天使の研究
——◆◇◆◇——
「––––例の『天使』はどうなっている?」
誠司が祈の異変に気付きだしたころ、クリフォト学園島支部のリーダーである男が、祈の様子を見るために姿を見せた。
男がやってきた部屋は祈が捕らえらえている部屋の様子が見えるように一面がガラス張りになっており、そのガラスの向こう側には当然ながら祈が縄や鎖によって雁字搦めに拘束されていた。
「あ? んだよ。やっと依頼主のご登場ってか。随分とのんびりしてんだなあおい」
「本当だよね。僕たちは捕まえてくるの大変だったっていうのにさー」
「なにが〝大変だった〟だ。実際に動いたのも苦労したのも俺だろうがよ、クソが」
「それについては感謝してるよ。でも、君の場合それが仕事だろう? 十分なお金は払ってるんだから、文句は言わないでよ」
「チッ」
祈を捕まえるために行動していた理沙とロジーだが、実際に捕まえたのはほとんどロジーの功績だと言ってもいい。
傭兵としての契約があったからという理由ではあるが、その契約のために命さえかけて大けがを負ったのだから、誠実だと言えるだろう。
ただ、そんな誠実さに報いるように理沙達も報酬を上乗せしたり、捕らえる際に負った傷はしっかりと治癒系のスキルで治したりと、ケアもしっかりしていたので過不足のない契約ではあった。
「傷の方は問題ないのか? 死にかけるほどの負傷をしたと聞いているが?」
「死にかけるって程でもねえよ。まあ、放っておいたら死んでたかもしれねえけど、すぐにどうこうなるもんじゃねえってのは理解して受けたからな。治癒ができる前提なら大した怪我でもねえよ」
「治癒がいるって言ってもスキル持ちしかいないのに、よくやる気になったもんだよね」
いくら治癒のスキルと言えど、レイチェルがそうだったように治せない対象がいたり、治せるけがの程度に限りがあったりとスキルには限界が存在している。
それを知りながら命がけの怪我を許容するというのは、一種の賭けのようなものだろう。
「んなのは後から聞かされたことだろうが。裏の組織だってんなら治癒の『祝福者』の一人くらい用意しとけってんだ」
「スキル持ちを用意できただけでも凄いと思ってほしいんだけどなー。治癒の祝福って、大体正義感とか倫理観が真っ当なのに発現するんだから、僕たちみたいなところには来づらいんだよ」
理沙とロジーが言い合っている中、リーダーの男はガラス張りになっている壁に近づきながら二人へと問いかけた。
「それで、話を戻すが『天使』はどうなっている?」
「今は拘束中だ。俺の祝福と、祝福を込めた宝器を使ってな」
宝器とは、祝福の力を込めたことで誰でもスキルが使えるようになる道具だ。
そんなものがあるのなら、スキル保有者なんて育てる必要はないのではないかと思うかもしれないが、宝器はどれもが一度限りの使い捨てであり、それなりに金も労力もかかるので、普段使いするには採算が合わないのだ。
だが、今回の作戦において祈を拘束するために、その宝器が惜しげもなく使われているのだから、この作戦の本気度というものがうかがえる。
「でもここまでする必要ある? 力が強いってのは理解してるけどさ、それでも祝福の封印措置までしたんでしょ? だったら普通に鎖とかでぐるんぐるんにしておけばよくない?」
「万が一だ。相手は毒でさえも無効化する肉体を持っているのだから、封印措置がうまく作動している保証はどこにもない。元々『祝福者』には封印が効きづらいこともある」
「そう言われるとそうなんだけどさぁ……」
祝福やスキル持ちに敵対する組織である以上、敵の能力を封じる道具も保有している。
実際その道具があれば、大抵の能力は封じることができるだろう。
だが、それはあくまでもスキルに限っての話しで、祝福は完全に封じられるわけではない。封じることができる場合もあれば、そうでない場合もある。なので、今の状態も決して安心だとは言い切れなかった。
「それで、俺みたいなのに依頼してまで捕まえたあいつはなんか役に立ったのか? あんだけ色々いじくりまわして調べてたんだ。なんかしらあるだろ」
「っていうか、なんであんな拷問まがいなことしてるわけ?」
リーダーである男がこの部屋にやってきたのは今回が初めてだが、それより前から隣の部屋では色々と祈に対して実験が行われていた。だがその実験とは、理沙が言ったように通常のものとは異なりかなり凄惨なものだった。
腕を捥ぎ、肉をそいで肌を焼く。そんな実験とは程遠い、拷問とさえ言える所業が行われていたのだ。
「あれは奴の精神と容量を削っているのだ。どのような傷であろうと治すことができるといっても、その限界は存在しているはずだからな」
「ああ……言われてみりゃあそうだな」
「でもさ、見てる感じだとずっと治ってる気がするんだけど?」
祝福にも限界が存在する。使い続けていればいつかは使えなくなるのだ。
だが、二人が見ている限りでは祈は今もなお祝福を使用し続けている。どうにも限界があるようには思えない状況だった。
「そうだな。それから……お前たちはあの様子を見てどう思った?」
「どうって……んー、よく壊れないなって感じかな。普通あれだけやられれば声の一つを漏らしてもおかしくないっていうか、当然だけどそんなこともない。はっきり言って、不気味だよ」
「声どころか眉一つ動かしてねえぞ。なんだありゃあ。バケモンか?」
理沙とロジーが言ったように、祈はこれまでの拷問まがいのことを受けても声一つ漏らしていない。むしろ、見ている二人の方が声を出していたくらいだ。
通常であれば、どんなに訓練を受けたところでうめき声の一つは漏らしてしまうものだ。だが、祈にはそれすらもない。口に縄を嚙まされているから、なんて理由ではないことは祈の様子を見ていれば誰だって理解できた。
「『天使』だ。少なくとも、そう扱うことになる」
「あれが天使ね……ハッ。どこぞの宗教家が聞けば怒るんじゃねえのかねえ」
確かに、聖女や聖人として扱うことまでは問題ないとしても、天使として扱うのであれば騒ぎ立てる者もいるだろう。だが、そんなロジーの言葉を無視して、男ははなしをつづける。
「おそらくあれは、もう〝そういう体〟に変質しているのではないかと考えている」
「〝そういう体〟? それって、怪我をしても治るのは祝福のおかげじゃないってこと?」
「祝福が大元の理由ではあるだろう。だが、それが体に馴染んだ……いや、馴染み過ぎたのだろうな。祝福を外付けの道具として扱うのではなく、自身の肉体の一部として同化していると考えれば、あの無限ともいえる再生力にも納得できる」
「祝福を宿すんじゃなくて一体化する、か……」
「それが本当だってんなら、確かに〝新たな人類〟っつってもいいかもな」
それが男たちクリフォトの研究チームがだした結論だった。
まだ祈をこの場所に連れてきてから数時間しかたっていないのだから完璧に調べることができたわけではない。だが、それでもこれまでの常識から外れている存在であることは理解できた。
故に、そういう結論に至ったのだ。
「なんでもいいけどさぁ。これからどうするの? 殺しちゃうわけじゃないだろうし、治癒に限界がないんだったら弱体化を狙うのも難しいだろう? でもそうなるといつまでも確保してられるわけじゃない。捜索だって来ると思うんだけど?」
「できることならこのまま確保した状態で本部へと運びたいところだが……難しいだろうな。その場合は体を分解し、脳や心臓など重要な器官だけでも持っていくつもりだ」
「流石にそこまでやったら蘇ることもできないだろうね」
などと冗談めかして言った理沙だったが、もしかしたらそれでも生きてるんじゃないか、と嫌な想像をしてしまい冷や汗を流した。
「そうなれば俺の仕事も終いか。だったら今からでもそうしねえか? ずっと能力使い続けるっつーのも疲れんだぞ」
「まだだ。できる限り生かして調べるべきだからな」
「チッ」
宝器の助けもあり、すでに封印も施してあることから喫茶店で捕らえた時よりも楽ではあったが、それでも祝福を使い続けるというのは中々に辛いものがある。その為ロジーとしてはさっさと能力を解除してしまいたいのだが、どうやらそういうわけにはいかないようだ。
「でもさ。もし……もしだよ? バラバラにしてもまだ生きてるようなら……どうなるんだろうね?」
自分の中に生まれた疑念を解消するために、理沙はそう問いかけたが、その言葉に答えられるものは誰もいなかった。




