先輩を脅迫
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祈が捕まったと知り、助けるために先輩に電話をし、先輩に裏切られて国の施設に拘束されることになったかと思ったら、今度は九条が現れて助けてもらったというのがここまでの流れだが、なんだかこの数時間の間にかなりいろんなことが起こった気がするな。
いや、気がする、じゃなくて実際にいろいろ起こったな。ある意味自業自得だとは言え、まだ全身が痛い気がするし。傷自体は治ってても、幻肢痛みたいな感じで痛みは後になっても残るものだ。あれだけ暴れればそうなるだろう。
でも、これでようやく祈を助けに行くことができる。
祈は死なないとはいえ、何の問題もないというわけではないんだ。一刻も早く助けに行かないと。
「––––それで、祈さんを助けに行くのは構わないけれど、何か作戦のようなものはあるの? ただ無鉄砲に突っ込んでいくだけでは難しいと思うけど」
九条に助けられた俺は、とりあえず捕まっていたところから離れるかということで建物から出て、中まで入ることができなかった藤堂が待っていたので合流したわけだが、そこで九条が問いかけてきた。
「いざとなれば俺一人でもやるつもりだけど……できるならそれはやめておきたい」
できないわけではないだろうけど、進んでやりたい方法ではない。特に、少し前まで見たいな誰も仲間がいない状況とは違い、今は手を貸してくれそうな九条達がいるんだから協力して事に当たるべきだろう。
「でしょうね。流石に無茶だわ」
「っていうか、どこに行ったのかもわかんないし、どれくらい敵がいるのか、とかも分かってないんでしょ?」
そう。それが一番の問題なんだよな。
「まあな。ただ、上層部自体は祈がどこにいるのかは分かってると思う。それに、どのくらいの敵がいるのかは分からなくても、おおよそどんな敵がいるのかくらいは分かってるはずだ」
だから、そこからどうにかして情報を手に入れることができればそれが一番手っ取り早いとは思うんだけど……そううまくはいかないだろうな。
「そうなの? なんでそんなことがわかんのよ」
「だって、じゃないと俺を止めたりしないだろ。俺を止めて祈の救出を諦めたのは、その行動が危険だと思っているからだ。でもそんな結論に至るには、それなりの情報がないと無理だろ?」
単なる三下に攫われたとかだったら、上層部だって俺をあんな強引に止めたりしないで祈を助け出すのに協力していたはずだ。そうしなかったってことは、協力したところで助けられない、あるいは自分たちの被害が大きくなりすぎると判断したかのどっちかだ。
だがどっちにしても、相手の戦力を知っているからこそできる判断なんだから、知らないはずがない。
「だから上層部は敵の戦力を把握してると考えたのね」
「ああ。だから、その情報さえ手に入れられればって思うんだけど、できないか?」
「……難しいわね。あなたをこうして外に出せたのは、私の護衛としての役割を押し付けることで手綱をとるためだもの。敵の情報なんていう無意味なもの……むしろ邪魔になるものは教えてくれないでしょうね」
俺を助ける事ができた『九条』ならどうにかならないかと思ったのだが、残念なことに流石にそれはどうにもならないようだ。
「そうか……じゃあ、仕方ないか」
「なに? なんか当てがあるの?」
「ないわけじゃない。ただ、素直に協力してくれるかどうかってことなんだが……」
できることならこの方法はとりたくなかった。倫理的や法律的に問題があるわけじゃない。いや、まったく問題ないわけではないけど、そこはどうとでもなる。
問題となるのは別の事。俺の気持ちの問題だ。
「やるしかないか」
祈のことを考えると、俺の気持ちがどうしたとか言っていられない。
それに、多分この方法をとったら今後協力してもらうことはできないかもしれない。
けどそれがどうした。祈を助けることができるんだったら、それ以外の問題なんて知ったことか。
「九条、『天眼』の家に向かってくれ」
「天眼って……天宮様の? ……それって大丈夫なの?」
「さっき喧嘩してたばっかなんでしょ? 家に行ったところで無駄なんじゃないの?」
「いや、あの人ならちゃんと出迎えてくれるさ。だって、断る理由がないんだから」
そうだ。さっきまでは敵対していたし、あの人は俺の仲間ではない。
けど、今はもう敵対していないんだ。だって、あの人が敵対する理由はなくなったからな。
だからあの人はもうなんとも思っていない。俺と敵対したことも、裏切ったことも、祈が捕らえられてしまったことも、なんとも思っていないのだ。
「どうぞお入りください」
「ありがとうございます、百地さん」
そうして九条の車に乗って先輩の……天宮さんの家に向かったのだが、やっぱりというべきか。予想通り普通に部屋の中に入れてくれた。
入れてくれたといっても天宮さん本人ではなくその付き人である百地さんが対応してくれたので、天宮さんとしても俺達がここに来ることは予想していたのかもしれない。
「本当に入れるのね……」
「ここが『天眼』の家なんだ……」
タワマンの上層階ワンフロアを全て専有して家としている天宮さんだが、この広い家の全てを使っているわけではない。
だが、そんなことを知っている人は数少ない。そもそもあの人は家に誰かを呼ぶことなんてなかったからな。だから九条達も初見なんだろう。物珍しそうに部屋の中を見回している。
「現在天宮様はご入浴中でしたので、しばらくお待ちください」
「ええ。突然押し掛けてしまったのだから––––」
「先輩。こっちの事情は理解してるんでしょう? 今すぐ出てきてください」
「ちょっ!? な、何言ってるのよ!」
九条は気を使っているけど、こっちは急いでるんだ。それにあの人相手に気を使う必要なんてないし、気を使ったところでこの後にする行動を考えればここで優しくしておく意味がない。
「前も思ったけど、皇族でもあの人には気を遣うんだな」
「皇族って言っても私は傍系よ。一家の長でもないのに、国を守ってる方に失礼な態度をとれるわけがないじゃない」
「へえ……。でも、それを言ったら俺も国を守ってるんだけど? 俺の治癒でどれだけの人が救われて、どれだけのお偉いさんが命を繋いだと思う?」
「それは……」
俺が何をしてきたのか、どれだけの功績を積んできたのを知っているのか、九条は顔を顰めて黙り込んでしまった。
少し意地の悪いことを言ったかと思ったが、でも事実は事実だ。それに、今はそんなことを気にしている場合ではないと判断し、再び先輩がいると言われた浴室に向かって叫んだ。
「天宮さん。早く出てきてください。いや、出てこなくてもいいんで、こっちの頼みを聞いてください」
「も~……せいじーちゃんってばごうい~ん。そんなに急いでどーしたの~?」
呼びかけると天宮さんがいつもの調子でふざけて返してきた。ほんとうに、これがいつものあの人の態度なんだが、今の俺はそんな態度に苛立ちを感じてしまう。
「再演」
このままではあの人はいつも通りこっちの事なんて気にしないでマイペースを貫いて行動するだろう。
けど、そんな悠長に待ってられるほど今の俺は余裕があるわけじゃないんだ。
「ふざけてないでさっさと出てこい、アホ女。じゃないとお前の絵も、道具も、全部ぶち壊すぞ」
「あんた、マジでなにやってんの!?」
とつぜん祝福を使っていくつもの腕を生み出した俺を見て、藤堂が慌てて立ち上がりながら怒鳴ったが、その程度で止めるつもりはない。
「お前たちは黙ってろ。これが一番手っ取り早いんだよ。あそこから出してもらった事は感謝してるし、今回の件が終わったらクランでもなんでも入ってやる。でも、それは祈を助け出した後だ。邪魔をするんだったら、お前たちも俺の敵だ」
そう言ってにらみつけると、藤堂は怒りを顔に滲ませて睨み返し、九条はわずかに腰を浮かせていつでも動けるようにしている。
「いーよいーよ。今出てくね~。せいじーちゃんってばぁ、人を脅す悪い子ちゃんなんだから~」
だが、そんな睨みあいもいつまでも続くわけではなく、天宮さんが浴室から出てきたことで終わった。
ついでに、その場の空気も終わった。
「あ、天宮様!?」
「なんで出てきてるんですか!」
「え~? だって出てこいって言われたし~?」
「せめて服を着てください!」
「でもぉ、すぐに来ないと道具を壊されちゃうって言われたんだも~ん」
「それでも限度があるでしょう!」
俺がすぐに出てこいと言ったからか、天宮さんは体をふくこともなく濡れたまま裸の状態で出てきた。
確かに急かしたけど、せめてタオルを巻くくらいは……いや、この人はそういう人だったな。
けど、出てきたのならそれでいい。別に、この人の裸を見たからって興奮するわけでもないし、そんな場合でもない。
「それで、何のお話なの~?」
「分かってるでしょ、そんなの。いくらあなたが世界の出来事に興味ないって言っても、関係なくなったら次の比には忘れてる鳥頭だって言っても、今回の件は理解してるはずだ」
「いのりんを助けるお手伝いをしろってこと~? ん~。でもぉ、助けてあげたいのはやまやまなんだけどぉ、それをやると上の人から怒られちゃうんだよね~」
「上層部から怒られるのと、今から俺にこの家をめちゃくちゃにされるの、どっちがいいですか?」
そう言いながら出していた『手』の一部を近くの壁にかけてあった絵や、閉じてある部屋のドアへと向ける。
「ちょっと。そんなくだらない事で言うことを利かせるのなんて無理じゃないの? 正気?」
「聞くよ。だって、この人は絵を描くこと以外に何の興味もないから。たとえ国から睨まれようが将来十年間にわたって疎まれることになろうが、その日に描く一枚の絵のほうが重要なんだ。そんな人が、明日絵を描くための道具が全滅するとなったら、手を貸すに決まってる」
確かに、普通の相手ならたかが絵や画材を壊すといったところで、国に敵対する行動はとらないだろう。でも、この人は別だ。
藤堂はさっき俺に正気かと聞いてきたが、正気を問うなら俺よりもこの人にした方がいい。だってこの人は、間違いなく正気じゃないんだから。
「で、でもっ、こんな脅すようなことをしたら、今後は手を貸してもらえなくなるんじゃないの? あなた達は結構親しい仲なんでしょう?」
「それがどうした。今助けることができないなら、将来を気にしたところで何の意味もないだろ。この人との関係を気にして祈を助けられないんだったら、そんな関係なんて握りつぶして捨ててやる」
「そういうところでは私もせいじーちゃんも似てるね~。っていうか、これが『祝福者』だよね~。くーちゃんだってそうじゃないの?」
俺のこの行動も、〝願い〟のためだ、『祝福者』の性だと言われればそうなんだろう。〝願い〟を叶えるために後先なんて考えずに突き進む。それが俺達だ。
「ま~、ね? 私だってまったく興味がないわけじゃないしぃ、心苦しさだってあったのはほんとなのよ~」
「その辺はどうでもいいんで、今、協力してくれるんですか?」
「ん~、いいよ~。もっちー。説明おねが~い」
「本当によろしいのですか?」
「いいの~。どうせ怒られてもすぐに終わるし~」
まあそうだろうな。国の上層部にしかられたところで、結局この人を罰することなんてできないんだから、本当に叱られるだけで終わるだろうさ。いや、しかられることすらなくただちょっと小言を言われる程度で終わるかもしれない。
それを考えると、国庫で協力することはこの人にとって何ら問題ではないんだろう。
「ありがとうございます。このお礼は、天宮さんに回ってきた仕事をいくつか代わりにこなすことでさせていただきます」
「わ~お。とってもありがとーなお礼ね~」
そうして俺は世界最高の『眼』を手に入れた。




