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レイチェルの今

 

 ——◆◇◆◇——


「それはそれとしてさ、一つ聞きたいんだけど……なんでレイチェルがいるんだ?」


 話しが一区切りついたところで生徒達が戦っている訓練場へと目を向けるけど、その端では俺達と同じように怪我をした生徒を癒しているレイチェルの姿が見えた。


 あいつ、マジでなんでここにいるんだ? 


「なんでって、学生だからでしょ?」

「いや、そりゃあそうなんだけどそうじゃないっていうかさ……」

「自分の国が大変なのにこんな所に居ていいのか、って話だろ?」

「そうそう。あいつ、俺がこっちに帰ってくる時に自分は残って頑張ります、みたいな雰囲気だったのにさ。それに、一人残った王女ってなったらやることもいっぱいあるだろ」


 国があんな状態になったんだし、直系の王族で残ってるのはレイチェルだけなんだから国に残ってなんかいろいろやることがあるんじゃないのか? こんな所に居る場合じゃないだろ。


「まああるだろうなぁ。復興とテロ対策と外国への報告や会談。後は親族の葬儀関連もか」

「全部投げ捨てて、ってことはないよね?」

「ないだろ。あいつかなり生真面目な性格してるし、捨てるんだったら立場もなにもかも捨ててやるって堂々と宣言でもしてるんじゃないのか?」


 けど、そんな話は聞いたことはない。まだ事件が終わってから一ヵ月しかたっていないとはいえ、そんな大事な話があるんだったらとっくにニュースになってるはずだ。けどそうなっていないってことは、レイチェルは今もあの国の王族としての立場のままと言うことだ。


 なんでだろう、なんて考えていると、その話題となっていた人物であるレイチェルがこちらにやってきて、俺の前で足を止めた。


「こうしてお話しするのは久しぶりですね、佐原さん」

「そうだな。まあお互いに忙しかっただろうし、周りに人もいたからな」

「そうですね。あれから私も動きましたが、一気に色々なことが起こりすぎて目が回るような日々でした」

「日々でしたって、今もまだ忙しいんじゃないのか? まだ一ヵ月しか経ってないだろ」

「それはそうなのですが、所詮私は子供でしかありません。色々と両親から学んではいましたが、だからと言って今すぐに政務を熟すことができるのかと言ったら、それは難しいでしょう。後々は私が行わなければならないことですが、今は既にできる官僚たちに任せてしまったほうが早く済むのです」


 それは……そうなのか? まあたしかにレイチェル一人に全てを押し付けたところで解決することでもないし、経験の浅いレイチェルにすべてを任せていては国がダメになるというのは理解できることだ。だから、そういう流れになるのも当然と言えば当然の事なんだろう。


「それに、あの件は公にはされていませんが、私が原因であるという側面もあります。その為、再び狙われることもあるかもしれませんが、今の王宮では何があっても守れると断言はできません。それどころか、警備に余計な人手を使うことで復興の妨げとなってしまいます。安全面や効率など、様々なことを考慮した結果、私はこの学園島にいる方が安全だということになりました。私の許可が必要であったり何か相談すべきことがあれば通信すれば済む話ですし」


 この学園の警備はどこよりも厳重だからな。今年はどういうわけかすでに騒動が起こっているけど、これまでにはそんなことは一度も起こっていなかった。それを考えると、あのテロで壊れた場所に警備を何重にも布いて住むよりも、この学園で学生として通っていた方が安全は安全なのだろう。


「ですので、こうしてこの学園に籍を置くこととなりました。ですので、これからもよろしくおねがいいたします」

「ん、まあそういう事情なら、よろしくな」


 俺としては特に思うところもないし、まだ学生として通うんだったら同じクラスの生徒として接するくらいは何の問題もない。まあ、まだあまり仲良くしたい人物だとは思っていないけど、こればっかりは気持ちの問題だからしかたないだろう。


「はい。……あ」

「どうした?」

「いえ、これは個人的なことですので言わなくとも……いえ。言っておくべきでしょう。出なければ不誠実ですし、認めてもらえないでしょうから」


 いったい何が……? こんな回りくどいことを言って、いったいレイチェルは何を言いたいんだ?


「先ほど申し上げた理由も私がこの学園に通う理由ではありますが、そのほかにもう一点だけ、大事な理由があります。それは、あなたのそばにいることです」


 その言葉の意味が理解できず、俺はぽかんと間抜けな表情をさらすこととなった。


「……は?」

「ひゅ~。これって告白だったりするのか?」

「そのようなものと取っていただいてもかまわないかもしれません」

「随分と曖昧な言い回しじゃない? 別に怒られることでもないんだし、何かあるんだったらはっきり言ったら?」


 マヌケな声を漏らす俺に続いて桐谷が茶化すように問いかけたが、それに対するレイチェルの答えが気に入らなかったのか、祈は不機嫌そうな様子でレイチェルを睨みながら問いかけた。


「……そうですね。不誠実だというのなら、ここで話さないことの方が不誠実かもしれませんね」


 レイチェルは少しだけ迷った様子を見せると、一度だけ深呼吸をしてから話し始めた。


「実は、私と佐原さんが同じ学園に通う同級生であることを知った官僚たちが、佐原さんを我が国に引き込めと勧めてきたのです」

「俺が二つの『祝福者』だからか」

「はい。そして、その方法として最も簡単なのが恋愛だとも。ですが、私にそのつもりはありません」


 そうか。まあ残念なような有難いような……なんとも言えない感じだな。

 政治的に利用されないというのは嬉しい。けど、内面や性格、性質的な相性はともかくとして、レイチェルみたいな美人に、お前に興味はない、なんてふうに言われるとなんとも悲しさが溢れてくる。いや、べつにレイチェルと付き合いたいわけじゃないけどさ。


「……でも、それじゃあそばにいるってどういうことだ?」

「それは、貴方が私の求めていた人だからです。……あの時も申し上げましたが、貴方は私のスキルの元となった方であり、私にとって憧れの人物です。その方がすぐそばにいるのですから、そばに居たいと思うのは当然の事でしょう」


 またそれか……あの時も言っただろうが、お前の俺に対する想いは幻想だ。その憧れはとっくに壊れてるよ。


「それって、結局愛の告白と同じじゃない?」

「そう、なるのでしょうか?」

「いや、こっちに聞かれても分からないんだけど」


 あの時の会話の内容や、俺達の関係を正確に知らない祈と桐谷がこそこそと話しているけど、これは別に愛の告白なんてものじゃないっての。


「あの時も言ったが、俺はお前が思ってるような奴じゃないよ」

「はい。それは理解しています。あなたは昔とは変わってしまったのだと。スキルに込められていた願いから思い描いた人物とは別人なのだと。ですが、それでもかまいません。それでも、貴方の本質は変わらずにいることは私自身よく理解していますから」


 だから、それが理解してないんだって……。


 そう言いたかったけど、レイチェルはさらに話を続けていく。


「いろいろなことがあったのだと思います。人助けはくだらない事だと、考え方を曲げるような何かがあったのでしょう。私もこういう立場ですから、色々と理解できるところはあります。それに加え、私もあの時の経験を経て自身の行い、考えを振り返ることで改めて思い直すこともできました。そして、こう思いました。––––人はくだらない存在なのだと」


 ……あれ? なんか、この間とはずいぶんと変わってる気がするな。こいつ、こんなこと言うタイプだったか?


「なあ、聖女様ってこんな人だったか?」

「っていうかなんだか闇堕ちしてない?」


 闇堕ちっていうのやめろよな……同級生に使う言葉じゃないだろ。っていうか祈。お前どこでそんな言葉覚えてきたんだよ。


「以前の私は、善行の対価を求めてはいませんでしたが、心のどこかで見返りを求めていました。それは形あるものだけではなく、評判などのかたちのないものを含めてです。ですが貴方は、他人を助けることは無意味なことだと、助けた結果がくだらない事になるものだと理解していても、それでも誰かを助けることは素敵な事なのだと、貴方は私達を助けてくださいました」


 いや、対価っていうか、だって助けないと気持ち悪いだろ。助けられる状況で、助ければ誰かを救うことができる状況で見捨てるのは、とても気持ちが悪い。

 だから、ただ自分が気持ちよくなるための行為なんだから、対価をもらうことではない。対価があるとしたら、俺の場合は俺の自己満足を満たすことができるってことだろう。


「私は、そんなあなたの姿に改めて憧れを抱きました。貴方のようになりたいと、私も心から誰かを助けることができる人になりたいと。そう思ったのです」

「ならそうすればいいだろ」

「ですが、私は弱いですから。自身の願いだけで祝福に至ることもできない半端者です。ですが、貴方のそばにいればいつかは私も本物になれるような気がしたのです。だから、いかがでしょう。側にいてもよろしいですか?」


 側にいてよろしいかって、よろしくねえけど?

 でも、曖昧に角が立たないように断っても離れていかないような気がするんだよな、こいつ。だって、何だか目の奥にある光がなんかヤバい感じに見えるし。


 はあ………………しかたねえ。


「やだよ」


 うん。絶対にやだよ。誰がそんな言葉を受け入れるかっての。


「え––––」



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