バレた後の学園生活
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「……思ったよりも変わらないもんだな」
色々と問題があったイギリス旅行を終えてから一か月が経過した。
これからは今までよりもさらに面倒な、普通とはかけ離れた生活になるんだろうなと思いながら学校へとやってきたのだが、周りの反応は思ったよりも普通のものだった。
もちろん何の反応もないわけじゃない。一般の生徒達は特にこれといった反応は見せていないけど、上流に属している生徒達は遠巻きにしながら俺達のことを見ていた。なんだったらひそひそと声も聞こえていたものだ。
だから俺がどんな奴なのか、ってのがバレていないわけではないんだとは思う。
騒ぎにならないのはそれはそれで嬉しいんだけど、なんだか不気味な感じがするんだよな。だって、普通ならもっと騒ぐもんだろ?
自意識過剰、ってわけじゃないと思う。客観的に見て、それくらい俺って存在は魅力的に映るはずだ。
いや、あるいは魅力的な能力過ぎるからか? ただの『祝福者』であれば手を出しても問題ないけど、世界で唯一の、なんて言葉が付くと手を出しづらいと感じるものかもしれない。
「それは、この場所が特殊だからじゃないの?」
隣で生徒達の戦闘を眺めている祈は不愉快そうにそう口にしたが、それも正解なのかもな。
「まあそれはあるだろうな。ここは外部から隔絶されてるし、許可がない奴は入ることもできないから会いに来たくても会えない奴らもいるんだろうな」
だからこそ、俺っていう存在に目をつけていながらも手を出すことができないでいる。
一応生徒はいるんだからそいつらに話をさせればいいと思わなくもないが、生徒はあくまでも生徒であって、交渉のプロってわけでもない。下手をうって問題を起こすよりはそのまま普通に生活してもらったほうがいいと判断したのだろう。
「でも、本当によかったの? 助けなければ、そんな心配なんてしなくてもよかったのにさ」
「そんなこと言っても今更だろ。もう助けちゃったんだから」
「そうだけど……」
祈は、あの時レイチェルを助けない方が良かったと思っているのだろう。実際、あの時手を出さなかったら、レイチェルは死んでいたけど俺の生活は守られた。能力はバレないで済んだし、あの状況なら見殺しにしたところで仕方ないとなっただろう。
それに、こんなことを悩む必要もなかった。
クラスメイトとして多少は話すことはあれど、祈にとってはレイチェルは単なるクラスメイトでしかなく、俺の生活とレイチェルの命のどちらを優先するのかと言ったら当然俺の方になるんだから、苦言を言いたくなるのも理解はできる。
でも、あの時見捨てていたら、それこそ俺は後悔していただろう。祝福による精神への影響だとかそんなのは関係なく、目の前で助けられる人を助けないなんて、俺にはできなかった。
結局、『祝福者』としてバレてしまったあの時から俺の運命は決まっていたんだろう。あの試験の時に祝福を使ってしまったせいで、全てを隠さなければいけない、と考えていた心の枷が外れ、能力を隠そうとする思いに必死さがなくなってしまった。
だから、能力を使うことに躊躇いがなくなってしまったんじゃないだろうか。
「それにしても、兄さんってなんだかいろんなことに巻き込まれるよね。あの時いきなりのことでどれだけ驚いたか分かってる?」
なんて祈から小言が飛んできたが、まあ祈の立場としてはそう言いたくなるだろうな。なにせ、旅行に行ったと思ったらその途中で突然祝福による副作用が発生したんだから。
俺の感じた痛みは祈も感じる。あの戦闘での痛みをすべて何の前触れもなく感じることとなったのだから、その驚きは並大抵のことではないだろう。
「無茶したのはわるいとおもってるよ。でも俺だって驚いたんだぞ。好きで巻き込まれてるわけでもないし自分から首を突っ込んでるわけでもないのに、なんか知らないけど勝手に厄介事の方がやってくるんだからたまったもんじゃないっての」
「首を突っ込んでない、っていうのはちょっと無理じゃない? 今回なんて自分から厄介事に関わりに行ったようなもんでしょ」
「レイチェルの事か? あれは仕方ないだろ。厄介事に首を突っ込んだっていうよりも、気に入らない奴らから離れたら厄介事に遭遇した、って方が正しいって」
レイチェルを助けるためにあいつの後を追いかけた、と言うよりは、他のメンバー達の言動が気に入らなかったから離れたかった、と言う方が正しい。
結果として、レイチェルのことを追いかけた先で彼女を助けるために戦うことになっただけだ。
「どっちにしてももっとやり方があったと思うけど……今更か」
まあ、そうだな。すべては終わったことで、ここでなにを話していてももうどうしようことだ。
「佐原……さん。あの怪我の治療を頼んでもいいですか?」
「ああ。––––再演」
「あ、ありがとうございますっ」
俺が祈と話をしていると、怪我をした一人の生徒が俺達の方へと寄ってきて、おずおずと頼んできた。
そのことに内心でため息を履きつつ、俺は不満を溢すこともなくその生徒の傷を治してやると、その生徒はへこへこと感謝を述べながら去っていった。
「で、それはそれとしてなんだけどさ。……いいの? そんなに能力使っても」
「仕方ないだろ、頼まれたんだから。それに、どうせもうバレてるんだ」
なんで授業中に俺がそんなことをしているのかと言うと、学園側から頼まれたからだ。
治癒の能力者は貴重で、今まではレイチェルや養護教諭が治していた。そのおかげで生徒達は怪我を気にすることなく訓練をすることができたわけだ。
だが、スキルを使っているレイチェル達よりも、『祝福者』である俺の方が効果があるし能力の使用回数が多いんだから生徒達を治す手伝いをしろと、国のお偉いさんからの有り難いお言葉が送られてきた。
できることなら断りたかったが、契約のせいで断ることもできず、できたのは精々自分たちのクラスのメンツだけを対象とする、という程度のもの。
面倒ではあるが、仕方ないとも思うし、この程度なら、とも思ったので引き受けることにした。
「でも、さっきの態度見たでしょ? そんなことしてるからあんな風になるんじゃないの?」
祈は先ほどの生徒があいまいな笑みを浮かべながら逃げるように去っていったのが気に入らないのだろう。不機嫌そうな様子で先ほどの生徒のことを睨んでいる。
「……まあ、それも仕方ないさ。最初は『祝福者』で優秀な妹のおこぼれをもらってるだけの奴だったはずなのに、気づけば本人も『祝福者』になってて、かと思ったら今度は世界で唯一の貴重な人材になってたんだ。どう接していいのか測りかねてるんだろ」
これが最初から特待生として入学していたら違ったのかもしれないけど、俺の分類はあくまでも一般性とだからな。
「それだって、兄さんが能力を使ってみせなければまだマシだったんじゃないの? 聞いていたとしても、実際に見るまで実感がわかないのが人間ってものでしょ?」
「だとしても、それはそれで面倒だろ。探りを入れられてただろうしさ。それだったら最初っから教えておいて分かりやすくした方がいいと思わないか?」
なんて話していると、俺達の元にやってくる人物が現れた。
「––––よお、お二人さん」
「ん? なんだ桐谷か。お前も怪我したのか?」
「別に治してもらいに来たわけじゃねえよ。ただ、一躍有名人となった友人と仲良くなっておくために無駄話でもしようかと思ってな」
「そうかよ。さぼってると怒られるぞ」
「その時はお前も道ずれにしてやるから平気だろ」
「何が平気なんだか。と言うか、仲良くなりに来た相手を道ずれにしようとするなよ」
「おいおい、俺達の仲だろ? それくらい快く頷いてくれよ」
きっと、桐谷がこんな態度をとっているのはこっちの心情を理解しているからの事なんだろうな。
普段通りと言えば普段通りの態度ではあるが、この茶化すような冗談交じりの会話がとても〝普通〟っぽくてありがたい。
「それにしても、お前も大変だな」
「友人がそんな〝大変〟な存在になった感想は?」
「あ? あー、まあ別に? 大変な存在っつっても、バケモンになったわけでもねえし、存在自体は元から変わってねえんだから感想もクソもなくねえか?」
きっとこの言葉は本心なのだろうが、中にはそれ以外の思惑なんかも交じっているのかもしれない。でも、そうだったとしてもこんなふうに言ってくれること自体嬉しいものだ。
「まあ、俺としちゃあ偶然仲良くなった相手が実はすげえやつだったってことで、宝くじでも当てた気分だけどな。……あー、そういえば最初は特待生を探るために話しかけたりもしてたっけな。それを考えると、俺の勘ってドンピシャじゃねえか?」
「……そういえば、最初に少し探りを入れてきてたな」
「桐谷の家としては、特待生について知っておいたほうが良かったからな。ま、そもそも俺としてはそんな面倒なことは考えずに、ただ隣の席だったってだけだったけどよ」
今でこそこうして仲良く話しているが、最初は俺も桐谷のことを警戒していたもんだ。言葉には気を付けていたし、自分の情報を渡さないようにと気を張っていた。
それが今ではこうしてぶっちゃけて話すことができているんだから、能力がバレたのも悪い事ばかりではないのかもしれないな。
「それが『祝福者』だったんだから、確かに宝くじかもな」
「まあ、大した額でもねえ宝くじだけどな」
「おいおい。言うほど大した額じゃないか?」
俺を宝くじに例えるんだったら、アメリカの宝くじの過去最高金額よりも上だって言えると思うぞ?
「だって宝くじに当たったっつっても、自分で使えるわけじゃねえし。あー、そうだな。それ考えると、俺が宝くじ当たったんじゃなくて、宝くじ当たった奴が友人にいた、って感じなんだろうな。おこぼれは……まああったら嬉しいけど、自分からねだりに行くのは違えだろ。元々そんな〝お宝〟目当てで友達になったわけでもねえんだし、態度を変えることでもねえだろ」
「お前、なんか変わってるな」
けど、俺にとっては桐谷が変わり者でよかったと思えた。