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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第一幕 生き返ったら死体だった件
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1-8 お手数を掛けて頂き、誠にありがとうございます

「でもこうして話して歩いたりして食事さえ出来る。コレの何処が死体なのさ」


「今の卯月さんは心臓が止まって体温も無くて脳波もありません。通常その状態を死者と言うのではありませんか?」


「えっ、心臓止まってるの?」


「はい。

 停滞した新陳代謝もわたしの故郷の医術でうりゃうりゃして、活動を止めた細胞をナノレベルでの二人羽織的な仕組みで動かしているに過ぎません。

 あくまでも死者的な生なのです。

 死んでいながら生きている。

 これぞ正にシュレディンガーの猫、じゃないシュレディンガーの卯月さん。

 量子的命題を背負った確固たる実例なのです」


 意味不明である。


「だいたい何なんだよ、そのうりゃうりゃとか二人羽織とか。ボクは真面目に訊いているんだけれども?」


「詳しく話しても良いですけれど、もの凄く専門的なお話になりますよ。

 いまそのお身体は、現代の医学界において死者と定義できます。

 でも肉体は活動し思考も精神性も生前と同等である存在。

 ただ生死の定義から逸脱しているダケです。

 それに他者からどう呼ばれようとも卯月さんは卯月さんでしょう。

 ならば生きているとか死んでいるとかは些末な話。

 ただ呼ばれ方だけの違いでしかないのではありませんか?」


「え、ええぇ~?」


「大体、生きているか死んでいるかなんて本人が決めることで、他の人からとやかくわれる筋合いじゃ無いデスよ」


「そ、そうかなぁ~」


「そうですよ。うだうだ言ってる人たちは、ただ自分に自信が無いだけです。受け容れる器量が無いだけです。放っておけば宜しい、てなものです」


「そんなに簡単に考えてイイの?」


「屁理屈コネまわして難癖つける輩は何処にでも居ます。いちいち相手をしていたら身が持ちません。本人が納得して堂々としていればソレで良いんですよ」


「う、うう~ん」


 何だか詭弁きべんで煙にまかれている気がする。


 確かに自分の手首で脈を取ろうとしても、何も感じ取ることが出来なかった。

 はーっと吐いた息は確かに掌で感じることが出来たけれど、心なしか温かみが無いような気がした。

 自分の肌で感じ取っているだけなのでイマイチあてに出来ないけれど。


「やっぱり気になりますか」


「腐っちゃったりとかはしないのかな。死体だし」


「その辺りはご心配なく。怪我や骨折は比類無き勢いで治りますし、腐敗どころか老化もしません。

 むしろ生前よりも頑丈タフネスに仕上げてます。肌つや滑らか健康優良。わたしが腕によりを掛けて仕上げました。太鼓判です、自信作です。向こう一〇〇年間の保証付きです」


 ソレがホントならエラいことである。

 死んだ後の方が生きていた時よりも身体が丈夫になった。

 コレっていったい何の冗談?

 それに死体が健康優良って何なのよ。


「あの、お気に召しませんでしたか」


「いえ、丁寧にお手数を掛けて頂き、誠にありがとうございます」


 そう言ってボクは、改めて深々とお辞儀をしたのである。




 食事を終えて用意してもらった部屋に引っこんで、ベッドの上に寝っ転がった。


 盛り沢山な一日だった。自分が二人分の自分で出来上っていると知り、自分で自分の遺影にお参りし、人じゃないグチョグチョの少女と同居生活を始める事になった。

 しかもこの身体は既に死体なのだという訳の分らないこの有様だ。

 夢なら醒めて欲しいが、どうにもこの悪夢は現実であるらしい。


「なんてアクロバティックな日常なんだろ」


 いや、こんなモノが日常でたまるものかと願う一方、馴れなければいけないのかなと落胆する自分が居る。

 我ながら驚くほどの順応力だ。

 これも貴文と静子が合わさった相乗効果ってヤツなんだろうか。

 むしろ取り乱してパニックになる率が倍にもなりそうなのだが、どーゆー訳だが気持ちは然程乱れなかった。


 俺もわたしも、グロやホラー映画は苦手だったというのになぁ。


 マイナスとマイナスとが掛け合ってプラスになったんだろうか。

 いやいやそりゃ数学の話。

 人の感情がそんな単純なわきゃなかろう。

 むしろショックが大き過ぎて逆に麻痺したのだと、そう説明された方が余程にしっくりくる。


 カチャリと小さな音がして隣部屋と続くドアが少し開かれた。

 暗がりの中であったが隙間から花子が覗き込んでいるのが見えた。


「どうしたの」


「いえ、ちゃんとお休みになれていらっしゃるのかなと、ちょっと心配だったもので」


「今日は色々とあったから寝付けないだけ。大丈夫だよ」


「そうですか。では、おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 再びドアが閉じられて、その夜はもう開かれるコトはなかった。

 再び枕に頭を預けて目を瞑ってから、ひょっとして夜這いをかけようとしたのではあるまいな、と思い至った。


 ま、その時はイヤだと一言云えば済む話だろう。


 彼女は非常識な生き物ではあるが、物の道理や礼儀はわきまえて居るらしい。

 ならば心配する必要もないんじゃないかな。

 たとい何かをされるとしても殺される訳ではないのだ。

 それにボクはもう死んでいるのだし。


 でも眠っている間に火葬とかに処されるのはイヤかもしれない。

 一思いにきゅっと逝くのならかく、長い時間を掛けて焼け焦げたり痛かったり苦しかったりするのは勘弁だ。

 欧米じゃ埋葬が主体みたいだけれど、現代の日本じゃ火葬場行きが一般的なのである。


 そして色々なコトをグルグルと考えている内に、ボクはいつの間にか深い眠りに落ちていた。

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