鬼を宿す少女
「俺達だけじゃないってことは……他にも誰か同じような状況になってるってことか」
俺達は陽動、あるいはただのついでで、他に本命となるとなる生徒がいるのかもしれない。むしろそう考えるのが妥当ではないだろうか。
「あるいは、全員かもね。こいつら、殺気はないけど悪意はあるっぽいし、けっこーやばめの奴らかもだし」
「殺気って……そんなんわかるのかよ」
俺が感じ取ったのは多分スキルの気配と視線だが、多分相手のスキルから感じる気配がメインで気づいたんだと思う。普通はそんな殺気とか悪意なんてのは分かるわけがない。
「まーねー。訓練すればけっこーわかるもんだし、さとっちもやる?」
「便利そうだけど訓練もきつそうだな」
「そりゃもうね。あー、なんか思い出したら気分悪くなってきたかも」
なんて冗談めかして話をしながら、敵のことを意識しすぎないように、でも敵から意識を外さないようにお土産屋の連なっている通りを歩いていく。
「とりあえず、敵は実際に行動を起こしそうってことでいいのか?」
「多分だけどねー。今襲ってこないのは……うーん。他のチームと合わせようとしてるからとか?」
もし本当に俺たち以外にも狙ってるんだったら、その可能性が一番高いか。どこか一か所で問題を起こすんじゃなく、順番で起こすのでもない。同時に仕掛けて本命を隠し、目的を達成するっていうのが一番効率的だろうから。
「どーする? そうするとめっちゃまずくない?」
「まずいな。もし本当に全員が付け狙われてるんだったら気づいてないやつもいるだろうし……とりあえず会長に電話して、それから合流地点まで向かうか」
旅行中に何か問題が発生したら会長に電話する様にと言い含められている。実際に何か問題が起こることは稀だし、多少の問題ならみんな自分の力でどうにかしてしまう。なにせ、この旅行クラブに所属している者の大半は実家が相応に権力を持っている家の出身者なんだから。
他人を頼るよりも自分の力で解決してしまったほうが早いし楽だし確実だ。それに何より、他人に借りを作らなくていい。
だからあまり連絡が来ることはないと言っていたが、さすがにこんな状況であれば連絡は必要だろう。
そうおもってケータイを取り出したのだが……
「っ! やばっ——!」
電話をしようとした直後、瞳子が俺の腕を引っ張り、自身の方へと抱き寄せた。
突然のことで反応することができず、俺は持っていたケータイを手放してしまい、ケータイが宙を舞う。
だが次の瞬間、宙を舞っていたケータイが真っ二つになり、空中に部品をばらまく姿を目にすることになった。
その光景に目を丸くしたが、だがすぐに俺たちのことを監視していた敵が動き出したのだと理解することができた。
なにせ、目の前には一般人のような服装をしながらも、その手には刃物を持っている人物がいるのだ。理解できないほうがおかしい。
「助かった」
「いいって。それよりこいつらっ……」
そう言って瞳子は舌打ちをしたけど、そのきもちもわかる。瞳子が今〝こいつら〟といったように、敵は一人ではなく複数いる。正面と左右、それからたぶん後方にもいるから合計四人。学生一人あたりにその道のプロが二人もついてるんだから、それなりに本気なのだろう。
……いや、当たり前か。本気じゃなかったらそもそもこんなことをしでかしたりなんてしないんだから。
「どう考えても一般人じゃ、ないよな」
「一般人が襲ってくるような街とか、マジでお断りなんだけど。そんなんだったら二度と来ないから」
「二度目があるといいな」
「あるに決まってんじゃん。何だったら、せいっちの二度目もうちがプレゼントしたげる」
敵に囲まれている状況のはずなのに、瞳子は問題ないと言わんばかりに堂々とした態度で笑みを浮かべている。
二度目をプレゼントって、なんとも気取った言い方するんだな。
でもそれは、一人でこいつらを全員かたずけるってことか?
きっと瞳子にはこいつらに勝てるだけの算段があるんだろう。そうじゃなかったらこんなことはいわないはずだし、殺気なんてものが理解できるんだから、相当鍛えてきたんだと思う。
であれば、瞳子に任せて俺はおとなしくしておけばこの場は解決するのかもしれない。
でも、流石にそれは認められない。俺が『祝福者』だってのもそうだけど、男としてさ。女の子だけに戦わせるって、そりゃあちょっとカッコ悪すぎんだろ。
「有難いことだけど、プレゼントをもらうだけってのは嫌なんでな。もらう分くらいはプレゼントし返すよ」
「マ? じゃあお互いにプレゼントってことで」
俺が自分も戦うとはっきり告げると、瞳子は一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに楽し気な笑みを浮かべた。
そして俺達はお互いに背中を向けあって敵と対峙する。
「準備はおっけ―?」
「いつでもいいぞ」
「それじゃあ、ちょっとの間だけ耐えててねっ!」
俺達の話を聞いて、俺達が戦うつもりだということが分かったのだろう。それまで様子見をしていた敵は動き出し、一人を残して三人で俺達に襲い掛かって来た。
「再演! この体は鬼の如く。強く、堅く、この身に勝る力はない。誰も勝てず、誰にも負けず。全ての敵を叩き潰すことができる力を!」
敵が動き出したのと同時に瞳子はスキルの詠唱をし始めた。
だが、現在は絶賛敵に襲われている真っ最中だ。そんな中でちゃんと詠唱をすることなんてできるんだろうか。
そう思っていたのだが、そんな心配は杞憂だったようだ。
敵は後方に一人を残しながら俺に一人、瞳子に二人襲い掛かってきたが、瞳子は二人に襲われながらもその二人を同時に相手をしながら詠唱を止めることなく口を動かしている。
流石にスキルを発動されてはまずいと判断したのか、敵は一人残っていた人物も加わり三人で瞳子のことを仕留めようとしたのだが––––
「——<私の魂は鬼を宿す>!」
––––遅かった。
瞳子の詠唱は最後まで紡がれ、スキルが完成してしまった。
「身体強化……いや、角?」
その変化は一目瞭然だった。身体強化系統のスキルはあまり外見は変わらないものなのだが、瞳子の場合は違った。
肌は褐色に染まり、額からは二本の角が天を衝くように飛び出していた。
文言からして、おそらくは『鬼』になる、あるいは鬼の力を宿すとかそんな感じの能力だろう。
そしてそんな『鬼』となった瞳子は、地震に襲い掛かってきていた敵を同時に殴り飛ばし、ついでに俺の相手をしていた敵までも殴り飛ばした。
だが、敵もさるもので、この程度の反抗は予想していたのか、瞳子に殴られて数メートル後方に飛ばされたにもかかわらずまだ動けている。最初からこいつらもスキルを使っていたのか?
俺を制圧しきれていなかったし、スキルを使う前の瞳子を三人がかりでも仕留められなかったから使っていないものかと思ったが、スキルを使っていないのであれば今の一撃に耐えられたことに説明がつかない。
だがスキルを使っていたにしては、俺が『祝福者』であり素の能力が強化されていることや、瞳子の家が武門であり鍛えていたことを考えても、少し弱いように思える。
そう考えると、こいつらは防御寄りの身体強化か、スキルを使いこなせておらず錬度が低いかのどっちかだろうか?
まあ、そのどちらであったとしても、あるいはどちらでもなかったとしてもかまわないか。今はこいつらを仕留めるほうが重要だ。
「……開演・<この手は誰かの手をとるために>」
誰にも聞かれないように小さくつぶやき、手にほんのりと光をまとわせる。
「あっちの男の方から狙え!」
その直後、瞳子を狙うよりも俺を狙ったほうが簡単だと判断したのだろう。襲撃者たちは今度は一人が瞳子のことを抑え、残り三人が俺のことを狙いだした。
けど、遅い。
「あいにくと、それほど弱くはないんだ」
『祝福者』となったことで強化されていた肉体が、祝福を使用したことでより強化されている。
加えて、その強化は副作用的なものでしかなく、本命の能力はまた別にあるときたもんだ。
さっきまでだったら三人もいればどうにかなったかもしれないけど、すでに祝福を発動した状態の俺なら三人程度は物の数ではない。
襲い掛かってきた三人のうち一人がナイフを振り下ろしてきたが、それを祝福による『手』を纏った状態で受け止める。
祝福をまとった手で受け止めたナイフは、まるで固いゴムの棒を押し付けられているように感じられたが、それだけだ。切られる痛みはおろか、殴られた痛みすらない。
ナイフを素手で受け止められたことに驚いたんだろう。襲撃者は目を見開いて動きを止めた。
その隙を突くように、ナイフをつかんだまま相手の懐に潜り込み、ナイフを掴んでいるのとは逆の手で相手の腹に掌底を叩き込む。そしてそれと同時に手に纏っていた祝福の『手』を勢いよく射出して二重の攻撃を加えた。
仲間がやられても動きを止めずに襲い掛かってくる襲撃者たち。そんな彼らに向かって今度はこちらから一歩踏み出していく。
敵に向かって一歩踏み出した足で大地を踏みしめ、両拳に纏っていた『手』を先ほどと同じように勢いよく伸ばした。
突然手が伸びてきたことに驚いたのか、襲撃者たちは一瞬だけ動きを鈍らせたが、すぐにその『手』を避けてこちらに近寄ってくる。
でも、その『手』は射出したって言ったけど、銃弾のように俺から切り離されているわけじゃないんだ。
その『手』もあくまでも俺の手の延長でしかない。つまり、どこまで伸びようとも自由に動かすことができるってことだ。
敵が避けた『手』はうねるように軌道を変えると、そのまま背後から敵に襲い掛かる。
「なっ!?」
襲撃者の一人が背後から迫る『手』に気が付いたようで突然背後へと振り返り、目を見開いている。
襲い掛かってくる『手』に気が付いた襲撃者は、持っていたナイフで迎撃したが、もう一人は駄目だった。
「ぐえっ!」
背後から迫る『手』に気づかずそのまま拘束され、『手』は襲撃者の首にぐるぐると、まるで関節なんてないかのように巻きついて、締め上げた。
俺の腕の延長って言っても、あくまでも祝福による能力なんだ。本物の腕ではなく作られたものなんだから、関節なんて無視できるし、こんな芸当もできてしまう。
後はもう一人、『手』に気が付いて迎撃した者だけど……
「これでおしまいっぽい感じ?」
そちらに意識を向けると、自分の相手を処理し終えたらしい瞳子が俺に襲い掛かってきていた敵も倒して地面に転がしていた。