『天使』降臨
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なんだ……何がどうなって……
「やあっと終わったか。……クソがっ。無駄に手間かけさせやがってよお」
「それよりもお、誰か来たみたいなんだけど?」
「ああ? どうせ例のガキどもだろ。つっても、助けに来たお友達はもう死んじまったけどな」
「かわいそうだね~。……まあ、本当に死んでたら、だけどさ」
「流石に死んでんだろ」
ボロボロになった部屋の真ん中で、鎖や縄によって拘束された祈りの体から首が落ちる。
部屋の中には人が集まっていて、そのうちの何人かが話しているが、そんな声は全て雑音としてしか聞こえない。
「祈! おい、祈!!」
祈の体に向かって叫び、呼びかけるが、当たり前のように返事はない。
「そんな……!」
「う、そだろ……?」
「キャンキャンうっせえなぁ。もう死んでんのが見てわかんだろうが。黙ってろよクソガキ」
縄を手にした一人の男がゆっくりした足取りでこちらに近づいてきた。その態度からして、この男はクリフォトの幹部やそれに類する奴なんだろう。
けど、今はそんなことはどうでもいい。大事なのは、きっとこいつが祈を殺すのに一枚かんでいるってことだ。
直接殺したのは祈のそばにいる剣を持った男だ。けど、その頭の上にある光輪を見ればわかるが、縄を持ったこいつは多分『祝福者』だ。だからきっとこいつは関わっている。
「ふざけんな! なにがっ……なんでだ!」
そんな男に向かって、怒鳴りつけるが、男はめんどくさそうな様子で答えようとはしない。
その代わり、その後ろにいた女が前に出てきて答えた。
「なんでも何も、その子が暴れるのがいけないんだよ。ついでに言うと、君たちがここに来たからっていうのもあるかな? 君たち侵入者の相手もしないといけないし、この子を抑えないといけない。どっちもは難しいからまずは被害がヤバくなりそうな方をしょりするって、そんなおかしなことなの?」
「おい。こいつ今度こそ死んだみてえだぞ。もう傷が治っていかねえ」
女が話している傍らで、先ほどの縄の男が祈の体を足蹴にして喋っている。
その光景を見ているだけで苛立ちと悔しさが襲い掛かってくる。
「……せっかくこれまでうまくやってこれたのに……なのに、なんで……」
これまでうまくやってきたはずだ。俺の能力がバレることはあったけど、それでも学校生活はうまくできてたし、祈だって社会に溶け込むことができるようになっていた。それなのに、これじゃあ全部台無しだ。
「次はお前達だ。『天使』を処分することになった報いを受けてもらうぞ」
祈を殺した男が、祈を殺した剣を持ちながら近づいてくる。
そんな状況に、俺の後ろにいた桐谷と瞳子が警戒するような気配が感じられたが、俺は警戒するよりも先に男に聞きたいことがあった。
「天使だと……? ……は。なんだよそれ。お前らは祈のことを知ってたのか?」
だとしたら、どこで知ったんだ? どこで……誰が漏らしたんだ? そのせいで祈は……
「当然だ。元はお前を狙うつもりだったが、その少女が邪魔だったのでな。調べてその体を我々の研究のために使おうと考えたのだ。その肉体は『天使』と呼ぶに相応しいものだったのでな。もっとも、その考えも想定外に暴れられたことで処理することとなったがな」
「……なんだよそれ。その程度しか知らなかったのか? 知らなかったのに祈を狙ったのかよ。……運悪すぎるだろ」
「なに?」
まさか、そんなくだらない理由で狙われたなんてな。しかも『天使』なんて呼ぶだなんて……なんてふざけた話だ。
「祈は、お前たちが思っているような奴じゃない」
「ふん。あの少女のことをどう思い、どんな価値を見出すかは我々の勝手だ。お前如きに我々の考えなど理解できんだろうさ」
「理解できていないのはお前たちの方だよ」
きっとこいつらは何も分かっていない。『天使』なんて呼んでいるのも、その肉体や使ってきた能力に目をつけての話だろう。
けど、何も知らずにつけたんだろうが、その『天使』という呼び名はこれ以上ないくらい祈に相応しい名前だ。
「損傷度許容限界到達。肉体の再構成を完了いたしました」
「は……?」
「やっぱり。祈……」
聞こえてきた声に反応してそちらを見ると、死んだはずの祈の体が動き、頭部を拾って繋げなおしていた。
その動きによどみはなく、頭の上には普段よりも複雑な模様を描いた光輪が浮かんでいる。
やっぱりこうなったか……。
「お、おい……誠司? 祈のやつ、死んでなかったんだな?」
「死んでないって……さっき首が切られてたじゃん。しかも誰も手え貸してないのに治るって……そんなの治癒の範囲越えてない……?」
一緒に来た二人が困惑した様子で問いかけてきたけど、それは当然の反応だろう。普通ならいくら祝福って言っても死者をよみがえらせることはできないんだから。でも……
「……祈はな、特別なんだ」
そう、あいつは特別だ。俺は世界で唯一の『二重祝福者』だが、あいつも世界で唯一の存在なんだ。
「いの––––」
「祝福〝祈〟。当祝福は〝願い〟の遂行へと移ります」
「なんなの……い゛」
俺の呼びかける声が聞こえなかったのか、敵の女が困惑しているところに復活した祈が突っ込んでいき、その体を弾き飛ばした。
ただ殴っただけ。それだけであるにもかかわらず、今の祈はそれだけの単純な行動であっても全てが防御不能の攻撃となっている。
「祈っ! 待てっ!」
まるで機械のように言葉を吐き出し、感情を宿さない瞳で動く祈のことを止めようと呼びかけたが、そんな俺の声を受けても祈の表情は何も変わらない。
「おい……おいっ! なんなんだよこれはっ! なんだってこんな化け物がっ!」
縄を持った男が叫びながら縄を祈に差し向け、拘束した。だが、そんなものは今の祈には無意味だ。
祈は拘束されてから微塵も抵抗する様子を見せず、かと思ったら突然その背中から光の塊が溢れてある形を形成していった。
「翼……?」
「ありゃあ、祝福の力なのか……?」
頭の上の光輪に光の翼。人間の常識から外れた身体能力と再生能力。そして、感情を見せない機械のような性質。
それらすべてを合わせて考えると、確かに祈は『天使』と呼ぶにふさわしい存在だろうさ。この光景を見れば誰だって納得するはずだ。
「おいクソッタレな雇い主! さっさと手下どもを呼んでこいつを止めろ! 出し惜しんでんじゃねえぞ!」
縄の男が祈を拘束している縄を持ちながら叫んだが、その直後、祈を拘束していた縄は全て弾け飛んだ。
「あ––––」
そして、縄の男はろくに抵抗することもできずに最初の女と同じように祈の拳を受けて弾け飛んだ。
「祈! もういい! 止まれ! そいつは殺す必要がない!」
縄の男を殺した祈は、今度は自分の首を切り落とした男へと狙いを定めたのか視線を向けたが、それを止めるために俺は祈へと『手』を伸ばして祈の腕を掴んだ。
だがそれと同時に祈が走り出し、掴んでいた『手』は一瞬にして弾け飛んでしまう。
けど、掴んで呼びかけたことが良かったのか、祈は剣を持った男の前で動きを止めた。
「祝福〝祈〟の効果対象者を確認。指示に従います」
そう口にしながら俺へと振り返ったのが悪かったのだろう。男は背後から祈のことを斬りつけようとして……祈の拳を受けて、殺されこそしなかったが大きく殴り飛ばされた。
「当肉体を傷つけた者、及び傷つけるにあたって協力したと思しき者の処理を終了いたします」
祈がそう言った直後、祈は意識を失うようにフッと倒れこんだ。
「祈……! 祈っ! 起きろ、おい!」
倒れた祈の体を『手』を伸ばすことで抱き留め、すぐさま駆け寄って祈に呼びかける。
「うあ……」
少しの間呼びかけていると、祈からうめき声が聞こえてきた。よかった。ちゃんと意識は戻るようだ。
「祈! なあ、俺が分かるか?」
祈の体をゆすりながら呼びかけると、祈はうっすらと目を開けた。
「誠司様……」
意識はあるようだ。でも、違う。俺が求めている言葉はそれじゃないんだ。
「違うだろ。そうじゃないだろ」
「……あ。にい、さん。どうなって……ううん。私、死んだんだね」
「……ああ。でも大丈夫だ。もう終わった」
祈の言葉を否定して言い直させると、今度ははっきりと意識を取り戻すことができたようだ。
祈自身も何があったのかを理解したようだし、少なくとも状況が理解できる程度には頭に異常はないみたいだ。
よかった……今回はそんなにひどいことにはなってないみたいだ。
「……は。単なる呼称だったのだが……まさか本当に『天使』だったとはな」
ついさっき祈に吹っ飛ばされた男が地面を這いながらそんなことを言うと、それで力尽きたのか意識を失った。
まったく……くだらないな。そんなことを言うくらいなら、もっと違うことをすればいいのに。
「天使なんかじゃない。祈は単なる人間だ。少なくとも、俺はそう思ってるよ。誰が何と言おうとな」
そうだ。祈は『天使』なんかじゃない。たとえ生まれ方が特殊だったとしても、妹本人ではないとしても、祈はちゃんとした人間で、今はもう俺の妹なんだ。




