エピローグ
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あの場所での戦いを終えた俺達は、そのほかに残っていた敵を倒すことはなく、速やかにその場から撤退した。
敵は俺達のことを追ってこなかったので逃げるのは楽だったが、残っていた敵の処理は大変だろうな。
でも、それは国が心配することだ。俺達に協力しなかった奴らのことを慮る必要なんてないな。
それはそれとして、撤退していると道中でおいてきた九条たちと合流することができた。
俺達がいなくなった後も援軍があったのか戦いがあったみたいだが、幸い二人とも大きな怪我はないようだ。
だが、そうして脱出することができたわけだが、その道中でずっと桐谷と瞳子からの視線が俺と祈にむけられていた。その理由は分かりきっている。祈の事だろう。
でも、九条と藤堂は最初から知らなかったからだが、桐谷と瞳子は視線を感じながらも訳ありなんだと理解して聞かないでいてくれた。
ただ、それでも一緒に助けに行ってくれた恩があるのだ。あんな光景を見せてしまえば色々と考えることもあるだろう。だから、俺はあの場にいた瞳子と桐谷だけではなく、九条と藤堂の二人にも話すことにした。
「––––つまり、祈さんはすでに死んでいて、祝福がその肉体を動かしていると、そういうことであってるかしら?」
「ああ」
「それから、肉体は祝福で再生して、命は祝福そのものだから、死ぬことがないんでしょ? それって不死身じゃん」
「……まあな」
敵の拠点から逃げ出した後は俺の家に向かい、そこで全てを話すことにしたのだが、四人とも意外なことに俺の話を受け入れてくれた。まあ、桐谷と瞳子はあの場にいて祈が蘇るのを見ていたしな。信じるしかないのだろう。
九条と藤堂はまだ半信半疑のようだが、それは当然のことだろう。
「でもさ、そんな祝福があるんだったらスキルになんないわけ? 不死身とまではいかないかもしんないけど、自分の体が再生できるんだし身体強化もついてくるんだからスキルとしてはかなり強力な部類じゃないの?」
その理由はもっともだ。不死身の能力を得られなかったとしても強力な能力であることに変わりはないんだから。でも、そううまくいかないのが世の中でもある。
「国に止められたんだよ。祝福をスキルにするには祝福ごとの〝願い〟も多少引き継ぐことになるが、祈の場合は『家族を笑わせたい』だ」
「べつに、そのくらいなら平気じゃない?」
「いや、この『家族』って部分が問題でな。〝使用者にとっての家族〟じゃなくて〝祈にとっての家族〟が対象になるんだよ。そしてその対象に強制的な好意を抱くことになるわけだけど、その対象は俺しかいないんだ」
だから、祈の能力をスキルとした場合スキルを覚えた人は強制的に俺のことが好きになるのだ。
「それは……確かにスキルは作られないでしょうね」
「なんで? そのくらいだったら別にいいんじゃない。そりゃあ見ず知らずの他人のことが好きになるってのはちょっと気持ち悪いかもしれないけどさ」
納得した様子の九条と、その言葉に首をかしげる藤堂。だが、この場合は九条が察しが良すぎると言えるだろう。
「それだけじゃないわ。スキルによって強制的に好意を抱かされるということは、常に頭の中にその人がいるということよ。忘れたくても忘れられず、嫌おうとしても嫌えない。その性質を悪用すれば、それこそ好意を向ける対象のためなら死んでもかまわない、なんて信者や奴隷ができてしまうもの」
「みたいだな。それを危険視して……って話だけど、まあそんな感じだ」
そう。九条の言ったように、祈の能力をスキルとして覚えると、ただの好意では収まらないことになる。
以前祈のスキルを使ったことがある人がいたが、その人は俺に好かれようと行動してストーカーになった。そして、俺に迷惑をかけないようにと国が処理することになった。
それ以来、祈のスキルは作られることはなくなった。
「でもよお。不死身だって話の方にもどっけど、それって代償とかないのか? 祝福だって副作用があるだろ? 不死身なんて能力なら、副作用だって相当のものになるもんだろ」
「副作用は……ある。……記憶が失くなるんだ」
それが祈の祝福を全力で使った場合の副作用だ。正確に言うと、祈のことを攫った奴らふうに言うと『天使』になった副作用だ。
「は? なんだよそれ……記憶って……マジでなくなるのか?」
「記憶喪失ってこと? でもそんな感じしなくない?」
「記憶喪失とは違う。あれは忘れてるだけで頭の中には存在しているけど、祈の場合は本当に頭の中から消え去るんだ」
「そんなっ……!」
多分、祝福の力が強く使うことで人間の部分が浸食されていくんだろうと言われている。
「でも、今のところ祈さんは何ともないように思えるけれど……会話も問題なくできているようだし」
「程度があるんだよ。今は……」
「最後に残っている記憶は、入学してから一週間後かな」
九条の言葉を受けて祈に視線を向けると、祈は少し考えたような様子を見せてからそう言った。
その言葉に悲しく思うと同時に、うれしくも思った。
記憶がなくなったことを喜んでいるわけじゃない。思った以上になくなった記憶が少なかったからだ。天使化したのに半年程度の記憶で済んだんだったらだいぶマシだ。
「入学してからって……そんなに……」
「それじゃあ、約束のことも忘れてしまったのね」
「ごめんなさい、九条さん。何か約束してたの?」
「……ええ。でも、大丈夫よ。また今度約束し直してもらえばいいんだから」
俺は知らないが、何か約束をしたようで九条は悲しげな表情をしている。
でも、そんな約束をするような仲になってたんだな……。それを思うと、確かに記憶がなくなったことは凄く残念に感じる。
けど、それでもめげずにまた約束をし直すと言ってくれた九条の言葉がすごく有り難い。
「いつもこんな長期間の記憶がダメなのか?」
「死亡時の損傷度合いや復活後の暴走度合いによって変わるんだ。でも、今回はマシな方だ。前回は……基本的な知識以外何も覚えていなかった」
「何もって……」
「文字通り、〝なにも〟だよ。だから、今回はちゃんと俺のことを覚えていてくれたし、それだけで十分だ」
妹が死んで、全部何も知らないまっさらな状態だった祈が生まれた。
そんな祈は自分たちの娘ではないと両親は祈を育てることを放棄し、それでも俺は祈を妹として扱い続け、祈も普通の人間としての常識を身に着けて普通に暮らすことができるようになった。
けど、ある時俺が魔物との戦場に送り出されることがあり、その時に祈は俺を守るために死んだ。そしてそこで初めて天使化し、魔物を倒した。
ここまでは良い事だった。けど、その代償として祈は生まれた時からの全ての記憶を失っていた。そして、それからまた常識を教え込んでいき、何とか普通に生活できるようになった。
だから、その時に比べれば半年の記憶程度なら十分マシだ。
「––––これで俺達の話は終わりだけど……九条」
全て話し終わったが、こいつはどんな反応をするんだろうか。できることなら、こいつらには祈のことを普通の人間として接してもらいたい。それに、こんな秘密を知って、それでもまだ九条は祈を自分の仲間に引き入れたいと思うのだろうか?
「俺は……俺達は〝こんな〟だ。明らかなわけありで、今後絶対に迷惑がかかるだろう。お前はそれでも俺達のことを受け入れるのか?」
「ええ。問題ないわ」
そんなふうに悩みながらの問いかけだったのだが、九条は一瞬たりとも迷うことなく頷いてきた。
「……即答かよ。もう少し考えてもいいんじゃないか?」
「そんな必要ないでしょ。だって、あなた達を仲間にするって私が決めたのよ。それは能力を考えての事だったけれど、あなた達の人となりを見ての考えでもあったわ。そのうえで二人を仲間にしたいと考えたのに、多少事情が込み入っているからと言って手放すわけないじゃない。訳ありなのは百も承知。最初から何かしらの問題はあるだろうと考えてあなた達のことを受け入れると決めたんだから、今更考える必要なんてないわ」
そう言ってくれると嬉しいなと思いながら聞いたことではあるけど……ここまではっきり言われると、それはそれでなんて返したらいいのかわからないもんだな。
でも……嬉しい事に間違いはない。
「それじゃあ……祈。いいか?」
「私は兄さんと一緒に居られればそれでいいよ」
俺と祈はお互いに顔を見合わせると頷き合い、九条へと顔を向け直す。
「これからよろしく頼む」
こうして、俺達は本当の仲間というのを手に入れることができた。




