襲撃の本命
「大丈夫だったか?」
「まーねー。ってかそれうちのセリフじゃない? さとっちってなんか訓練とか受けたことないんしょ? こういうの相手にするってよくできたじゃん」
「一応体術の授業は真面目に受けてるし、武道教室みたいなところに通ってたこともあるからな」
武道教室というか、護身教室? 俺は『祝福者』ってことで、死なれたら困るからと国から半ば強制的に訓練を受けさせられたことがある。大して長い期間じゃなくて本当に基礎くらいなものだけど、こうして敵を迎撃する程度はできるだけの能力はある。
「へ~。なんかちょっと意外かも。さとっちってそんな動くタイプに見えないし」
まあ、元々動くのはそんなに好きじゃないってのは違いないな。それに、今ではその護身教室も辞めて普通の学生としての生活をしてるし。
「なんにしても、終わってよかったな」
「そーだねー。でも四人だけでよかったかな。流石にこれ以上ってなるとキツかったかも」
「だな」
まだ余裕はあるといえばあるが、戦いたいわけじゃないしこれ以上敵の数が多いとそれだけ敵が本気ってことだから厳しい戦いになったかもしれない。
それでも勝てる、というか生き残る自信はあったけど、怪我をしないで終わったかどうかは分からない。もし怪我をしたら……その時は祈が恐ろしいことになったかもしれない。
むしろ敵よりも祈の相手をするほうが面倒だ。
それを考えると、この程度の数で終わってくれたのは本当にありがたいことだ。
「そんで、どーする感じ? 実際襲われたわけだけど、ケーサツ待つ?」
うーん、どうするべきかな。実際に襲われたんだし、一応周りにも被害は出た。派手に敵を吹っ飛ばしちゃったからな。
だから事情聴取とかいろいろあるんだろうけど、襲われてるのが俺たち以外にもいるんだったら、ここで待機して時間を取られるのはちょっと無駄に感じる。最悪の場合、まだ戦っている方にばかり警察が行ってしまい、こっちには誰も来ないで待ちぼうけ、なんてこともあるかもしれない。
そう考えると、さっさとほかのみんなと合流して、それから警察への対応でもなんでもすればいいんじゃないかと思う。
「……いや、予定通り一旦集合場所に行った方が良くないか? 一応今は学校での活動の一環なんだし、警察と話をするにしても学校を挟んだ方がいいだろ」
「あー、そっか。そーだね。じゃあいこっか」
そうして俺達は帰還時の集合場所である公園へと向かったのだが……
「ちょっ! せいっち、なんかやばそーなんだけど!」
「こっちもかよ、くそっ!」
向かった先の公園でもなんだか騒ぎが起きているようで、公園から人々が逃げだしている光景が見えた。まだ誰かが戦っている様子は見えないが、耳を澄ましてみれば遠くから誰かが戦っているような衝突音が聞こえてくる。
その音を聞いてから走る速度が速くなった瞳子の後を追っていくと、その先ではやっぱりというべきかうちの学校の制服を着た者が数名と、それを囲うようにしている一般人の恰好をした者が十名以上存在していた。
「せいっち! あっち見て!」
慌てた様子で指し示す瞳子だが、その理由も理解できる。なにせ瞳子が指さした先にいるのは俺達のクラスでも一二を争う……いや、学校内でも一二を争うほどの有名人であり、なんだったら世界でも上位を争うほどの権力者の一族。将来的には本当に世界で一二を争うほど有名になるであろう可能性の塊。––––聖女様だった。
「あれは……聖女?」
確かに彼女であれば学校の部活動の予定を調べる価値はあるだろうし、こんなところで騒ぎを起こす価値もあるだろう。正直なところ、瞳子の『星熊』なんて目ではないし、俺だって届かない価値がある。
「多分本命はあっちなんじゃない? 他は陽動とかついでとか」
「そこまでするのか——いや、王族だったな。何にしても考えるのなんて後でいい。とにかく加勢に行くぞ!」
彼女に価値があることは理解しているが、だからと言ってそれをどう利用するつもりなのかはまったくもって検討が付かない。だが、ここで助けないという選択はありえない。
たとえこれで俺が怪我をすることになったのだとしても、死にかけるような危険に陥ることになったとしても、この状況をみすみす見逃すなんてことは、俺にはできない。
「オッケー!」
瞳子は好戦的な笑みを浮かべると、それまでよりも走る速度を一旦落とした。
「再演! この体は鬼の如く。強く、堅く、この身に勝る力はない。誰も勝てず、誰にも負けず。全ての敵を叩き潰すことができる力を!」
どうするつもりなのかと思ったら、まだ距離があるにもかかわらず瞳子はスキルを発動すべく詠唱をし始めた。
「——<私の魂は鬼を宿す>!」
頭の上に光の環が出現し、額からは二本の角が天を衝く。
「あ、おいっ!」
スキルを発動して鬼となった瞳子は、ぐっと体を沈めたかと思うと、次の瞬間爆発したような踏み込みで走り出し、俺を置き去りにして一人で行ってしまった。
「がっ––––」
「ひっとりめーーーー!」
接敵するなり聖女様から一番近くにいた敵の横っ面に思い切り拳を叩き込んだ瞳子。
そんな彼女の出現により、まるでその場の時間が止まったかのように聖女様も敵も一様に動きを止めた。動き続けているのは襲い掛かった本人である瞳子と俺だけ。
その隙にできるだけ倒しておこうと考えたのかどうかは分からないが、動きを止めている敵にむかって瞳子は再び走り出し、先ほどと同じように顔面に向かって拳を叩き込む。
「他の学生だと!?」
生徒たちが倒れているのを見るに、すでに作戦のほとんどは完了しており、あとは聖女をどうにかするだけで終わるような状況だったのだろう。襲撃者たちも終わると思っていたんだと思う。それまではどこか気の抜けた様子だった敵だったが、二人目がやられたことでようやく状況を理解したようで、突然慌ただしく動き出した。
「ったくさー。せっかく楽しんでんだから邪魔しないでほしーんだけど?」
「星熊さん!?」
敵に囲まれながらも堂々と敵を見据え、余裕の雰囲気を出している瞳子だが、そんな彼女の出現に聖女様は心から驚いたようで目を見開いて声を荒らげている。
「調子はどおー? 怪我はない感じでオッケー?」
「え、あ、はい。問題ありません。他の方々も、怪我そのものは私が治しましたので」
「オッケー。それじゃー、あいつらぶっ飛ばしておしまいにしちゃお」
そう言うなり瞳子は再び腰を落として足を踏み出し、走り出した。
奇襲された時は準備できていなかったからまともに喰らうことになったのだろう。だが今回は警戒したうえで真正面からの攻撃だったからか、瞳子の攻撃は敵の体を後方に押し出しこそしたが、受け止められる結果となってしまった。
「増援が来たとしてたかが学生一人だ! 臆さず聖女を殺せ!」
「殺せとか何言ってんの? やらせるわけないし」
瞳子が参戦することになったものの、それが所詮学生でしかないと認識した襲撃者たちは再び聖女を襲おうと気を引き締めなおして武器を構えた。
だが、聖女もその周りにいる生徒も、瞳子という増援が来たことで希望が持てたのか、立ち上がり、武器を構えた。
だが、聖女のスキルで怪我自体は治ったのだろうけど、だからと言って疲労まで消えるわけではないのだろう。立ち上がった生徒たちはどことなく具合悪そうにしてふらついている。
そんな生徒たちであれば再び倒すのはそう難しいことではないと判断したのか、襲撃者の一人が仲間たちと連携をとることすらなく生徒たちに襲い掛かった。
だが、やらせない。
瞳子が先に行ってしまった後、俺は瞳子の後を追うことはせずに物陰に隠れて機会をうかがっていた。その機会が、今だ。
地面のすれすれを這わせるようにして祝福の『手』を伸ばし、生徒たちを襲おうとしていた襲撃者の足を掴む。
予期せず足を掴まれたことで襲撃者はバランスを崩し、その隙をついて襲われそうになっていた生徒が武器を振るう。
死に体といってもいい状態の生徒に仲間の一人がやられたことがよほど想定外だったのか、襲撃者たちは気を引き締めなおして生徒たちと向かい合い、生徒たちも緊張した様子で武器を構える。
瞳子が戦ってはいるが、そちらもうまい具合に数人がかりで止められてしまっている。
油断しなければ問題なく倒すことができる。
そう判断したのだろう。襲撃者たちは今度こそ生徒たちを倒すべく一斉に動き出した。
だが、俺のやることなんて変わらない。相変わらず伸ばした腕を操って敵の邪魔をするだけだ。それしかできないが、それだけで十分だった。
生徒たちは疲れているといっても、魔物や魔人と戦うために教育を受けてきた戦士たちだ。一年はそれほどでもないかもしれないが、あの中には二年や三年だっているだろう。であるならば、いける。
そんな俺の考えは間違っていなかったようで、生徒たちは俺の作った少しの隙を見逃すことなんてせず、敵と五分の戦いを繰り広げることができている。ただ、それでも〝五分〟だ。圧倒しているわけではない。
流石にこのままでは生徒側が不利か。俺が祝福を大々的に使って参戦すればすぐに片付く問題ではあるが、それをやってしまうと俺の『普通』はなくなってしまう。かといって目の前の人たちの犠牲を受け入れるのかと言ったら……
「くそっ、さっきから何なんだ!」
「足元だ! 足元に視認しずらい腕が伸びている。掴まれるな!」
「腕って、せいっちやるじゃん」
俺が直接参戦するかどうか悩んでいると、ついに襲撃者たちも何をされているのか気づいたようでこちらのことを指さして叫んだ。
そんな襲撃者たちの叫びに生徒たちは何が起きているのかわからなかったようだが、その中で瞳子だけは戦闘中だというのに嬉しそうにこっちを見ている。
「あいつだ! あの学生を狙え!」
「気づかれたか。まあこんな目立つのがあったらそうなるか」
頭の上にヘイローなんて光ものがあるんだったら、いくら物陰に隠れて立って目立つに決まってる。
もう俺の潜んでいる場所がばれている以上はここに留まり続ける意味はないか。
そう判断するなり俺は物陰から飛び出して敵のほうへと飛び出し、その横を通り抜けて瞳子の許へと向かう。それと同時に瞳子の戦っていた敵に向かって『手』を伸ばし、動きを阻害する。
「なっ!?」
「邪魔だって言ってんの!」
動きを止めた瞬間を見逃すことなく瞳子は敵を殴り、蹴り、全員を一撃ずつ確実に倒していった。
「せいっち!」
そうしてひとまず息をつくことができた瞳子だが、嬉しそうにこっちに駆け寄ってきたことで何とか合流することができた。