聖女様の防衛完了
合流することができたって言っても、それだけだ。敵が減ったわけでもなければ、見方が増えたわけでもない。でも……大丈夫だろう。
「それで……どーしよっか。なーんかやばそーじゃない?」
合流したはいいものの、瞳子は周囲の敵を見て尻込みしたようで不安そうに問いかけてきた。
だが、俺はそんな不安なんてなかった。
いざとなれば全力で祝福を使えばいいだけだし、そうでなくとも瞳子と一緒であれば何とかなるような気がする。
「そんな心配しなくてもいいって。さっきだって何とかなっただろ?」
「そーだけど、数が違うじゃん」
「でも、俺に敵の処理をプレゼントしてくれるんだろ? なら問題ないじゃん」
そう言って笑いかけてやると、瞳子は目を丸くしてから、ふいっと顔をそらした。
「っ! ……なーんかいいように使われてるってゆーか、女の子転がそうとしてない?」
「してないしてない。代わりに、こっちも敵の処理をプレゼントするからそれでおあいこだって」
女の子を転がすなんて人聞きの悪いこと言うなよな。俺はお前を頼るけど、お前も俺を頼ればいいってだけの話だ。そうしていれば、こんな状況だろうと突き破ることができるはずだから。
「ふーん。じゃあまあいいけど……プレゼントがおかしなものだったらマジでおこだから」
「流石にラッピングは期待しないでくれよ」
なんて軽口をたたきながら瞳子が動き出した。
睨みあっていた状態からいきなり瞳子が動き出したことで、襲撃者たちは警戒からピクリと体を跳ねさせ、迎撃の構えをとった。
でも、そんな構えに意味はない。
「今度はこっちの––––バンッ!」
瞳子は掛け声とともに地面を蹴り、敵へと接近して飛び蹴りを放った。
突っ込んでいく速度は速くとも、まっすぐ進むだけの単純な攻撃。聖女を襲おうと考えるような襲撃者たちであれば十分に避けられる攻撃だった。
だがそれは、なんの邪魔もうけなければ、の話ではあったが。
瞳子の飛び蹴りに反応した襲撃者の一人は迎撃しようと武器を握る腕に力を込めたが、その腕は襲撃者の意思に反して動くことはなかった。だって、俺が掴んでいるから。
「なッ––––ぐべっ!」
自身の腕を掴んでいた『手』を振り払おうとしたが、そんな反射的な動きでほどけるほど弱い力ではなく、そうして時間を取られているうちに瞳子が接近し、そのまま飛び蹴りを喰らうこととなった。
その後も瞳子は倒した敵の事なんて気にせずに動き回り、そのたびに俺は腕を伸ばして敵の動きを阻害していく。動きの鈍った敵はそのまま瞳子に殴り倒されるという結果だけが積み重なっていった。
俺たち二人が協力して戦うようになってからほんの十分程度が経過したころ、ほとんどの敵は地面に倒れ伏すこととなった。
それほどまでに俺達の戦いはうまいこと嚙み合ったのだ。
瞳子が敵の狙いをかく乱して、俺が動きを阻害し、止まった敵を瞳子が叩く。それが俺達の戦い方だった。
後は聖女の周りでほかの生徒たちと戦っている数名を片付ければ、この場所での戦いも終わりとなる。
「これで何とかなるな」
「そだね……さとっち!?」
ふうっと一息ついたところで、瞳子が突然叫び、俺の名前を呼んだ。
その理由はすぐにわかった。敵だ。俺達にやられて倒れていた敵のうち一人が、倒されて意識を失っているふりをしたのだ。そして倒れたまま機会をうかがい、一息ついて油断したところで襲い掛かってきた。
流石はこんな荒事を起こすだけあるな。完璧なタイミングだ。今からでは防御も回避も間に合わない。––––普通なら、だけど。
「なっ!?」
襲撃者の突き出した刃は俺の体に迫り、服を破って肉に迫る。
けど、それまでだった。
敵の刃は俺の体に触れる直前で止まっており、そのナイフは押しても引いてもピクリとも動かない。見れば、突き出したナイフは半透明な腕に掴まれてしまっていた。
俺の能力は半透明の腕を伸ばす能力だし、これまでの戦いでは腕の延長として使っていた。
けど、だからと言って腕からしか出すことができないわけじゃないんだ。
ナイフを刺されそうになったなら、その場所から腕を出すことで簡易的な盾とすることだってできた。
「悪いけど……」
そして敵のナイフによる攻撃をうけとめ、掴んだまま腕はどんどん伸びていき、ナイフを押し返していく。しまいには刺した部分から半透明の手が伸び、そのまま敵を絡めとり、首を絞めるように巻き付いた。
「俺は怪我をできないんだ。大事な妹と約束したんでな」
ぐっと『手』を引けばそれだけで相手の首は締まり、襲撃者はそのままろくに抵抗することもできずに気を失った。
「今ので最後か?」
死んだふり作戦をやり過ごした後は、それまでどおり俺と瞳子は協力しながら敵を倒していき、ついにはこの場に立っているのは俺達生徒だけとなった。
「みたいかな? ってか、せいっち怪我とかない感じ!?」
さっき俺が腹を刺されたのを見ていたからだろう。瞳子は心配そうな顔で刺された場所を見て、そのまま手を伸ばして服を捲ってきた。
祝福で防いだんだから問題ないんだけど、そんなことは見ている側からしたらわからないことか。それに、服には穴が開いているんだから心配するのも無理はないことなんだろう。
「大丈夫だ。それより怪我で言ったら俺よりも瞳子の方だろ。全身傷だらけだぞ」
けど、そんなふうに服に穴が開いただけの俺とは違って、怪我の心配をされるなら瞳子の方だろう。なにせ瞳子は俺と違って距離を取っての戦いではなく、強化をしているといっても武器もなしにずっと肉弾戦をしていたんだ。怪我をするに決まってるし、俺よりも疲れてるはずだ。
「あー、これね。流石に無傷でー、とはいかなかったよね。うちの方が動けるはずなのにこんな傷だらけって、ちょっとカッコ悪いかも。もっと精進すべし、ってね」
「ただ単に戦い方の問題だろ。思いっきり近寄る瞳子と、ある程度距離をとって戦える俺とじゃ違うに決まってるって」
純粋な身体能力であればたしかに瞳子のほうが上なのかもしれないけど、そもそも戦い方が違うんだから傷の多寡で優劣が決まるものでもないと思う。
「だとしてもさー、あの程度だったら無傷で勝って自慢したかったじゃん。うちの親達だったらできただろうし、無理ってわけでもないんだしさ」
瞳子の親ってことは、それなりに立場のある武門の当主とかだろうか?
なんだかあまりいい関係ではないみたいだから特に聞かずにいたけど、気になることは気になっていた。でも、今話題に出したってことは聞いていいってことだよな?
……いや、聞くのはやめておくか。今だって気が緩んで口から出ただけかもしれないし、自分から言うのはよくても他人に聞かれたいかっていうとまた別だろうから。
この場で言及するとしても、せめて応援する程度にしておこう。
「あー、瞳子の親……というか家は武門の家系だったか? それならできるかもしれないけど、でも瞳子自身だってその家の出身なんだからそのうちできるようになるだろ」
どんな戦い方をする武門の家系なのかはわからないけど、さっきの戦いが様になっているのを見るときっと身体強化を基本とした戦い方をする家系なんだろう。だったら戦いのノウハウだってあるだろうし、鍛えていれば今よりももっと強くなれると思う。
「……そー、かな?」
「努力してればそのうちできるんじゃないか?」
「努力かぁ……努力は……もう、したんだけどなぁ」
「?」
けど、そんな俺の励ましを聞いても瞳子はどことなく空虚さを感じる笑みを浮かべて呟いただけで、いつものように嬉しそうには笑わない。
そのことで声をかけようかと思ったのだが、なんて声をかければいいのかわからなかった。
そうして俺が迷っている間に別の人物が話しかけてきたことで、俺は声をかける機会を失ってしまった。
俺が迷っていたのが悪いんだが、それでも話に入ってきたやつがいなければ、と思ってしまう。
誰が話しかけてきたんだと声のした方向をみると、そこには俺に馴染みのない人物だが、この場において最も襲撃と関わりの深そうな人物がいた。ぶっちゃけて言えば––––聖女様だ。
スキルの使い過ぎだろうが、先ほどまでは疲労困憊といった様子で地べたに座り込んでいたけど、どうやら歩き回れる程度には回復したようだ。
ただ、護衛なのか何名かの生徒がいたはずだが、今はそれすらもいないで一人だけだ。
「星熊さん。ご助力いただき誠にありがとうございました。あなた方が助けに来ていただけなければ、私はおそらく今頃こうして話をすることもできなかったでしょう」
「あっ、ううん。それはいいんだけど……あ。構いませんが、改めてお聞きしますが他の方々は無事なのでしょうか?」
いくら瞳子の家が一般家庭よりは立場があるんだとしても、流石に他国の王族が相手ではそんな身分なんてあってないようなものなんだろう。最初は普段通り話そうとしていた瞳子だったが、途中からハッと気づいたように言葉遣いを改めた。
けど、なんだろうな。なんだか不思議な気分だ。恰好や普段の言動から考えると今の瞳子の言葉遣いは似合っていないはずなのに、なんだか不思議と似合っているような気もする。やっぱり瞳子もお嬢様だってことなんだろうか。
「はい。血を流したり頭を打ったりなどで一時的に意識を失っていますが、傷そのものは癒しましたので命に関わりはありません」
「そうでしたか」
「それから、普段のような話し方で構いませんよ。お互いに立場はあれど、学生として活動している間は同じクラスに所属する学友なのですから。同じ部活動に所属する仲間でもありますね」
「それは……ありがとうございます。できる限りそのように努めさせていただきます」
「……はい。お願いしますね」
言っても態度はそう簡単に直るものではないし、そこには家の意思が絡んでくるだろうということは聖女も理解しているようだ。瞳子が自身の意に沿わないはずの返事をしても、聖女はため息一つ吐くことすらなくどこかもの悲しさを感じる笑みを浮かべて頷いた。
話はそれで終わりなのかと思っていたが、聖女はスッと体の向きを変え瞳子から俺へと向き合う相手を変えた。