とある悪役達の話
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とある部屋の中。二名の男女が密会でもするかのようにその場所に集まっていた。
いや、するかのように、ではなく事実その二人は周りには知られずに会っているのだから密会といって間違いない。
そんな二人が何を話すのかと言ったら、当然ながら男女間の関係……ではなく、そんなことよりももっと他人に聞かれることが憚られる後ろ暗い内容のものだった。
「––––失敗した? 計画は完璧だったんじゃないのか?」
女性からの報告を受け、どこか神経質さを感じさせる長髪の男が女性へと問いかけたが、その問いの内容は何やらきな臭いものとなっている。だがそれも当然だろう。話している内容自体が法から逸脱したものなのだから。
今回の作戦––––ロンドン襲撃事件について、先ほど男は失敗と言ったが実際には九割がた成功している。ただ、最後の詰めに失敗したというだけで、作戦としてみれば十分に成功の類だ。
だが、そうだとしても男は完璧に成功するつもりだっただけに、その最後のひとかけらの失敗がことのほか気になった。
「それがさー、『祝福者』に邪魔されたんだって」
睨むように問いかけられた男からの言葉に、女性にしては髪を短く切りそろえているボーイッシュな……見方によれば少女ともとれそうな女性が気楽そうに答えた。
「『祝福者』? ……奴が裏切ったか?」
奴、というのは今回男たちが計画していたロンドンの襲撃における協力者である元イギリス王室所属の騎士であり、『祝福者』であるオズボーンのことだった。
そしてオズボーンのことを協力者と言う彼らの名前は––––クリフォト。自身たちのことを『悪』と名乗る集団である。
男は『祝福者』と聞いて、今回の協力者であるオズボーンが裏切ったのではないかと考えた。
「いやいや、そっちじゃなくって別枠。ほら、王女様のご学友に一人いたでしょ。そっちだよ」
「……ああ、例の。だがあの程度の能力であれば問題ないという話になっただろう?」
女性の言葉を受けて、男は少し考える様子を見せた後に何か思い出したように頷いた。
だが、思い出したはいいが、その程度であれば問題なく対応できるはずだと考えていただけに、失敗した原因だと聞いて何が起きたのかと首を傾げた。
「そうだねー。いざとなっても自爆すれば防ぎきれなくってもろともドカンッ! ……ってなるはずだったし、実際大体解決したっぽいんだけど、最後でひっくり返されたらしいよ」
「どういうことだ? 『祝福者』が守ったことで王女が奇跡的に生き残って治癒でも使ったか? だがそうだとしても重傷は負ったはずだろう? 王女の能力は自身には使えないのではなかったか?」
女性の話を聞き、余計に訳が分からなくなった。
元々オズボーンが負ける要素はなかったはずだ。それは王女––––レイチェルの同級生である『祝福者』が参戦したとしても結果は変わらないはずだった。
戦闘のための祝福と、ただ手を伸ばして物を掴むだけの祝福ではどう考えても分が悪い。それは誰の目から見ても明らかだった。
にもかかわらずオズボーンが負けたという。
だがそれまではいい。何がどうなったのかはわからないが、それでも男は保険をかけていたのだから。
そして、女性からの話しではその保険––––爆弾は実際に投げられ、爆発したらしい。
であれば、生き残ることはできなかったはずだ。
にもかかわらずひっくり返されたということは、どういうことなのか。
こちらの手駒が死に、王女は生き残ったとはいったい何があったのか……。自分たちが集めた王女の情報に間違いがあり、爆風を受けても生き残り、自身を治癒したとしか考えられなかった。
だが、本当にそんなことがあるのだろうかと、男はわけがわからな過ぎて眉間に深いしわを刻むこととなった。
「それは多分本当だろうけど、問題なのは『祝福者』の方だよ」
「例の腕の能力で王女を守りでもしたのか」
物を掴むだけの能力でできることなどそれくらいなものだ。
そう考え、男は鼻で笑ったのだが、女性が肩をすくめながら話すことでその考えは消え去ることとなった。
「だったら話が簡単でいいんだけどねー」
「……無駄に話を伸ばすな。結論を言え」
ただでさえ計画が失敗したことで苛立っている男は、肩をすくめながら無駄に引き延ばして話している女性に余計に苛立ち、声に棘を混ぜて女性を急かした。
「はいはい。まあ簡単に言っちゃうと、例の『祝福者』は特別だったってことだね。どういうわけか、二つの祝福を持ってるらしいよ」
「二つの祝福、だと……?」
女性から聞かされた話に、男は思わず目を見開き、黙り込んでしまった。
だが、仕方ないことだろう。それは『祝福者』や能力というものについて知っている者であれば当然の反応なのだから。
世界を相手取る犯罪組織であっても驚くほどの内容。それが祝福が二つ発現するということなのだ。
「多分ね。近くにいたのは処理されたから遠くから監視してたやつからの報告だから実際のところは分からないよ。ただ、『祝福者』が何かをして聖女の怪我が治ったのは本当だし、その後に周りに腕が伸びて瓦礫の撤去と人の救助、それから助けた人たちの傷も治ってたらしいから一緒に怪我を治したんじゃない?」
今でこそ淡々と話している女性だが、この女性も最初に聞いたときは信じられず報告をしてきた部下に何度も問うたものだ。
「腕と治癒の二つの祝福を持っているということか? だがそんなことあり得るのか?」
「まあ珍しいよねー。『祝福者』ってだけでも珍しいし、治癒って能力も珍しい。『祝福者』やってるのにその上で新しく治癒の能力も持ってるってなったら……ははっ。ある意味で本物の化け物だね」
女性は冗談めかすように笑っているが、その内心は決して笑ってなんていない。それだけの事なのだ。
男はそんな話を聞き、瞑目して考え込む様子を見せる。そして、しばらく黙り込んだと思ったら突然ため息を吐き出した。
「……今まで情報がなかったのはそういうことか」
「何が?」
あまりにも長い間黙り込んでいたので、女性は部屋の冷蔵庫から酒を取り出し、勝手に飲んでいたのだが、そんな女性にの姿を見ても男は反応することなく話を続けた。
「その『祝福者』の情報だ。『祝福者』という存在は国にとっても貴重な人材……いや、兵器だから、その存在はできる限り隠そうとする。だが、あの『祝福者』に関してだけは調べても何も出てこなかった。多少拾えたものもあったが、それは本当に少しの事だけだった。そうまでして情報が出てこなかったのは、それだけ厳重に隠していたからということだろう。そもそも資料に残していなかったり、知っている者自体がごく限られていたのかもしれないな」
クリフォトとしても新しく判明した『祝福者』である誠司のことは調べていた。
だが、その能力が大したことないからそれほど重要しはしていなかった。能力は全てではなくいくらか隠していることが普通だが、〝手を伸ばす〟という能力が拡張されたところで大した脅威にはならないだろう。
むしろ誠司よりも妹の祈の方が脅威であるとさえ言えた。何しろ身体能力を強化すると同時に、どんな傷も瞬く間に治してしまう自己再生能力まであるのだ。実際に戦うとなったら倒すのは至難だっただろう。
だからクリフォトは祈の方を気にかけていたし、誠司のことがあまり記されていなかったのは、祈の不利とならないように兄の情報を隠そうとしたのだと判断した。
だが、どうやらそれは違っていたようだ。妹のためではなく、兄である誠司自身が隠すに値する化け物だったからこそ情報が伏せられていたのだと、この時になってようやく男は理解した。
「まあ、その気持ちは分かるけどねー。だって二つの能力を持った『祝福者』だなんて、異常でしょ? 複数のスキルは聞いたことあるけど、『祝福者』でそれは聞いたことも見たこともないよ」
仕方ない。確かにそうだ。なにせ世界で初めて、唯一の存在なのだから。
だが、だからと言って仕方ないだけで済ませるわけにはいかないのが組織を纏める者というものだ。
「……調べておけ。今回の件で表に出てきたのだ。今ならば調べればなにかでてくるかもしれない」
「それはいいけどさー、調べた後はどうするの? 調べて、それでおしまいなわけないよね?」
「情報が出てくるかはわからないが、治癒に関する能力を持っていることが判明したのであれば……そしてそれがあの者自身の祝福だとなれば––––殺す」
元々、クリフォトがレイチェルの事を狙っていたのは治癒と言う能力を持っている者を処理するためだった。そうして治癒能力者が減れば、敵の継続戦闘能力を奪うことができ、クリフォトたち魔人に有利になるから。
今回王室を狙ったのも、イギリスという国の混乱を狙ったのもあったが、治癒に関する宝玉を奪取することも目的だった。
だが、いくら治癒の能力者を消すことができたとしても、宝玉を奪ったとしても、『治癒の祝福者』がいては全て意味のないものとなる。なにせ、『祝福者』が残っていれば宝玉など後からいくらでも作ることができてしまうのだから。
「あはっ。だよね。そうなるよね」
「その場合、聖女よりも優先度は上だ。聖女は政治的な立場を加味して治癒の能力者の排除のために狙ったが、治癒の『祝福者』がいるとなれば、また宝玉が作られ、ともすれば新たなスキルやスキルを封じ込めた道具などが作られるかもしれない。その場合、我々の計画は大きく狂うことになりかねない」
今回の計画は当初の計画とは違う結果となった。レイチェルただ一人が生き残っただけではある。他はおおむね目的を達成しているのだから、だから作戦としては成功と言ってもいい部類のはずだ。
だが、レイチェルが生き残ったのも事実だ。その結果がどういう流れを生み出すのか、男たちの計画から外れることになるのか。それは不明であり、男にとって恐ろしいことでもあった。
再び何らかの障害が現れ、計画に遅れがでるとなったら全体の見直しが必要になるかもしれない。それだけは認められない。
「おっけー。それじゃあ、調べておくから何人か借りるよ。だから、そっちはそっちで僕たちの成功を期待して準備して待っててよ」
女性はそういうなりテーブルの上に置いてあったワインの瓶を片手に、軽い足取りで部屋を出ていった。
「……この世界をあるべき正しい姿に戻すまで、私達は絶対に止まらない」
そうしてクリフォトの暗躍は止まることはなく、その牙は誠司達に狙いを定めるのだった。