天使を捕まえろ
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「いまさぁ、結構機嫌悪いんだよね。この感情が上辺だけのものだとしても、そう感じたこと自体は嘘じゃないんだから機嫌が悪いことには変わりないの」
祈は心から三友のことを友人だと思っていたわけではない。何かしらの思惑があるだろうと理解していたし、祈自身も三友のことを利用しようとしていた。
だが、表面上のものとはいえ、友人のように振舞った相手なのだ。そんな相手を利用して自身の邪魔をすることが、どうしようもないほど腹に据えかねていた。
「で? あなた達は私を怒らせてまで何をしたかったわけ? こうして襲ってくるってことは、私が『祝福者』だってことは分かってるんでしょ?」
店内の設備を壊しながら襲い掛かってきた男たちを倒して床に転がしていた祈だったが、今度は店のバックヤードへと顔を向けて問いかけた。
すると、少しして裏から女性が複数人の男たちを引き連れて姿を見せた。
「大人しくついてくるつもりはない?」
女性––––理沙が祈に話しかけている間に、部下である男たちが祈のことを包囲する様に動き出した。
そんな男たちの動きを視界に収めながらも、祈は特にこれといった動きを見せることなく自身の正面に立っている理沙へと答える。
「大人しくもなにも、そもそも何の目的なのかすら教えてもらってないんだけど? そんな状況でついてくと思う?」
「あー……まあそうだよね。じゃあ口上でも。んん––––我々は今の狂っている世界を壊し、新たな世界を作り出す––––」
「つまり頭のおかしい狂人の集まりってことでしょ。そんな仰々しく言わなくってもいいから……って。ああ、もしかして『クリフォト』だったりする?」
理沙は咳払いをしてから自分達の理想について語りだしたが、そのどこか不真面目さが感じられる口上を途中で遮るようにして祈が問いかけた。
「我々は狂人などではない! 狂っているのは今の世界の方だ!」
「らしいよ?」
だが、それが気に入らなかったのだろう。理沙ではなく部下の一人が声を荒らげて反論し、理沙はそれに肩をすくめた。
しかし、相手が何と思っていようとも祈にとってはどうでもいいことだ。悪人は悪人でしかなく、自分達に襲い掛かってきたのであれば皆一様に敵でしかない。
「はいはい。それで、そんな自称狂人じゃないあなた達の目的はなに? 私を狙ってきたんでしょ? そうなると……兄さんが目的?」
祈は、自身に価値があるとは思っていない。
正確に言えば、価値はあるのだろうが、それでもこうしてクラスメイトを利用してまで罠にかけて殺そうとするほどの存在ではないと思っていた。
そんな自分を狙うのなら、最終的に兄である誠司が目当てなのではないかと考えたのだ。
「まあ確かにそっちも目的ではあるね。でも、君が大人しくついてくるのなら、お兄さんの方は狙わずに済ませてもかまわないよ」
理沙からかけられた言葉に、祈は思わず眉を顰めた。兄ではなく、なんで自分のような身体強化しか使えない存在を狙っているのか、と。
もしかして、自分たちの秘密がバレたのだろうかとも考えたが、結局答えは出なかった。
「私……? 本気で私を狙うって……なんで?」
「君が『天使』だからだってさ」
聞けば答えてくれるだろうかと思って問いかけてみたのだが、その返答に祈は思わず目を丸くして動きを止めてしまった。
「…………はあ? え。天使って……あの天使? やっぱり本当に狂人じゃない。それとも、天使っていうのは形容で、実は私の事を口説いてたりするの?」
「まあ僕も何言ってんだろうなとは思うよ。でもそう言われたんだから仕方ないって」
そう言って肩をすくめた理沙は、まるで講義をするかのように後ろ手を組みながらゆっくりと横に歩き出した。
「『天使』って言うのは、現行人類よりも優れた肉体を持つ新たな人間のことだよ。クリフォトの活動の一部に、人間を強化する計画があるんだよね。本来であれば薬や祝福、手術などで強化し、それを何世代にもわたって繰り返すことで『天使』にたどり着こうとしていたみたいだけど……そこに君が現れたってわけ。祝福を使用せずとも時速百キロを超える車を避け、多少の怪我であれば治る体。祝福を発動さえしてしまえば、全身を貫かれようとも問題なく活動することができる程の常識外れな肉体は、まさに我々が求めている『天使』に相応しいものだー。……なんてね」
その説明を受けて、祈はどうして自分が狙われることになったのかをようやく理解することができた。だが、その理由があまりにもどうでもいいもので、思わずため息を吐いてしまう。
「あー、なんとなく理解できたけど、要は私を連れてって研究しようってこと? それで自分達で『天使』なんて頭おかしい存在を作るのか、それとも自分たちがそうなるのかは知らないけど、まあどっちにしてもろくでもないことするんでしょ」
「それで、お返事は?」
「返事も何も、ノーに決まってるじゃん。誰が好き好んで自分の体を研究されたいなんて思うってのよ。そもそも、自分達から『悪』を名乗るような頭のおかしい集団についてくわけないでしょ」
「だよねー。でもほら、一度定まってしまった世の中を壊すのであれば、その行為は紛れもなく『悪』だ。それは認めるよ。けど、その先の未来には必ず繁栄がある。人々の幸福がある。そう考えると、未来のために必要な『正義の悪』なんだって思えない?」
「正義を名乗るのか悪を名乗るのかどっちかにしたら? どっちだったとしても、ついていくなんてことはないけどね」
祈にとって、世界の平和なんてどうでもいい。目の前で傷ついている人であっても無視できる。
誠司がいる手前他人を慮った行動をとるが、根本的には他人なんてどうでもいいのだ。だから、祈には理沙達クリフォトの理念なんてどうでもいいし、その言葉も響かない。
聞きたいことは聞けたし、もう倒してもいいかな、と思った祈だったが、ひとつだけまだ聞いていないことがあるのを思い出した。
「––––っと、ああそうだった。あともう一つ聞きたいんだけどさ、どうやって脅してるの?」
「脅しているなんて人聞きの悪い。彼女の親に融資をするっていう条件で協力を求めただけだよ。彼女やその家族に害を加えたことは一度もないから安心して。ほら、善い組織でしょ?」
「ふーん。そうなんだ。まあ、それならそれでいいけどね」
正直なところ三友についてもどうでもいいと思っているが、一応関わりを持ってしまったのだし、ここで原因を聞きだして取り除かなければまた何かで利用されて面倒なことになるかもしれない。そう考えたのだが、何もないならそれでいいのだ。彼女の事情を考慮する必要がないのなら、暴れて倒してしまっても何の問題もないのだから。
「それじゃあ色々と分かったことだし––––再演」
「祝福を使わせるな!」
祈が祝福の文言を口にしたことで祈のことを囲んでいた男たちが動き出した。だが……
「遅いって」
男たちが動き出したその時にはすでに祈はその場にはおらず、男たちに拳を叩き込んでいた。
「全文は言えなくても、発動キーだけなら一瞬なんだから」
「略式でそれほどの力を出すことができるなんてね……」
「当然でしょ。だって私は『天使』みたいだしさ」
「はは……そうだったね。でも、その慢心が身を滅ぼすことになるかもよ?」
理沙がそう口にした直後、祈の全身に縄が巻き付き、祈の動きを止めた。




