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06

「アメリカには何年いたの?」

「小学校3年生から5年間だけだよ。あんまり外に出なかったから、実は街のこととかよく知らないんだけど」

「へー、学校とかは?どんなかんじ」

 登校して、朝のホームルーム前のわずかな時間。

 僕は自席について、すぐに立ち上がった。

 教室を間違えたのかと思ったのだが、同じくらいオドオドと、落ち着かない様子の佐々木くんと目があって我に返る。

 異様な光景が広がっていた。


 九条桜くじょうさくら忽那輝夜くつなかぐやが談笑している。

 長く積もっていた積雪が一気に取り払われたように、あの二人から弾むように高い声音が教室内に響いていた。会話は滞ることなく、次々に交換されている。気づけば、クラス中の意識のほとんどが、二人の会話に注がれていた。

 何が起きたのかと、佐々木くんは無音でこちらに質問してくるが、僕は強く首を横に振る。

 昨日の発言にどう報いようか、眠れぬ夜を過ごした身としては、僕こそ聞きたいところだった。


「それでさ、昨日言ってたお願いなんだけど」

「あ、うん。持ってきたよ」


 二人の話し声だけが、異様なほど耳に届いた。

 忽那さんが自身のカバンを探る乾いた音までも、離れた僕の席まで響いてくる。

 しばらくして、菓子折りでも入っていそうな、しっかりとした包装の紙袋がカバンの中から取り出された。

 ずっしりとしたボリュームの、その四角い塊を忽那さんはそのまま九条さんに手渡す。

「はい」

「ありがとー。絶対返すね」

 一層明るく弾む、九条さんの声。

 渡された紙袋の塊を持って、九条さんは僕の隣の自分の席に着席した。

 クラス中の視線が一気にこちらに向いたような気がする。

 僕は一つ喉を鳴らして、良く分からないプレッシャーを振り払うと、口を開いた。

「あ、あのさ」

「ん?」

「何かあったの?」

「何が?」

「忽那さんと、仲良いみたいだけどさ」

「ああ、うん意気投合しちゃって。これ、お気に入りなんだって」

「なんだって、って‥‥」

 九条さんは紙袋の塊を掲げていた。つられて視線を移すと、そこには、プチプチのついたビニールクッションに包まれた漫画本がぎっしりと詰まっていた。

 その一つを取り出して、彼女はにっこりと微笑む。

 示されたのは『君夢』の、あの日、ちょうど二人が取りこぼした17巻だった。

 僕が認識するのを待って、彼女は本を袋に戻す。

 その一連の晴れやかな表情に、僕は続く言葉を見つけられなかった。

 程なくして授業のチャイムが鳴り、スタンバイしていたように先生が入室してくる。

 こうして、クラスに起こった唐突な怪奇現象は、まったくに解き明かされないままホームルームが始まった。


 ◇◇◇


 小学校三年生の朝の会。


「忽那さんが転校されることになりました」

 先生は、彼女を教壇の前に立たせてそう言った。

 静かになっていたクラス中が、磁力で逆立ち始める砂鉄のように、一斉にざわついた。


 特に女子たちの高い声が際立っていた。

 彼女と仲が良かったグループなんかは、事前に知っていたのか目線を落として、不自然に机の上を見つめている。

 その様子を見て、僕ら男子もどこか、そわそわと気のおけない感じになった。


 先生の紹介の後、彼女は少し弱い表情を見せていて、みんなそれに気付いて自然とグッと言葉を飲む。

 ただ、結局は、この頃から彼女は彼女であって、すぐに張り詰めた表情に戻して、一言だけ挨拶をした。

 静まり返る教室内。

 予鈴が鳴り、先生が仕切り直すように掛け声をかけて、いつものように授業が始まる。


 今から考えると、ビックリするほどアッサリとした朝の一コマになった。

 きっと裏で、大事にしたくない、というような彼女の意向があったのかもしれない。けれど、僕はしっかりとその後の光景を覚えている。彼女がいなくなるまで、残り2週間となってからの日々のこと。


 女子たちは、休憩時間や体育の授業など何かあるたびに彼女の近くに集まって、連絡先を聞いたり、新天地の話をしたり、日程が少ないことを嘆いたりした。

 話す内容は、大体似通っているのだけれど、彼女はそれらに逐一笑顔で対応していた。

 僕らの周りでも、おどけた男子が単身乗り込んだりすることがあったくらいで、基本的にはいつもの日常だった。


 僕は遠くから彼女のことを見ていることくらいしか出来なかった。


 数日経った、ある雨の日。

 僕は日直と、クラス委員の用事が重なって少し遅くなっていた。

 下駄箱をかけ抜けて、校舎玄関に出ると、忽那さんがザーザーと降る雨を見上げている。

 僕は一瞬身構えたけど、もう彼女がいなくなるまで日が無いことと、用事を済ましてきた高揚感こうようかんみたいなものもあって、いきおい声をかけた。


「どうしたの?」

「え?ああ、うん」

 彼女は一瞬驚いたあと、視線で外を促した。

「傘、無いの?」

「そう。水無月くんは?」

「別に無いけど‥‥」


 僕は、雨なんてあまり気にすることもなく、走ってそのまま帰ろうと考えていたので、気を止めずに答えた。

 もう少しだけ、機転を利かせて、どこかにある置き傘あたりを見繕って、一緒に帰ればよかったじゃないか、という後悔が、今では少しだけある。


「野球やってるんだね」

「あー。うん。まだ始めたばかりで」

 先日の件だと、すぐに思い当たる。

 バツ悪そうに僕が答えると、あの時と同じように彼女はクスクスと笑った。


「転校ってさ、どこ行くの?」

「え?あーうん。アメリカだよ」

「アメリカ?あんまり良くわかんないけど。すごい遠いよね」

「うん。遠いね」

「親の仕事とか?」

「ううん。ちょっと、‥‥あって」

「え?なに?」

「うん」

「病気とか、じゃないよね」

「‥‥うん」

 口ごもった彼女に思わず聞き返したのだけれど、彼女はごまかすように頷くだけで、ホントのことは教えてくれなかった。


 その後、僕らは少し黙って土砂降りの雨を見つめていた。雨はまだ、当分止みそうにない。

「天気雨かな?太陽見えているし」

「うん。雨なのに、明るいね」

 言いながら、僕は、もう少し彼女と一緒にいれることが嬉しかった。

 今までに話したことなんて殆ど無かったけれど、何か、胸の中に膨らんだ風船が突然入ってきたみたいで、ちょっと苦しいくらいだった。


 何も話せなくても良い。もう少しこのままで。

「あの、さ」

 いつの間にか、彼女は真っ直ぐにこちらに向いていた。

 あのクラス発表の時と同じような表情で、大きな瞳がうるうると揺れている。


「私のこと、‥‥おぼえててね」

「え?」

「‥‥お願い」

「うん。もちろん」

 僕は胸を張ると、彼女はまたクスクスと笑ってくれた。

 そうして、2人で10分くらい、通り雨が過ぎ去るのを待っていた。

 会話自体はそんなもので。当然、彼女はもう覚えてなんかいないのだろうけれど‥‥。

 思えばあれ以来、僕は好きな子と話せなくなったように思う。


 ◇◇◇


 二人の関係の変化は、クラス内の空気感全体に影響を与えた。

 忽那さんの砕けた表情は、そのまま、今まで周囲に張られていたトゲトゲしい雰囲気にまでヒビを入れている。

 プリントの受け渡しの表情。ちょっとした事務的会話も増えた気がする。

 初めは戸惑っていた周囲の視線も、夏休みを前にした浮かれる気分に呼応するように、すぐに薄れていった。


 変わり始めた空気は、僕自身にも強く影響を与えた。

 二人の和解を見た日から、僕は彼女の姿を追うことがなくなっていた。

 いつもの、耐え難い心情に支配されることが無い。


 最近は、チラチラと気を揉んで彼女の様子を探るようなことをしなくても、彼女らの話し声は筒抜けているわけだから、変に気にすることが無くなったんだ、と思っていたが、少し違うのかもしれない。

 何か、晴れ晴れとした感覚が僕の中に生まれたのを、確かに感じる。


 帰りのHRが終わり、教室がガヤガヤと動き出す。

 僕は不意に、いつもの衝動的なものではなく、どちらかと言えば事故として、視線を彼女の方に向けていた。単に座席の位置が自分より前だから、流れとして、その位置に視線が向かっただけだった。

 九条さんがさっそくカバンを持って、彼女に駆け寄っていく。

 あの日から、忽那さんは九条さんと一緒に帰っていた。

 楽しそうに話をする、二人の表情。


「なんだ帰んないのか?」

 うしろから、リュックを背負った佐々木くんが声をかけてきた。

 明るい声音で、もう帰り支度も万端ばんたんといった様子だった。

 僕は慌てて視線を切って、佐々木くんに弁明の言葉を巡らせる。と、彼は僕にではなく、僕が先程向けていた方へ視線を向けていた。

「ホント、きれいだよな」

「え?」

 意図せぬ言葉に僕は固まった。

 うっすら、そうなのかなと思ってはいたけれど。まさか、そんなあっさり自供するとは。

 驚いたまま、僕は彼の横顔を見つめたまま固まっていると、彼はすぐにこちらに気が付いたようだった。

 顔を赤くして、慌てた様子で教室を出ていく。

 見廻組の、唐突な職務放棄である。


 彼女らは、ホントにクラス全体の空気まで変えてしまったようだった。

 2人は話しながら、すぐに教室を出ていく。

 僕はそれらを見送って、ゆっくりと荷造りをする。

 そうして、持て余すように腰を上げた。

 まだ高く青い空を見上げながら、1人、開放的な気分で歩き出した。


 ***


 乾いたグラウンドを更に削り取るように、弾けるような金属音が地面の上を駆け抜けていく。

 そこに滑り込むサード。しかし、ボールはグラブにはおさまらなかった。


 土埃まみれの彼はすぐさま立ち上がり、続いて放たれた同じように痛烈な打球へ飛びついていく。鋭い金属音が、まだ高い空の下、幾度も地面に刻まれていった。

 僕はグラウンドのネット越しに、その姿をずっと見ていた。


 放課後、帰り道の最中に、ふとグラウンド沿いを歩いていただけだっただが、つい足が止まってしまった。

 あのウイルスショックで有耶無耶になっていた憧れが、蘇ってくるようだった。

「もう、部活やらないんだ」

 彼女にしたら、他愛無い一言が頭の中で疼いている。

 まだ高1の夏だ。再び野球を始めるのだとしたら、学年を重ねれば、徐々に敷居は高くなってしまう。

 グラウンドの防護ネットにかけていた手の圧力は、自分でも驚くほど強くなっていた。


 高校は、野球ではなく進学を意識して選んだ。

 部員の数は少なくて、既に夏の地区予選は敗退している。

 あの憧れは、確かにもう真っ直ぐには追えないかもしれない。そう思っていた。

 けれど。


 熱気に満ちた土埃が巻き上がるたび、僕は汗ばむ手を握りこんでしまう。

 彼らは一様に敗戦の傷を晴らすつもりででもいるのか、届かないボールこそを求めているようだった。

 何だろう。ずっと忘れていた感覚だった。漫然まんぜんと視界にかかっていた薄霧うすもやが、すっかり晴れているように感じる。

 今日は、いつもの放課後とどこか違う。

 いや、教室にいる時からずっとそうだ。照明の色もいつもよりずっと鮮やかで、白塗りの校舎も、玄関の銅像も、よく分からない球形のオブジェも、ここ最近は目にとまることがなかった。それに、考えられないことに、佐々木君の職務放棄もあった。


 一つ一つ、ちょっとした違和感を思い浮かべる。そしてその違和感の元を辿っていくと、唐突に頭に浮かんできたものがあった。

 忽那さんと九条さんとが談笑している姿。


 女の子二人が、楽しそうに話している姿はそれだけで華やかなものだけれど、それ以上に何か、僕にとっては惹かれるものがあった。

 我ながらアホだと思うけれど、笑顔の彼女たちは、漫画みたいに背後でキラキラとした光の雫が舞っているようなエフェクトが入っていたとさえ感じられる。

 それは、単に想い人の姿に補正がかかっているのだろうけれど‥‥。

 ただ、あの景色は不自然なほど鮮明に、自身の頭に焼き付いていた。

 そして、あの情景を見てから僕は、日頃追ってしまっていた彼女の影を求めることをしないですんでいる。


 永遠に続く対面ノックの音が、キンキンと頭の中に響くたび、耐え難い心情に支配される、あの同仕様もない感覚にヒビが入っていくようだった。


「興味ある?新入生歓迎だよ」

 ネット越しに、少し離れた場所でマネージャーらしき女性が立っていた。

 ジャージに着替えたばかりなのか、たゆんだ袖のあたりを腕まくりをしている。黒髪を後ろで束ねていて、それこそ、自身こそが何か別のスポーツでもしていそうなスレンダーな人だった。


「どう?経験者かな」

「はい。楽しそうだなと思って」

「でしょ」

 彼女は笑った。

「うちは、一昨日敗退したばかりなんだけどさ。それこそ、さっきまでずっーと暗い雰囲気で心配だったんだよ。それがアレだもん」

「マゾヒストなんですかね」

「はは。そう、‥‥なのかな。君は?」

「え?」

 彼女は、イタズラっぽい笑顔になった。

「変態さん?」


 ありふれた冗談だったのだろうけど、僕は思わずドキリ、と心臓が高鳴って、続く言葉を飲み込んだ。

 黙ったまま、再びグラウンドの方に視線を向ける。

「興味があったら、部室おいでよ。うちは人数少ないしさ」

 言い残して、彼女は、肩を回しながらベンチの方へ歩き出した。


 ベンチには、ボールが敷き詰められたビニールカゴが、3つ置かれている。

「あれを全部掃除するのも、かなりの‥‥」

 思わずつぶやきかけると、また、あの高い金属音が響いた。

 鋭い打球が再びサードに向かう。

 サードは、滑り込んだ体勢のままだったけれど、すぐさま立ち上がり、もう通り過ぎかけている打球に飛び込んでいった。


 ***


 滑らかなカッティンググラスの波打った模様の影に隠れながら、氷の上を透明なシロップがゆっくりと滑っていく。

 濃度の違う二つの液体は、徐々に溶け合い始めてその境界をあいまいにしていった。

 氷をカランと一回しすると、うろんな境界は一瞬で乱れて糸を絡ませる。その些細な変化は、とても気分を涼やかなものにしてくれた。


 まだ高い、夏の日差しから逃れるように入ったチェーン店の喫茶店。

 表にはオシャレなテラスがあったけれど、今日はとても座れるような日和ではなかった。

 冷房の効いた奥まったソファー席に陣取って、九条桜くじょうさくらは注文したアイスティーを眺めながら、人知れずため息をつく。

 実にバカげた相手がライバルだった。それは、もはや言葉通りだ。


「ねえ、聞いてる?」

「うん、聞いてるよ」

 忽那輝夜くつなかぐやは、普段の見た目よりもずっと幼い表情で、『君夢』のストーリーを力説していた。

 ただ、彼女の話から分かるのは、ひどく擬音の多い話なのだろうということくらいだ。

 話は要領を得ない。けれど、まあ、情熱だけは伝わってくる、そんな話し方。

 いつもの、先生に当てられて、明瞭めいりょうに回答する姿とは程遠い。

 容姿端麗。語学堪能。中間試験では学年1位。入学式の新入生代表の挨拶をこなし、学校パンフレットの表紙も飾る。先生の覚えもよく、男子たちの憧れ。次期生徒会長候補で、水無月くんの、たぶん好きな人。


 その彼女が、『君夢』前半部のストーリーダイジェストをひとりで熱演していた。

 一人何役もこなしているので、表情はいくつもの色に変わっている。が、それほど演技にはバリエーションがないようで、大抵は似たような感じなのだが。

 物語のシリアスな展開とは裏腹に、私は思わず笑いたくなった。

 ホントにバカバカしい。


「姫?」

 私は切り出した。

 彼女は、キョトンと固まっている。重要な告白シーンだったらしく、自分で自分を抱きしめながらこちらを見返していた。

 私は緩めていた表情を改めて、まっすぐに彼女を見据える。

「私、もっと姫のことを知りたい」

 人間関係なんてものは、何もかもを話せばいいなどとは思わない。

 家族とか、好きな人だとか、コンプレックスだとか、知られたくないことはきっと誰にだってあるし、そういうことは聞くべきじゃないと思う。

 だけど。


「この間のこと。やっぱり聞いていいかな」

「あ、うん」

 彼女は、いつもの涼やかな忽那輝夜くつなかぐやに戻って、そして、すぐに少し困った顔になった。

「‥‥そうだよね。でも話せることなんて、この前話したことくらいなんだよ」


 先日の彼女の話。それは大雑把な彼女の生い立ちと、超能力・・・の実演だった。

 彼女は小さいときから、周りの人とは違う、特別な能力があったらしい。

 小学3年生になって、大学病院に相談したことが切っ掛けで、アメリカに行くことになったそうだ。それから、5年間にわたって研究対象として生活してきた。

 街に出ることもなく、形式だけの学校はあったそうだけど、友達を作ったりするような環境ではなかったという。彼女の幼さはそこに理由があるように思えた。


「私さ。監視されているの」

「え?」

 唐突な言い出しに驚いた私の表情を遮って、彼女は続けた。


「ううん。本来監視されなければならないの。だって、完全な機密情報が外を出歩いているんだもの。能力についてや、研究について、組織については決して口外出来ないよう、別の能力を持っている子によって、封印されているはずなの」

「でも」

「そう。あっさり話せてしまっている」

「待って!」


 聞いた瞬間、私は先日の一幕を思い出した。

「‥‥まさか、それで誤魔化そうとして、魔法少女とか言ったわけじゃ」

 姫は顔を赤らめて、下を向いた。


「それは言わないで。‥‥私、こっちに来て、アニメとか漫画ばかり見てたから」

 小さくボソボソと言い訳をして、姫は咳払いをする。

「っていうか、そっち?自分の身に危険が及ぶんじゃないか、みたいな、心配するのかと思った」

「ああ」と私が大袈裟に相槌するのを見て、姫はプッと息を漏らした。


「ってそれは、まあ、うまく報告しておくから良いんだけどさ。問題は、監視が無くなっているって点ね」

「うん、ごめん」

「そもそも、この分野はもう随分研究が不要になってきたの」

「どういうこと?」

「例えばテレパシーって、離れた相手に対して声を使わずに意思を伝える能力のことを言うのだけれど。でも今は、携帯電話を使えば遠くの人と話すことができるでしょう?そうなれば、もうテレパシーなんて、そこまでの優位性がないじゃない」

「ああ、確かに」

「他のものもそうなの。人間の能力を超えた、『力』っていうものまで、科学が上回ってきているの。だから、最近では政府だったり、研究機関だったりの資金が出なくなってきている。そうなると、当然人員も規模も縮小される。結果、機関から抜け出す人も出てきた」

「姫はそれで帰ってきたの?」

「ううん。私は別の理由なんだけどね。ただ、今問題になっているのは、その抜け出た人たちが集まって別の組織を作っているらしいってこと」

「それがこの間のヤツ?」

「うん。多分だけど。私の監視を外す、なんて高度なこと一人だけじゃ難しいの。それに、私の存在を調べて取り込もうなんて、相当な大きな組織でないとできないと思う」

「ナルホド、ね。それで、これからどうするの?私にできることとかある?」

「うーん。別に。いいんじゃない?こちらからは何もしなくて大丈夫かな、って思ってるけど」

「え?そうなの」

「この間の人程度の実力ならね。私強いから」

「そっか」


 私は、アイスティーを口に運ぶ。そうして、グラスについた水滴をなぞりながら、姫の言葉を整理していった。

 やっぱり飲み下せないものは多い。そもそも超能力なんてよく分からない。

 誰もが聞いたことが合って、誰も証明できていない。少なくとも公式には。

 先日の内容を体感していなければ、とても信じられない話だった。

 疑問はいくつも湧いてくる。

 私にも能力は使えないのか、とか。

 この間のあれはどんな力だったのか、とか。

 能力で、一体どんなことができるのかとか。

 でも、そんなことより、聞きたいことがあった。

「じゃあ、姫が帰ってきた目的って何?」

「え?」

「だって、聞きたいじゃん」

「ああ。そう?」

 いたずらっぽく彼女は笑った。


「実は良くわからないの」

 顔には、いつもの笑顔が張り付いたまま、少し声のトーンが抑えられている。

「私、2人目なの。忽那輝夜くつなかぐやの2人目」

「‥‥なに?またアニメのセリフ?」

 半眼で返した私を無視して、彼女は燃えるような日差しに揺れる、テラスの方に視線を向けて黙ってしまった。


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