俺の言葉なんて聞くつもりはなかったようで、俺の言葉を待つことなく話し始めた。
「くだらないと。私の行為を見て、そうおっしゃっていませんでしたか? 私の行為が……誰かを助けることの何がくだらないというのでしょう。私には考え至らなかった何かがあるというのでしょうか?」
逃げや誤魔化しは許さない。聞いてやるから言ってみろ。むしろ話すまで逃がさない。
まるでそう言っているかのような眼差しを向けられ、俺は渋々ながら口を開いた。
「……治癒の祝福を手に入れたからって、そいつが誰かを助けたい、救いたいと願っていたかどうかは別だろ。もしかしたら金稼ぎのために誰かを癒す力が欲しい、なんて願ったかもしれない」
あり得ない話じゃない。普通はそんな理由で〝極限の願い〟となるほど願うことはないだろうけど、絶対にありえないわけでもないんだ。祝福を与えられる基準に善悪なんてないんだから。
「それなのにそんな力をありがたがってスキルを手に入れたんだって喜んで人助けをしていく。スキルだって無限に使えるわけじゃない。癒された方はいいかもしれないが、使った側に残るのはただの疲労だけだ。見知らぬ誰かの、裏があるかもしれない願いに惑わされて誰かのために自分を消費していくなんて、そんなの馬鹿馬鹿しいだろ」
先ほど考えていたこととは違う内容だ。流石にあれをそのまま伝えるつもりはない。とくに、目の前にいるレイチェルにはなおのことだ。
だがこれも本心ではあった。
たとえ自身が倒れるまで他人を癒したところで、その他人は助けてくれた人のことを本気で心配するか? 感謝をするか?
確かに中には本当に心から感謝をする人だっているだろう。でもそんなのは全体から数人程度なものだ。大半は数日もすれば助けられた事実を忘れるか、あるいは笑い話や自慢話にかわっていく。
そんな恩知らずがほとんどの中で、たかだか数人のために何十、何百、何千と人を救うために行動し続けるなんて、バカバカしすぎるだろ。
「それは違います。確かにスキルで癒しを与える者は疲労を感じるでしょう。ですが、このスキルの……祝福の持ち主は決して何か思惑があって願ったわけではありません」
「そんなの、本人にあったこともない人間がどうしてわかるんだ?」
「スキルを使っていれば、元となった祝福の持ち主が何を考えてこの願いを抱いたのかが理解できます。この祝福の持ち主は本当に慈愛に満ちた心を持っている方です」
レイチェルからしてみれば感じたことを感じたままに言っているだけなのかもしれないけど、その話を聞く俺からすれば妙に心が波立つ。
それはきっと、レイチェルがもっているスキルが原因なんだろう。
「そうか? それはお前の〝そうであってほしい〟って願望じゃなく、本当にそうなのか? 手で触れた者を癒す能力ってことは、逆に言えば手の届かない誰かはどうでもいいってことだと取ることもできるぞ。能力が癒しだったのだって、たとえば治癒を行える能力が手に入ればちやほやしてもらえるから、ってこともないわけじゃないだろ」
「それは違います。人は万能ではありません。神ではないのですからそれは仕方のないことでしょう。世界中のもの全てを救うことなど、人には成し得ないことです。そんなことは子供であろうとも理解していること。ですが、そんな現実を理解していながらもこのような祝福を発現したのであれば、それは他者を助けたいと心から願ったということに他なりません。『手の届かない者を救わない』のではなく、『手の届く者を救いたい』と思ったからこそ、この祝福は生まれたのです」
「「……」」
お互いに言いたいことを言ったが、それでも意見は交わらない。
だからこうなったのも仕方ないことだろう。俺とレイチェル……いや、『聖女様』は無言のまま睨みあうこととなった。
睨みあいから先に動いたのは聖女のほうで、瞑目して口を開かないまま深呼吸を一度するとスッと俺から顔をそらし、背を向けた。
「申し訳ありませんが、先程の友人となる提案はなかったことにしてもらえるとありがたく思います」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。些か短慮が過ぎて逸った行動に出てしまったようです。ですが、友人とは言わずとも同じクラスの学友として〝ほどよく〟接していただければと存じます」
「ええ、承知しました」
線引きをする意味で、レイチェルから望まれた普段の態度から目上の者へと接するような畏まった態度で接してやれば、レイチェルも俺からの提案を受け入れた。
こうして俺達の短い友人関係は崩れ去ることとなった。
「ですが最後に一つだけ」
ただ、そんなはかない友人関係ではあったけど、一度は友人であろうとしたんだ。だったらこれくらいの義理は果たしてもいいだろう。
「その能力は、聖女様が思うほど素晴らしいものではありませんよ」
「そうですか。私はそうは思いませんが、助言いただきありがとうございます」
俺と聖女の空気に充てられたのか、それとも元から話すだけの元気があるものはいなかったのか、それからは誰も喋ることのないまま部長や他のメンバー、警察なんかの到着を待って事後処理へと移っていった。
全てが終わった頃には相応に時間が経っており、今日の部活内容に関しての話をすることもなく解散となった。
初めての部活動で手に入れたものは、一人の友人と、友人だったものとの確執、それと戦闘の余波で歪んだお土産だけだった。
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