命令撤回
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「あ? 誰だこいつ」
「……確か、どこかで見たことがあるような気がするわ。ただ、どこだったかしら……」
九条桜という少女はそれなりに顔が知れているが、だが生憎と鬼崎と安心院とは面識がないためにすぐに思い出すことはできなかった。
だが、二人が悩んでいるその横で、唯一面識のある天宮だけは気楽そうな様子で九条へと声をかけた。
「おー、くーちゃんじゃーん。どーしたの~?」
「お久しぶりです、天宮さん。そして、初めまして、鬼崎さん、安心院さん。九条桜と申します」
礼儀正しく挨拶をした九条はそのまま送すことなく部屋の中に踏み込み、三人の前に立った。
その態度はあまりにも堂々としていたもので、鬼崎などはその態度に若干怯んでしまった。
「あ、ああ……」
「ここに来れたってことはそれなりの立場があるんだと思うけれど……どういった理由でここに来たのか聞いてもいいかしら?」
「それは……」
九条は一旦言葉を止めると三人から視線を外し、ガラス越しに暴れている誠司のことを見ると痛ましげに顔を顰めた。
だが、一度深呼吸をすると再び部屋の中にいる三人へと顔を戻した。
「それは、彼を引き取りに来たからです」
鬼崎は状況が理解できておらず、天宮は関わろうとしない。そんな二人に対して安心院は疑問を感じて眉を顰めながらも九条の対応をするべく口を開いた。
「……もしかして、この子の知り合いかしら? でも、ごめんなさいね。私達も仕事で頼まれているよ。そう簡単に手放すわけにはいかないわ」
「ええ、存じています。ですが、その点に関しても問題ありません。こちらを」
九条は安心院の言葉に頷きながらも、数歩前に出て懐から取り出した書類を安心院へと手渡した。
「紙……? なんの……っ!?」
突然差し出された紙を訝し気に思いながらも、その中身を読んだ安心院だったが、そこに書かれていた内容に驚き、声を失ってしまった。
「命令撤回……」
「どころか『祝福者』の所属権の移譲って……マジかよ」
流石にその反応が気になったのか、天宮と鬼崎もその手紙をの祖既婚で読んだが、書かれていたのは二人が言った通りのものだった。
「九条……九条? もしかして皇族の傍系で九条グループの九条か?」
「はい。ご存じいただけて光栄です」
と、そこで鬼崎が九条という名前に気が付いて目を丸くしながら九条のことを見つめた。どうやら、皇族の血縁でもあり大企業でもある九条の名前は聞いたことがあったようだ。
「以後、佐原誠司の身柄は私が管理させていただきます。ですので、お三方はもうお帰りいただいて構いませんよ」
「ああ? んなもん、はいそうですかって……」
粗暴ではあるが意外なところで真面目な鬼崎は九条の言葉を受けても素直に帰ろうとはしないが……
「あ、帰っていいの~? じゃあかえろ~っと」
「なら私も帰らせてもらうわね。その子のことを見てたら、治癒の魔法についていくつか研究したいことが出てきたし」
何も考えていないのか、それとも考えたうえで帰ることにしたのか、天宮と安心院は迷うことなく立ち上がると、部屋を出るために歩き出した。
「おいっ。てめえらマジで帰るつもりだってのかよ」
「マジも何も、私達がここにいたのは上からの指示で、あの子を開放する様にっていうのも上からの指示。だったらここに無理して残る理由なんてないんじゃないかしら?」
「そりゃあ……まあ……」
そんな二人を慌てて呼び止めた鬼崎だったが、安心院の言葉に反論することができず黙ってしまった。
「それじゃあお先に。後は好きにしなさい」
「ばいば~い」
元々誠司や祈、そして国の事には興味がなかったのだろう。天宮と安心院はそのまま迷うことなく部屋を出ていってしまった。
「あー、クソッ。相変わらずあいつらは……!」
鬼崎は乱暴に頭を掻きながらそう言うと二人と同じように部屋を出ていこうとしたが、その前にやるべきことはやらないと、と部屋に備え付けられていたマイクへと向かっていった。
「おい、中止だ。上からの命令があった。そいつを開放しろ」
「ありがとうございます」
鬼崎の指示を受けると、部屋の中で待機していた者達はわずかに迷った様子を見せたが、すぐに動き出して誠司の拘束を解き、そそくさと逃げるように部屋から出ていった。
「後は好きにしな」
鬼崎はそれだけ言うと先に出ていった二人と同じように部屋を出ていき、九条は解放された誠司の元へと向かうために隣の部屋へと向かっていった。
「九条……」
「随分と汚れてるわね。まあ、さっきの様子を見てれば無理もないかしらね」
九条がそう言いたくなるのも分かるくらい今の誠司は汚れていた。しかもその汚れが全て血であるのだから、あまり見ていたいものではないだろう。
「なんでここに?」
「あら、つれないわね。前から言っているでしょう? あなたを私のクランに引き入れたいんだって。だからそのために––––」
そう言いながら九条は先ほどとは違う紙を取り出すと誠司へと差し出した。
それは、誠司が国と結んだ契約の原本だった。
「あなたの契約、解除してきたわ」
九条はその原本を誠司から回収すると、そのまま誠司の目の前で豪快に破り捨てた。
誠司はそんな九条の行動に目を丸くしたが、九条はにこりと笑って話を続ける。
「学校を卒業したら、クランに入るのではなくて私の専属護衛として所属してもらうことになるわね。少し強引に事を進めたけれど、治癒の力を持っているあなた私につけることで、私の死亡率を下げるためと言うことにしたわ。丁度、先日他国の王族が一斉に殺される事件があったこともあって、皇族を守る、という理由は通りやすかったわ。まあ、そうは言っても父親の力がなかったら難しかったでしょうけれど」
九条は、祈が帰ってこないという電話を誠司から受けた後、独自に祈の行動について調査をしていた。その際、誠司を捕えられたという情報を掴み、すぐさま動くことで誠司を開放することに成功した。というのがこれまでの流れだ。
もちろんこんな契約の解除だなんだというのはすぐにできるわけではなく、以前誠司から仲間になる条件を聞き出した九条はその日から動き出していたのだ。そのおかげで今回多少の強引さはあったものの契約の解除へと至ることができ、誠司の解放へとつながった。
「さて、と。これであのバカみたいな契約から解放されたわけだけれど……あの時の言葉はまだ有効かしら?」
「あの時……?」
「国との契約を解除してくれたら私の下につくって話」
「……お前の下につくんじゃなくて、お前のクランに入るって話だろ」
「そうだったかしら? まあ、どっちだとしても結果は同じじゃない。それで、答えは?」
助けてもらった以上、そこに否はない。契約をすることになったとしても、今度は以前の者よりはましになるだろうという思いもあった。
だが、今はまだまずい。だって、このまま契約して誠司が九条の仲間になる事になれば、これから誠司が起こす問題に九条を巻き込むことになるし、これからの行動を止められれば助けてもらった恩なんて無視して祈を助けるために動くことになるから。
だから、契約して仲間になるとしても今じゃない。また後で、今回の件がかたずいた後にそれでもと思ってくれるようなら仲間になろうと考えた。
「……もう少し待ってくれないか? 今はまだ、迷惑をかけることになる」
「迷惑って、祈さんを助けに行くこと?」
「ああ。お前のクランがどうなってるのかは知らない。もうあるのかこれから作るのかさえな。でも、もしもうあってそこに所属した後に問題を起こしたら、きっと迷惑がかかるだろ」
だが、そうして自分の考えを伝えた誠司だったが、そんな誠司の言葉に対して九条は自信に満ちた表情で笑みを浮かべて言った。
「そうね。でも、それは無駄な心配よ。だって––––私達も祈さんを助けるために動くんだから」
「なに……?」
「そんなにおかしな事かしら? 私が狙っていたのはあなただけではなく、祈さんもなのよ? その彼女が犯罪者組織に捕まってる? そんなの助けないわけにはいかないじゃない。助けたら助けたで私の印象がよくなるかもしれないしね」
確かに九条は祈のことも仲間に引き入れようとしていた。だから助けに行こうとするのは間違いではないのかもしれないが、だとしても危険が過ぎる。『祝福者』を仲間にするのだとしても、もっと別の手段、あるいは別の人物でもいいのではないだろうか。
だが……
「それに……今度遊びに行く約束をしたのよ。その約束が反故になったら、悲しいじゃない」
その言葉を最後に九条は歩き出し、誠司は少しの間呆然とした後、ハッと気を取り直して九条の後を追いかけることにした。




