表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

09

「私は、忽那輝夜くつなかぐやの関係者だ。君は一般人だが、すでに一般人ではない。ふふ、意味が分からない?そう?心当たりがあるだろう?」


 よく見ると男は、車道と公園の境目、土色のボロボロとなったロープ柵の上に立っていた。

 バランスを崩すこともなく、空中で固定化されているように。


「人混みに紛れるというのは、判断としては正常だ。しかし、私に関しては失敗でもある」

「何を言って」

「本来なら君に用は無い。不要だ。イラナイ。けど、彼女と交渉するために君は必要だ。有用だ。君しかいない」

「‥‥」


 男の目は見開かれたまま、焦点が僕から少しずれた場所をずっと注視している。

 こちらの言葉はまったく届いていないようだった。


 それなら。

 僕は黙って右手を掲げる。


 男は多少驚いた様子で、首を傾げた。

「君自身に力は無いよ。いや、もう一人の側にはあるけどネ」

 呆れたように笑って、男はボロボロのジャケットの中に手を伸ばすと、懐から拳銃を取り出した。

 そのまま何のためらいもなく、僕目掛けて発砲する。


 火薬が弾ける強い音。


 あまりにも流動的な手順でそれはなされたから、僕はその音を聞くまでそれがホントに拳銃なのだとは思わなかった。

 僕は座り込んだ姿勢のまま、跳ねるように後方へ飛ぶ。

 そしてすぐに、自身の体をまさぐりながら損傷の状態を確認した。


「あれ?」

 怪我はない。おそらくは。

 あまりに突拍子も無い展開に状況を理解できていないけれど、何某なにがしかの攻撃を受けたのは確かなのだろう。


 僕は、男の方に視線を向けた。

 しかし、男もまた、無表情のまま固まっているようだった。


「なかなかレアなことですね。変態が変態に襲われているとは」


 さきほど走ってきた木陰の方から声が聞こえる。

 男は状況を察知したようで、おびえるように拳銃を木陰の方に。その声の主に向けた。

 僕も一足遅れて、その少女。凛の方に視線を向ける。


 オートマチックの拳銃が再び何発か音を上げる。

 そして、男はあるべき反応が無いことを察して口を開く。

「クッソ」

 言った瞬間、帽子男が横回転して、後方の車道の方へ吹っ飛んでいく。

 回転の最中、男は自身になにが起きたか、分かっていないようで、表情を変えることすらなくずっと僕と視線が合っていた。

 その状態で自身のこめかみの辺りを中心にぐるぐる何回も回転して、後方の車道に落ちていく。

「‥‥どう、いう」

 僕は呆然としながら、男を追って車道を覗き込むと、男の存在は何処にも見当たらなくなっていた。


 ***


「ここで見張っていてよかった。予想通りでしたよ。予想外はひとつだけ」

 凛はあらたまって、分かりやすく喉をならす。

 どこかに隠し持っていた安っぽいプラスチックメガホンをとりだして、すっと息を吸った。

「もう一度言います。変態が変態に、」

「うるっせ!!」


 僕が男の撤退を確認していると、茂みから現れた凛は、いつものどおりのふざけた様子だった。

 状況は、まだ理解できないままだったけれど、何とかやり過ごせたようだ。

 僕は安堵して凛の方に向き直り、力なく座り込む。

「で?どういうことなんだよ?あれは」

「どうもこうも」

 さきほどの男のジェスチャーと同じように首を横に振って、凛はニッコリと笑った。


 考えてみれば、凛はおかしなやつだった。

 いや、考えるまでもない。数え上げればきりがない。明確にそうだったはずなのだけれど、今まで疑いが形にならなかった。

「お前、ホントに、その、何かなのか?」

「ふふふ。はい、そうです。うやまってください。たてまつってください」

 凛は、腕組みしながらしっかりと顎をあげ、鼻の穴を大きくしていた。何故か背景には実際に後光が射している。

 僕はそれをしばらく半眼で見つめていた。


「あのさ、状況を、少しは教えてもらえませんかね?」

「ふふ。言っていたじゃないですか」

「何を?」

「さっきの変態は、目的の人物がいると言ってませんでしたっけ?」

 あの不気味な男。

 会話が噛み合っていないこともあって、その言葉の内容はあまり頭には残っていなかった。

 ただ、聞き間違いでなければ。

「忽那さん?」

 凛はうなずくと林の陰から抜け出すべく、いつもの広場を指差してゆっくり歩き出した。

 僕は手とズボンに付いた泥を払いながら、その後ろに慌てて続いていく。


「忽那さんに、何の関係があるのさ」

「あの方もわたしと同じです」

「うん。いや、まず、それが何なんだよ、って言いたい」

「超能力者ですよ」

「はあ?」


 バカバカしい単語につまづいて、思わず反応してしまったが、今までの状況からするとまあ、そうなんだろうと認めざるを得ない。

 だけど、まだ少しだけ、大型ドッキリ企画の可能性も考えないではない。


「超感覚的知覚。前も言いましたよ。まあ、忘れさせられているようですけどね」

「え?」

「それに、単語自体もチープですからね。アホくさくなるのは分かりますよ。ただ、他に説明のしようがないのです。世界は、いえ宇宙というのは人間が五感で知覚できる以上の物質があるのです。聞いたことないですかね。『重力レンズとダークマター』とか。宇宙の重力値を計算していくと、我々が知覚できるものだけでは、その質量が間違いなく足りないのです。であれば、重力に作用して我々に見えない、電磁波やその他の計測機械にも反応しない物質が存在することになる。その見えないけれど存在する物質を知覚することが出来る人間がいるとしたら」

「うん?」

「ふふ。動物、そして人間も。一般的な知覚は5感を思い浮かべますよね。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。それらは必要なデバイスがあり、分かりやすい。視覚であれば目、味覚であれば舌ですね。しかし、人間には他にも感覚器官があるのです。乗り物に乗っていて、鋭い曲がり角を曲がれば力場を感じることができますし、目をつぶっていても、人間の肌は赤外線を感じ取ることができるそうです。動物などはもっとすごい。ヘビやコウモリ、イルカやクジラ。他にも多くの生物たちが、多くの知覚をもっているのです。その知覚の一つとして、そういう超感覚を持つ人がいるということです」

「感覚器官がある人とない人って、そんな大きな差が同じ種族の中であるのかな?」

「女性と男性はそれだけで体の作りが違います。肌や、髪の色だってそれぞれです。もっと浅いところだと、女性と男性では色彩の感覚が違います」

「それは聞いたことあるよ。女性の方が視細胞がひとつ多いってやつね。色の感覚が鋭敏だから女性は花を愛でる、みたいな話」


 木々の隙間から、太陽の明かりが漏れ出ている。まだ、いつもより早い時間だから、赤く焼ける前の白く眩しい光が、スポットライトのように地面に模様をつけていた。

 その木漏れ陽を見ながら、小さく嘆息する。

「まあ現実問題、変なことが起きてるんだから、納得せざるをえないんだけどさ。で?能力って、どうやって使うの?」

「能力の使い方は千差万別になります。要するに知覚できる物質を世界に引っ張り出す作業ですけど‥‥まあ、あなたの好きそうな例えで言うなら、能力は基本的には操作系か具現化系しか使えない、という感じですかね」

「ああ」

 大いに納得する僕に、凛は冷たい目を向けながら、「勘悪っ」と小さくこぼした。

「それで、凛も操作系か具現化系を使えて、忽那さんもってことだね」

「はい。ただ、彼女のそれは、ちょっと困った能力でして」

「困った能力?」

「人は、皆さん少なからずコンプレックスを持っています。あなたの病気もそうですね」

「ん?」

「彼女の能力はそういった、人の欠点を増長させる能力。負の感情を増殖させる能力なのです」

「感情って。物理現象として操作できるの?」

「ん?‥‥ああ、目に見えない物質を使ったところで、物質である以上、人間の精神とかに影響を与えられるか?ってことですかね。なんです。急にまともな」

「はは。漫画のおかげだね」

「関与しますよ。そしてごめんなさい。能力にはもう一つあります」

「おお、まさか?」

「特質系です。精神だったり時間だったり、形が無いものにも還元できることが分かっています。彼女の能力名は『カトプレパス』。ギリシャ語で『うつむく者』という意味らしいです」

「なにそのネーミング‥‥」

「さあ?ともあれ、彼女目掛けて、ああいった輩が現れてきている、というわけです」

「一人じゃないの?」

「ええ。ただ心配は不要です。彼女の能力は破格です。すぐに機関が見つけて彼女を保護するでしょう」

「機関?」

「はい、そのための海外生活ですよ」

「え?」

「10歳でお別れした理由というヤツです」

 僕は、はっとして息を呑んだ。あの日残した、彼女の言葉が唐突に蘇る。


『きっと覚えていてね』


 あの別れの理由を、こんな形で知ることになるなんて。

 凛の言葉で、ぽつぽつと彼女の面影が水疱すいほうのように思い出されていった。


 こんな力を突然持って、自分だったらどうだろう。

 離れた場所から相手を吹き飛ばす、地面に足をつけずに移動する。

 それは、もちろん最初は浮かれもするけれど、すぐに気付くのではないだろうか。

 気持ち一つ、一瞬の気紛れで人の大事なものを壊してしまうかもしれない。

 それらを常に制御しなければならない。

 小さい頃にそんなものに直面したら、思い悩むんじゃないか。

 普通の学校生活は難しいのではないか。

 それはきっと、劇的で、想像もできないような日々だったのかもしれない。

 そんな勝手な妄想がつらつらと流れていく。その中で、手を差し伸べる優しそうな影が唐突に浮かんできた。


 そうだよ、きっと好きな人も。

 妄想から覚めると、公園の抜け道からいつもの遊具広場にたどり着いていた。凛はいつものようにブランコの上に座り込む。


「ほかにご質問は?」

 凛は少し飽きてきているのか、抑揚もなく淡々としていた。質問があるなら、「とっととしろ」というような感じである。

 僕は、入り組んだ妄想を辿ってきたのもあって、大分だいぶ凛とは感情の温度差があった。


「彼女は。どうなるのかな?」

 凛は大きくため息をつく。

「物語のとおりですよ。かぐや姫は月に帰ります」

「月?」

「ちょうど明後日から夏休みでしょう?その間には、機関が気付いて彼女を迎えに来ますよ」

「そんな‥‥」

 前と同じだ。

 このまま不完全なまま別れるのは。それはとても良くない結果になる。


「寂しいのですか?」

 凛は、いつものようにからかうような笑い顔になっていた。

 思わず漏れた一言が気になったのだろう。

 崩れた表情を元に戻して、慌てて隠蔽いんぺいに取り掛かる。


「あぁ、いや」

「寂しくないのですか?」

「なんだよ」

 今度は、つまらなそうに凛は声を落として繰り返した。

 少し上目遣いで、不思議な温かみのある言い方だった。

 この前のネガティブな感じではない。いつもの凛らしさを感じる。

 ったく、ズルい奴だ。

 凛と話をしていると、何か他には言い難い心情を不思議と吐露とろしてしまう。


「失恋したばかりなんだ」

「失恋?」

「ああ」

「なんです?まさか告白したとか?」

「いや。そうじゃないけど」

「では、分からないじゃないですか?」

「聞いたんだよ。その。彼女、好きな人がいるって」

「‥‥それはおかしい」

「え?」

「おかしいですよ」

 凛は、細く小さな顎に手を当てて、少しだけ考え込んだ。


「いずれにしても、あと2日で夏休みです。直接聞くことをオススメしますね」

「でも」

 凛はこちらに一歩踏み込んで、僕の反論をさえぎった。

 その目には、何か強い感情が灯っているように思える。

「なら、前と一緒になりますよ」

「え?」

 僕の疑問を聞くまでもなく、凛は膨れ面のまま、そっぽを向いた。

 僕はすこし視線を外し、考えてみてから、またからかわれているのだと思って再び視線を戻す。

「あれ?」

 凛の姿はどこにもいなくなっていた。


 ◇◇◇


 あの雨宿りから、僕は彼女と少しだけ話せるようになった。

 授業中は、ほとんど口も聞けないけれど、放課後の野球クラブが始まる前。彼女はグラウンドが見渡せる広場前に、現れてくれるようになった。

 そこは、学校帰りのみんなの通り道でもあるから、少し距離をとって、他に生徒がいないのを確認しながら言葉をかわす。


 大抵は話もうまく続かないから、覚えたてのキャッチボールと一緒でポロポロの地面に転がって、またちがう話をする、を繰り返す感じだった。

 それでも、僕は毎日その時間が来るのが待ち遠しかった。

 もう、出立の日付も近くなっている。


「野球、面白い?」

「うーん、どうだろう」

「甲子園ってあるんでしょ。みんなそれに行きたいんだって聞いたけど」

「ああ。小学生では行けないけどね。高校生の大会なんだ」

「じゃあ、高校入ったらそこ目指すの?」

「うーん。確かに憧れるけど、ね」

「女の子のお願い聞いて、その甲子園へ連れてくと幸せになれるんでしょ?」

「あはは」

「ちがうの?」

「それ、漫画のやつでしょ」

「そうなの?私、漫画読まないから。漫画には幸せになれる方法が書いてあるんだ」

「いや、別にそういうわけでもないんだけど」


 僕は、グラウンドに視線を置きながら、意識はずっと彼女の方を向いていた。

 だからか、かえって不自然な感じが出ていたようで、集まりだしたクラブチームのメンバーに気づかれてしまった。

 何名かがこちらを見て、からかうように声を上げる。


「呼んでるね」

「うん」

 見つかってしまった。

 僕はまだ、練習が始まるギリギリまで、この時間の中にいたかったのに。

「がんばって」

「‥‥うん」

 彼女もまた、視線をこちらに向けることは多くはなく、ずっとグラウンドを眺めている感じだった。

 僕はそこから離れる前に、どうしても彼女の顔をこちらに向けたくなる。だから。

「いいよ」

「え?」

「約束する。僕が大っきくなったら、忽那さんを甲子園に連れて行く」

 彼女は驚いたように大きく息を吸った。そうして、顔を真っ赤にしてうつむいたから、僕もしばらくして何を言ったか思い返して、合わせるようにうつむいてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ