02
白球が夕暮れのオレンジの空に飲み込まれる。
間延びしたボールの緩やかな放物線とは逆に、金属バットの甲高い音はすぐに途切れたものだから、僕は本当にボールは空に消えたんだと思って追いかける足を止めていた。
空にあるはずの、どこかへの入り口を探し出そうと、ぐるぐる視線を巡らせる。
確かに消えた白い軌跡。ピタリと止んだ地上の雑音。僕は存分に空に妄想を飛ばしていた。
その時間は一瞬で終わった。
地上でチームメイトが声を上げる。
「ナイッキャー」
一斉にみんなが同じ言葉を口にしていた。
気づくとショートを守っている上級生が人差し指を掲げて、アウトカウントを告げている。その手には消えたはずの白いボールが握られていた。
八回裏。5対4の好試合。四球で出たランナーが二人。
奪三振は多いが四球も多い自軍の投手。僕はレフトのポジションで、ボールは滅多に飛んでこなかった。
小学校三年生の夏の終り。僕は試合に集中できず、コーチの指示を忘れて上の空になっている。
ダラダラと定位置に戻り、守備態勢をとるが、次の打者に再びボール球が先行するのを見て、僕は視線を空に戻した。
着色されたオレンジアイスのように、作られたような橙色が見渡す限りに広がっている。
「あーもーなんでさ。くそ」
僕は、苛立ちながら独りごちる。
このいかにも甘そうで、何でも受け入れてくれそうな、穏やかな空模様についぶちまけてしまいたくなる。
先日のホームルームのもやもやが、今も頭の中に巡っていた。
小さく呟く。
「転校ってなんだよ‥‥」
高い金属音とともに、再び白球が空に舞う。
今度は、先ほどより勢いよく空に上っていく。
ボールは校舎中央の時計塔の高さを越えて、四階の僕らの教室の前も通り過ぎた。僕は今度はその軌跡を見失うことなく確りと見定めていた。
そして、確認しながらも見送った。軌道のさなかに通過した僕らの教室のベランダに視線を留めて固まってしまう。
すぐに地上でワッと相手チームの歓声が上がった。
それが決勝点だった。
コーチからは酷く怒られて、その様子を見ていた上級生からは、随分と気を使って、励ましの言葉をもらったけれど、しかし、ぼくは尚も上の空だった。
振り返ると、四階のベランダでクスクスと口元を押さえて、彼女『忽那輝夜』がこちらを見て笑っていた。