聖女様とお友達?
「それから……佐原さん。あなたにも感謝をさせてください。ありがとうございました。改めてご挨拶させていただきます。私はレイチェル・メアリー・ウィンドと申します。あなたも、かしこまった態度はとらず普通に接してくださってかまいませんよ」
そう感謝とともに自身の要望を口にした聖女だったが、その表情は、なんというか……悲しげなものに見えた。
助けたのにそんな表情をされるのは気に入らない。わかってるさ。この聖女が––––レイチェルがこんな表情をしているのは助けてもらったことに不満があるからではないことは。
きっと、普通に接していいとはいったけど、誰もそうしてくれないんだろうと諦めているんじゃないだろうか?
でも、そんなのは関係ない。ただ、どんな理由であれこんなつまらない表情をされているなんて、俺が気に入らないんだ。
「いや、こっちも襲われたから合流するためにここに戻ってきただけだ。助けるつもりがあって来たわけじゃないから、そんなに気にしなくてもいいさ。言っちまえば偶然だからな」
「っ……! ……だとしても、ありがとうございますっ」
正直家の意思なんて関係ない俺としては、考えるべきは相手の感情だけだ。相手を不快にしないように、相手の望んでいる態度で接してやるだけでいいのだから、普段通りにと言われて普段通りの態度で接することにした。
けど、そんな俺の態度が予想外だったのだろう。レイチェルは目を見開いた後に嬉しそうな笑みを浮かべて感謝の言葉を口にした。
その感謝は助けてもらった事に対する礼だったのか、それとも俺の態度に対するものだったのか。それは分からないが、とにかく笑ってくれたのならそれでいいか。
だが、この話はそれで終わりではなかった。
レイチェルは周囲を見回して状況を確認すると、なぜだかちらちらとこちらの様子をうかがい始めた。
どうしたことだろうかと思って瞳子に問いかけようとしたところで、レイチェル本人が再び話し始めた。
「あの、えっと……不躾ではありますが、私とお友達になっていただけないでしょうか?」
「お友達?」
なんでこんな状況でいきなりそんなことを言い出したんだ? というか、友達になるって、俺と〝聖女〟がか?
「お恥ずかしながら、私には親しい友人というものがおりません。よくしてくれている者や、共に行動してくれる者はいるのですが……あまりこのようには言いたくはありませんが、家の都合ありきの関係なのです。それ自体は仕方のないことだと受け入れていますが、ここは自国ではありません。様々な国の者が集まる場所であれば、他国の者であれば、私の立場など気にする必要はないのです。なぜなら、他国の者は〝我が国の民〟ではないのですから。
ですので、私を敬う必要もないのです」
「それはそうかもしれないけど……でもそれは……」
普通に接するのは良いとしても、流石にそれは立場が違い過ぎるだろ。俺はよくとも、周りが許さないと思う。
多分だけど、あの護衛達に止められる、あるいは近寄らせないようにされるんじゃないかと思う。
そう思ってしまうからこそ、俺はレイチェルの提案にはっきりとは答えられれず、口ごもってしまった。
「はい。そうは言っても、それが難しいことだとは理解しています。ですがあなたは私であっても態度を変えることなく接してくださりました。ですので、今後も同じように接していただければ、その上で今までよりも仲良くしていただければと……」
友達と言いながらも本当に友人関係として親しくするのではなく、たまに話をし、話をする際は普段通りに話す、か。その程度なら問題ないかな。周りの奴らだって、学友との会話を過度に咎めるようなこともないだろうし。
「なら——」
「誰か助けてくれ!」
だが、レイチェルからの提案に答えようとしたところで、遠くから誰かの悲鳴が聞こえてきた。
「っ! どうされたのですか!」
その悲鳴に真っ先に反応したレイチェルは、一もなく二もなく助けを求める叫びが聞こえた方向へと走り出した。
「申し訳ありませんが、お話はまた後ほどとさせていただきます!」
走り出してから俺達のことを思い出したのだろう。走りながらもこちらに振り返り、それだけ伝えると再び前を向いてそのまま走り去っていった。
「政治や私事よりも怪我人が優先か……大した聖女様ぶりだよ」
あそこまで他人のために献身することができるなんて、公式じゃないとはいえ流石は『聖女様』だなんて呼ばれるだけはあるよ。あれはきっと、スキルの影響があるから、なんて理由じゃないんだろうな。
だって、レイチェルのスキルの元になったやつは、あんなに誰かを助けたいなんて思うようなやつじゃないんだから。
「だねー。でも、それくらいじゃないと治癒のスキルなんて手に入んないんじゃない?」
「だとしても、誰かを癒す願いなんて碌なものじゃないってのにな」
「そお? 人助けに使えるんだからめっちゃ良い人なんじゃないの?」
そんなことはないさ。ただ、その時にたまたま近しい誰かに死んでほしくないと願っただけだ。ただそれだけ。そんな奴が大半だろうよ。
しかも、その結果助けようとした誰かが助かったかもわからない。助けられたならそれでいいさ。手に入れた能力で助けたかった誰かを助け、その後も力を使って別のだれかを助け続ける。
それはきっと素晴らしい人生なんだろう。笑って生きて、死んでも誇れる人生になるんだろう。
だけど、助けようとした結果、間に合わず死んでしまった場合だってあるんだ。そうなったらどうする?
助けたかったはずの誰かは死に、残るのは後悔とふざけた祝福だけ。
誰かを助けたいなんて願いを強制的に植え付けられたまま、一番助けたかった誰かは助けられずに生きていく。
そんなの、地獄でしかないだろ。
だから、誰かを癒すための祝福も、その祝福を得た願いも、ろくなものじゃない。特に、レイチェルがつかっているあのスキルは本当にどうしようもないものなんだ。
けれどそんなことを瞳子に言うわけにはいかず、そもそも誰かに言うつもりもない俺は、何も言葉を吐き出さず、代わりに大きく息を吐き出してから走り去っていったレイチェルの進んだ方向へと歩き出した。
「あ。ねえ、ちょっと〜」
そんな俺の後をついてくるように瞳子も小走りに歩き出した。
「——ふう」
それからレイチェルは聖女としての名前に相応しいくらいにスキルを使い続け、その場にいたけが人を治療し続けた。
素人目にも大怪我の者を助けるのは分かる。だが、足をひねったとか多少の切り傷ができたとかの命に関わりのない怪我まで治すのはどうなんだろうか。
その程度であればスキルを使うまでもなく治るのだし、どうせ全員病院に行って検査をうけることになるだろうからそっちで処置してもらえばいいのにと思ってしまう。
まあ、そんなことでもスキルを使って癒しを与えるからこその『聖女様』なんだろうけど。
でもそんな怪我人の治療も、これでひとまずは終わりだ。少なくとも目に見える範囲の怪我人はレイチェルが全員治した。
「おっつかれ〜。はいこれ。なんか飲まないとやってらんないでしょ。レイちーが倒れたらそれこそ大変なんだかんね」
そう言って瞳子はレイチェルにペットボトルの飲み物を渡すが、その態度はレイチェルが治療を始める前とは全く別のものになっている。もっとも、別といっても普段通りの瞳子の態度に戻っているだけなのだから、おかしくないといえばおかしくないのだが、それでも驚かずにはいられない。
「あ、ありがとうございます?」
そんな瞳子の態度に、俺だけではなくレイチェルも驚いたのだろう。先ほどまでとの態度の変化に目を瞬かせ、困惑した様子で差し出されたペットボトルを受け取っている。
けど、そうだろうな。なにせ瞳子は一度レイチェルの提案を断っているんだから。それなのにこんな短時間で突然態度が変わったりしたら困惑するに決まっている。
とはいえ、レイチェルも王族なだけあってその困惑もすぐに笑顔で隠してしまった。
笑顔を浮かべたレイチェルは、一息ついてさらに心を静めるためか、あるいは純水にのどが渇いたからか、受け取ったペットボトルのキャップを開けようと両手に力を込めた。だが……
「おわっとと……だいじょーぶな感じ?」
「少し……スキルを使いすぎたかもしれませんね」
レイチェルは開けようとした手に力が入らないのか、ペットボトルを取り落としてしまった。
でも、それも仕方ないだろう。なにせこれまで何人どころか何十人と連続で休むことなく治療してきたのだ。それだけの回数スキルを使えば、そんなのは疲れるに決まっている。
「大丈夫です。私は、このスキルの元となった祝福を授かった方のように、皆に差し伸べなければならないのです。ですから、このようなところで倒れるつもりはありません」
レイチェル自身は満身創痍といってもいい状態だ。
誰かを癒すなんて役割を強制されているわけじゃないんだから、そんな状態になるまでやる必要なんてないのに、見返りなんて何もないのに、助けたいと心から思えるような〝誰か〟が相手だというわけでもないのに、それでもみんなを助けられて自分は満足なんだと笑っている。
そんなレイチェルの姿が……気持ち悪かった。
「献身か……くだらない」
だからだろう。知らずのうちに自然とそんな言葉が口からこぼれていた。




