〝願い〟の原点
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「うぐっ、がああああああっ!!」
誠司を政府の施設に連れてきた鬼崎たちだが、また誠司が暴れて逃げ出すかもしれないからと待機を命じられていた。
その場所は、奇しくも祈が捕らえられている部屋と同じような構造をしており、二つの部屋を真ん中のガラスの壁で隔てられている造りをしていた。
だが、そんなガラスの向こう側に見える光景に、鬼崎たちは嫌気がさしていた。
それも仕方ないことだろう。なにせ、ガラスの向こうでは誠司が拘束されていながらも鎖につながれている腕をちぎり、関節を外しながら強引に拘束を抜け出そうとしている誠司の姿が見えるのだから。
そして拘束から手足が抜け出すたびに人がやって来て新たに拘束し直すということが繰り返されていた。
「おいおい、これで何度目だよ」
「十二回目ね。薬を使ってもすぐに祝福で消されるから打つ手なしみたいね」
鬼崎も安心院も、手首をちぎり、肉をそいで関節を外してでも抜け出そうとする誠司を狂人を見るような目で見ている。
「まーせいじーちゃんにとっては〝願い〟の原点だしね~。それを止められたらああなってもおかしくないんじゃな~い?」
そんな二人とは違い、合流した天宮は部屋には似つかわしくない座り心地のよさそうな椅子に座りながら気楽な様子で話している。だが、その目は決して誠司の方へは向けられなかった。
「〝願い〟の原点? 誰かを助けるってやつのか?」
「そーそー。っていうかぁ、本来の〝願い〟は『誰か』じゃなかったっぽいのよね~。『妹』を助けたいって思ってぇ、でも祝福を得た時にはもうどうしようもない状態でぇ、願いがかなえられなかったからその代わりとして願いの対象が『誰か』に変わったんじゃないか~、って言ってたの~」
それは昔誠司自身が天宮に語ったこと。叶えることができなかった願いと後悔。そして、誓い。
「どうしようもない状況? でも妹は生きてんだろ?」
「ううんー。死んでるわー」
予想外の言葉を聞き、質問をした鬼崎も聞いていた安心院も動きを止めた。その表情は天宮の言葉を本当か疑っているようだ。
でも、そう。天宮の言葉はまごうことなく真実だ。
「は? 死んでるって……それじゃあ今生きてる妹はなんだよ。どっかから拾ってきた他人ってことか?」
「でも、そんなことを国が許すかしら? 仮にも世界で唯一の二重祝福者なのよ? それなら徹底的に管理するために他人をそばに置くなんてことはないと思う……ああ。管理するために国の息がかかった人物を置いたとかかしら?」
「ざんね~ん。はっずれ~」
いつものように気楽そうに、でもどことなく悲し気な声音でそう言った天宮は、ようやく誠司の方を向いてその様子を見つめながら口を開いた。
「いのりんはねぇ、生まれ変わったのー」
「生まれ変わった? そりゃあ比喩じゃなくて……」
「そー。文字通りの意味で〝生まれ変わった〟のよねー」
「……それが彼女の祝福と言うことね。確か、一度事故で死にかけたのよね?」
「せいか~い。自分が死んだら家族が悲しんでしまう。それは絶対に嫌だ––––なんて考えて、悲しまないでほしい、って〝願った〟から、死んじゃった後に『祝福者』になったのー。悲しませたくないから死んではならない。傷ついてはならない。倒れてはならない。どんな苦境でも苦難でもはねのけることができるだけの力がなくてはならない……ってねー」
「……兄妹そろって頭がおかしいのね。死にかけてる状況で自分よりも他人を優先するだなんて……考えられないわ」
「人間は自分が一番だもんね~。でも、それができたのがあの二人ってわけ~」
これがあの時の事故で起こった出来事だった。兄は妹に笑っていてほしいと願い、妹は兄に幸せになってほしいと願って『祝福者』となった。
「んで、その願いの結果、妹は死なない体を手に入れた、ってことか」
「そーそー」
鬼崎は今の話を聞いて納得した様子を見せたが、安心院はまだ何か引っかかることがあるようで悩んだ様子を見せている。
そして、何かに気が付いたように顔を上げた。
「……ちょっと待って。でも、妹の方が死んだのは『祝福者』になる前なのよね? それはおかしくないかしら? 『祝福者』になった後に死んで復活したのなら理解できるわ。でも、成る前に死んだのなら、それは本当に死ぬんじゃないの?」
「そーだねー。だからぁ、死んじゃったの。言ったでしょ~? 生まれ変わったって~」
繰り返された天宮の言葉を聞いてもなお理解することができず眉を顰めるだけだったが、ハッと何かに気が付いたように安心院は目を見開いて天宮のことを見つめ、問いかけた。
「待ってちょうだい。なら彼の妹と言うのは……祝福そのものと言うこと?」
「そーなるかなー」
「まさか、そんなことが……?」
「おい、どういうことだよ。祝福そのものって、何言ってんだ?」
安心院は〝祈〟という存在について理解することができたようだが、鬼崎は二人がなにを言っているのか理解できないようで眉を顰めている。
「通常、私達みたいな『祝福者』は、自分の体に祝福と言う力を宿して、それを自分の意思で動かして力を使うわ。これは分かるわね?」
「そりゃあな。実際に自分で使ってんだ。わからねえわけがねえ」
「でも、じゃあ自分の意思がなかったらどうなると思う?」
「自分の意思がない? ってーと、誰かに操られてるとかそういうことか?」
「違うわ。そういう意味じゃなくて、本当に〝意思がない〟のよ。言い換えれば、魂がないの。そんな人物が祝福を使って〝願い〟を叶えるには、どうしたらいいと思う?」
喩えるなら、操縦者のいない乗り物のようなものだ。操縦者がいなければ乗り物は動かない。けれど、そんな状況であっても動くという目的を果たさなくてはならない。そんなじょうきょうになったとしたら、どうなるのか……
「……知るかよそんなの。無理なんじゃねえのか? なにせ祝福を使う意思が存在してねえんだからよ」
「ええ。でも〝願い〟は確かに存在していて、その願いを叶えるために祝福が与えられ、肉体は祝福のおかげで問題なく動くことができるように回復している。後は動いて願いを叶えるだけという状況になったらどうなるのか。それは〝祝福そのものが願いを果たすために動く〟んじゃないかしら」
「……そりゃあつまり、死体を祝福が動かしてるってことか?」
「死体じゃないわよー」
鬼崎の言葉に天宮から訂正が入るが、鬼崎が言っている内容としては間違いではない。
だが、天宮の言っていることも間違いではない。
「そうね。祝福によって完璧な状態に回復したのだから、肉体そのものは生きてるわね。けど、大体はあなたの言ったとおりなんじゃないかしら。祝福で作ったとも言っていい肉体を、祝福が動かしている」
「だから祝福そのものだってか……」
祝福が肉体を生かし、足りない部分は祝福で補われ、元から有った部位も祝福で強化されている。そしてそんな肉体を祝福が動かしている。
そうなれば、それはもう祝福そのものだといってしまっても過言ではないのではないだろうか。
「私達の祝福っていうのがどこから来たのか、まだ何も分かっていないけれど、もし本当に神様から力を与えられたっていうのなら、その神様の力で構成されている妹さんというのは、神様、あるいは天使とでも言うのかもしれないわね」
「天使って……」
奇しくも祈を攫った犯罪者組織であるクリフォトと同じ結論に至った安心院に鬼崎は困惑した様子で言葉を繰り返したが、その話はこれ以上続くことはなかった。
「ここが佐原くんのいる場所かしら?」
そう言いながら九条が部屋の中へと踏み込んできた。




