拘束の祝福者
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「何これ? 紐……縄?」
祈は自身の体に巻き付き、動きを阻害している縄を取り除こうと力を入れるが、簡単にはほどけない。
よくみれば、戦いが起こる前までは確かに何もなかったはずなのに、いつの間にか床を埋め尽くしている。
「『拘束の祝福者』の能力だよ」
「……そんなキモい能力持ってる奴がいるの? 一いったいどんな〝願い〟があれば拘束なんて能力が発現するんだか」
「確かにね。でも、有用であることに変わりはないからそこは我慢するしかないよね」
まるで警戒していなさそうな態度で祈へと歩み寄ってくる理沙に対し、祈は睨み返すが縛られたまま体は動かせないでいる。
「おいおい、その言いざまは酷えんじゃねえか?」
祈と理沙が睨みあっていると、バックヤードから新たに男が姿を見せた。
その手からは縄が垂れさがっており、その先端は全て祈へと向かっていた。
「貴方がその変態さんなの?」
「変態じゃねえよ、クソガキ。まあ、自分でもそう思われても仕方ねえとは思う能力だがな」
気に入らないとばかりに舌打ちをしながら、男––––ロジーは近くにあった無事な椅子へと乱暴に腰を下ろした。
「自覚がある変態なんだ。どんな願いで『祝福者』になったわけ?」
「だから変態じゃねえっつってんだろ、ったく……。語るようなことでもねえが、これでも昔はまともに軍人やってたんだよ」
「へえー。頭のおかしい組織に所属してて女の子を縄で縛ってるくせに?」
「罠におびき寄せた敵を捕獲したんだから、なにもおかしくはねえだろ。ついでに俺はそいつらの仲間じゃねえよ。単なる雇われだ」
話しをしていると、ロジーは祈の動きがおかしいことに気が付いたのか、ニヤリと笑いながら口を開いた。
「話に乗ってるから何が目的かと思ったら、縄ァほどこうとしてんのか? 無理だってんだ」
どうやら、話をしている間にどうにかして逃げ出そうと体に力を込めていたようだ。
だが、裏でこそこそと文言を全文唱えた祝福と、ただ発動させただけの祝福では効果に差があって当然であり、祈は逃げ出すことができずにいた。
「俺の〝願い〟は『敵を逃がさない』だ。死にかけながら魔物なんてバケモンどもを足止めして得た能力だが……命を懸けた願いだ。そう簡単に破れると思うなよ」
軍人として魔物と戦い、仲間を逃がすために己の身を投げ出し、命がけで敵を拘束した。
その時の願いが形となったのがこの男の祝福だった。
そんな立派な願いを持った人物がどうしてここにいるのかと言ったら、人は変わるということだ。己自身も、味方も。
「……なんだ、本当に思ってたよりもまともな理由だったんだ。でも、あいにくとこのまま捕まってるわけにはいかないんだよね」
「だろうな。で、どうするってんだ? 逃げるか?」
「そんなの、決まってるでしょ!」
相手の能力は分かった。拘束することを専門とした能力が相手では、すでに捕らえられてしまっているこの状況では分が悪いというのも理解している。だが、そうだとしてもこのままつかまっているわけにはいかない。だって、自分は家族の待っている家に帰らなくてはならないのだから。
だからこそ、祈のやることは決まっている。
「再演!」
「やかましいその口は閉じておかないとな」
祈が改めて詠唱し始めたことで、ロジーは追加で縄を祈へと差し向けた。
だが、全身を拘束されているといっても、文字通りの意味で全身が縛られているわけではない。
特に首から上はなんの拘束もされていないのだから、頭を動かす程度なら何の問題もなかった。
そして、常人にとって頭だけとはいえ祈が全力で動くとなったらそれだけで脅威足り得ることであり、自身に向かってきた縄を避けることも、はじき返すこともたやすいことだった。
「はっ! 縛られた状態のまま避けるのかよ。随分とやんちゃなガキだな!」
「〈怖くない。辛くない。悲しくない。どんな傷も苦しくない。どんな痛みも敵じゃない。死んだとしても笑って死のう。私の人生は幸せで満ちていた。私はみんなのそばにいるから。私は死んでもみんなを守るから。だからどうか泣かないで。––––私はみんなに笑っていてほしい〉」
そうして祈の文言がすべて唱え終わり、祈の身に秘められていた力の全てが解放されることとなった。
だが、もう既に縛られており、相手も最初から全力で祈のことを捕らえたのだ。今更祈が全力を出したところで抜け出すことができるのかと思うものかもしれない。
しかし、問題なんてなにもない。
「なんっ……!? ざっけんなよ! なんだこの力はクソッタレ!」
祈のことを縛っていた縄がミチミチと音を立てはじめ、そのうちの一本がパアンッと音を立てて弾け飛んだ。
解けないはずの拘束が壊されかけロジーは慌てて理沙へと振り向き、指示を仰ぐ。
「おいっ! どうすんだよこいつ! 長くは持たねえぞ!」
「どうにかしてよ! そのために呼び寄せたんだよ!?」
「どうにかっつっても……クソッ! これはやりたくなかったってのに。てめえら『治癒』ができる奴を用意しとけ。それから、報酬も積んどけよ!」
ロジーはそういうなりジャケットの裏に忍ばせていたナイフを引き抜き––––祈の拘束が全て弾け飛んだ。
「これで、あなた達もおしまいだね。もう二度と同じ手には引っかからないから」
「は……そんなのは、俺達を殺してから言えってんだ、クソガキ」
「そ。まあ、そうだよね。じゃあ––––」
拘束が解けたことでロジーは再び祈を捕縛するために縄をけしかけた。
それは優に十を超えた数ではあったが、祈はその数に怯むことなく拳を振るい、一瞬にして全ての縄を破壊しつくした。
「はい、これでおしまい。仲間はみんな死んでるし、後はあなた達だけだよ」
「クソッタレが……こいつのどこが『天使』だってんだ。天使なんかよりも悪魔の方が合ってんだろ」
「天使なんて私が自分で言ってるわけじゃないし、悪人を裁くって考えると天使でも合ってるんじゃない?」
「裁くにしても方法があるだろうがよ。そんな全身血まみれの天使がどこにいんだよ」
「さあ。どこかしらにはいるんじゃない? それよりも––––」
そう言うが早いか、祈はロジーへと向かって走りだし、一瞬にして距離を詰めるとその拳をロジーの腹へと叩き込んだ。
「これで終わりだよ」
「ぐ……があっ……! ……バカがっ!」
常人であれば受ければ即死の攻撃ではあったが、ロジーとて腐っても『祝福者』だ。祈のような直接的な戦闘のための祝福ではないものの、素の強化によって常人よりも優れた体を持っているためにギリギリ生き残ることができた。
とはいえ、ギリギリ生きているだけで、このまま何も対応をしなければ死んでしまうだろう。
だが、そんな状況であってもロジーはニヤリと笑った。
「っ!?」
直後、ロジーの笑みに嫌なものを感じてすぐにその場を離れようとした祈だったが、ロジーの体から伸ばされた縄を避けることができずに拘束されてしまった。
「どうだ、クソガキ……」
「アウウウッ! ンンン!」
「暴れんなっての。どうせ無駄なんだからよ」
今度は本当に何もできないようにするためか、手足や胴体だけではなく、首や口まで完璧に縛っている。
そんな拘束をどうにかしようと暴れる祈だったが、それでも縄は千切れることなく祈のことを拘束し続けている。
「死にかけ時に足止めのために発言した祝福だ。俺が死にかける程力が強くなる。ついでに、距離も近いほど更にプラスだ。さっきまでの状態だってやっと逃げ出したってのに、今の状態じゃどうあがいたって逃げられねえよ」
そういうなりロジーは大きくため息を吐き出し、バックに退避していた理沙のことを呼びつけた。
「おいっ! いつまでボケてんだ。追加の下っ端呼んで来いよ。ついでに、拘束の宝器を持ってこい。ずっと俺が拘束しとくなんてできねえぞ」
「分かっているってば。おつかれ~」
「それじゃあ、大人しくついてきてもらうぞ。クソガキ」
そうして祈は攫われることとなり、その場には気を失った三友と、多くの死体。そして壊された店だけが残った。




