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英雄と魔人

 

「なぜそこまで嫌がるのですか? 普通に生活をしたい。それは理解していますが、すでに周りに知れ渡ってしまっている以上はことあるごとに否定することでもないと思いますが」


 なぜ、か……。確かにもう既に俺の行いや呼び方、能力なんかは世界中に知れ渡っているかもしれない。そんな中で俺が否定したところで、広まってしまった事実は変わらないだろう。

 そんな状況であれば、『英雄』として振る舞い、生きていった方が楽なのかもしれない。


 けどな、それでも俺は『英雄』なんてなりたくないし、そもそも『英雄』なんて存在を認められないんだよ。


「お前たちは、そもそもからして勘違いしてるんだよ」

「勘違い?」


 そうだ。レイチェルだけじゃない。世界中のみんなは『英雄』って言葉に騙されてる。その耳障りの良い言葉に騙されて、称賛しているけど、それは大きな間違いだ。


「お前たちは『英雄』なんて存在を〝すばらしいもの〟のように言ってるけど、そんなの間違いだってことだよ」

「それは一体どういう––––」


 わけがわからなそうな表情で問いかけてきたレイチェルだが、その言葉を無視して、途中で遮るように話を続ける。


「なあ、一つ聞きたいんだけどさ、レイチェルって戦争は好きか?」

「何を……戦争なんて、好きなわけがありません。むしろ好きな人はいないでしょう」

「だよな。いるとしたら、それはちょっと頭のおかしいやつだ」


 そうだ。基本的にみんな戦争は嫌うものだ。戦争は悪で、それを引き起こした国や集団、指導者はすさまじい悪人だ。と、そう考えるのが現代の人々だろう。

 そんな中で戦争が好きなのは、戦争で出世することができる奴か、戦うこと、殺すことが好きな奴ら。あるいは戦争以外に生き方を知らない人たちくらいなものだろう。大多数の人は戦争を嫌い、平和を望むのが普通で当たり前だ。……そう、それが当たり前のはずなんだ。


「––––じゃあもう一つ聞くけど、お前たちは一人で都市を破壊し、そこに住んでいる人たちを混乱の渦に叩き込むことができるだけの特別な力がある奴のことをなんていう?」

「……魔人、ですか?」


 俺の問いかけにレイチェルは少し悩んだ後におずおずと答えたが、まあそれも間違っていない。ただ、正確でもないけどな。


「ああ。まあ、魔人じゃなくても、魔王、魔物、化け物、キチガイ、イカレ野郎、犯罪者……なんでもいいが、じゃあそんな頭のおかしい奴らを特別な力で倒すやつのことをなんていう?」

「『英雄』……待ってくださいっ」


 再びの問いかけに、レイチェルは今度は迷うことなく答えたが、その後何かに気づいたようにわずかに声を荒らげた。

 その表情は何かに気づいていて、でもそれを口に出すことは憚られるとばかりに迷ったものになっている。


 そんな難しい表情をして俺から視線を逸らしているレイチェルに、俺は乾いた笑みを浮かべて答えてやった。


「分かったか? 同じなんだよ・・・・・・。『英雄』も『魔人』も、結局は同じ『化け物』なんだ。やってることが〝人間社会〟にとっていいことか悪いことかってだけで、その本質は同じだ」


 やっていることは違うかもしれない。でも、本質は同じだ。

 〝普通〟から外れた常識の埒外の力を持った『化け物』達。それが魔人であり、英雄なんだよ。

 ただ、その力を使う方向性が違うってだけ。


「さっきお前は戦争が嫌いだって言ったよな。でも分かってるのか? 『英雄』なんて、戦争がなければ生まれないんだぞ。戦争を嫌いだという癖に、戦争で生まれる英雄は素晴らしいものかのように扱う。その矛盾を、理解してるのかよ」


 戦争を嫌うなら、それによって生まれる英雄も嫌えよ。『英雄』なんてものを持て囃すから、戦争に対する忌避感が薄れる。そして、戦争が助長される。


「一人殺せば犯罪者で、千人殺せば英雄だっけ? ほんと、上手いこと言ったもんだよな」


 最初に言ったのは誰なんだろうな? ……ほんと、馬鹿馬鹿しい。


「俺は、『英雄』なんて呼び名の『化け物』なんかじゃないんだ。俺は人間で、みんなと同じ普通の〝人〟なんだ」


 俺は……俺達はそんな犯罪者じゃないし、化け物の仲間でもない。ただ平凡に生きたいだけの〝普通〟の人間なんだよ。

 だから、誰が何と言おうと、周りが俺達のことをどう扱おうと、俺達はいつまでも『英雄』じゃないと言い続ける。だって、俺もあいつも、単なる人なんだから。


 だから俺は〝普通〟でいたかった。


「まあ、そんな普通の生活も終わりそうだけどな。ああそうだ。助けた礼をするって言ってたけど、だったら俺が少しでも普通に暮らせるように協力してくれないか? 俺からお前に願うことがあるとしたら、それだけだよ」


 レイチェルは王族だし、なんだったら次の王様かもな。だってこの国で残ってる直系の王族ってレイチェルだけになったみたいだしさ。

 だから、もし俺に恩を返すなんて思ってるんだったら、その王様としての権力だとか権威だとかそういうので、俺達の生活を守ってほしい。

 完璧に守ることは無理だろうけど、それでも多少は効果もあるだろうしな。


「––––その願い、私の命を懸けてでも叶えてみせます」

「重いって。せっかく助けたんだから、命なんて懸けなくていいっての。お前だって他にやることもあるだろうし、ほどほどでいいよ」


 覚悟を決めたような真剣な表情をしているレイチェルに対して、笑いかけてから席を立ち、部屋を出ていった。


 ……さて、これから俺の日常はどんな風に変化してしまうことやら。できるなら、今まで通りの〝普通〟でいたいものだけど……まあ、考えたところで意味はないか。どうせ俺にできることなんて何もないんだから。


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