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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第一幕 生き返ったら死体だった件
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1-3 悔しいけど認めなければならない、残酷な事実

 愕然として引きつって固まっているボクの目の前で、拡がっていた触手だのハサミだのはきゅるきゅると小さな音を立てて縮んでゆき、やがてヒトの顔の形に戻っていった。

 そのまま目鼻口が浮かび上がって来て、あっという間に先程までの少女の顔に変わるのだ。


 まるで分解しても自動的に元に戻る立体パズルのようであった。

 見事と言えばよいのか、おぞましいと言えばよいのか。


「ごめんなさい、粗相しました。唾とか、かからなかったですか」


 気遣って差し出されたハンカチに、思わず「ひっ」と言って床を蹴り飛ばし、椅子ごと後退ってしまった。

 よく席を立って逃げ出さなかったものだ。

 褒められてもいい。

 我ながら強烈な自制心だと思う。

 単に腰が抜けて、立ち上がれなかっただけなのかもしれないけれど。


「きみっていったいナニ!」


 裏返った声で詰問したら「個性ですよ」と返されてしまった。


吃驚びっくりさせてしまってすいません。でも危害を加えるつもりなんてサラサラないです。よく考えてみて下さい。そのつもりなら、とうにどうにかしています。こうしてテーブルを挟んでお話なんてしていません」


 そう言って彼女は膝の上に乗せたままの箱からティッシュを取り出し、再び「ずびい」と洟をかんだ。


「信じて頂けないれしょうか」


 真剣な鼻づまりの声に、でんぐり返っていた心臓がちょっとだけ落ち着いてきた。


 確かにこの子の言うとおり。

 どうにかするつもりなら、もうどうにかされて居たに違いない。


 だがハイそうですねと信用出来るのかと言われれば、「出来ません」と答えるのが真っ当な反応だ。

 物事はそんなに簡単じゃない。


 正直逃げ出したかった。

 だがしかし肉体的に不可能だった。

 生憎とボクの両足はまだ震えたままだったからだ。

 椅子から立ち上がるのも怪しい有様だ。

 それに仮に立って駆け出すことが出来たとしても、その後の展望は何も無かった。


 いま自分の身にナニが起きたのか、何故に此処に居るのか、何故この少女もどきの前で話を聞く羽目になっているのか、全てがさっぱり判らない。

 少なくとも自分の身に起きた事の顛末といまこの状態、それを知ることがまず先決ではないのか。

 全ては話を聞いてからのことだろう。


 とはいえ、である。

 この目の前に座る少女的な謎生物を信用してよいのか?


 どうしよう、と悩んだ。

 悩んで額に手を当てて目を瞑り、静かに息を整えた。


 落ち着け、落ち着くんだ。

 確かに今まで彼女が介抱してくれたのは間違いない。

 彼女の言うとおり、今すぐボクがどうこうされるコトは無いのかもしれない。


 たっぷり二〇は数えたのではなかろうか。

 仕方がないと嘆息し、十分に気を落ち着かせてから躊躇いがちに口を開いた。


「と、取敢えず、お話を最後まで伺いましょう」


 そしてボクは座ったままズリズリと椅子を思いっきり部屋の壁にまで後退らせ、彼女と数メートル分の安全距離をとると、ソコで改めて事の次第を聞くことにした。




 彼女の説明に寄れば、俺とわたしを足して一人分にした挙げ句、ボクになったらしい。


「なんでそんなコトを」


「だって事故現場のお二方は、もうそれこそぐっちゃぐちゃだったのですから」


 写真をお見せしましょうか、と言われて止めてくれと断った。

 ボクはグロやスプラッタは苦手なのだ。

 俺であろうとわたしであろうと、たといその写真がホンモノで無かったとしてもだ。


 彼女の説明だと村田貴文と山川静子はダンプと塀に挟まれて、ものの見事にミンチになったのだという。

 原型をほぼ留めてなくて、警察では本人かどうかの断定に随分と時間を食ったらしい。

 まるで見てきたかのように言うなと思った。


かたわらから見てましたよ、一部始終、警察屋さんのところにも忍び込んでしっかりと。

 だからえるんじゃないですか。

 お二方のご遺体をくすねて、全く関係の無い肉塊とすり替えるのに苦労いたしました。

 ですがその甲斐あって、こうして再生することが叶ったのです。

 おめでとうございますっ、ぱちぱちぱちぱち」


 口で言いながら小さな手で拍手をする様は可愛いらしいが、どうにもこうにも素直には喜べない。


「不幸な事故から生還し・・・・あ、いえ、今も死んだままですので生還というのには語弊がありますね。不幸な事故から復活し、再び息をしてご飯を食べることが出来るようになったのです。

 深呼吸をしてみて下さい。すーはーすーはー。どうですか、空気美味しいですか」


「ふざけんの止めてくれる?」


「ふざけてなどいません。わたしは大真面目です」


 真っ当に組上げられる材料が辛うじてヒト一人分しか残っていなくて、どう水増ししても二人分は不可能だったのだという。


「クルマなら解体屋さんでスクラップ集めてニコイチとか出来ますけれど、流石にこの平和な国では流用パーツの入手は困難です」


「ヒトをクルマと同レベルで語るのは止めてくれるかな。それに流用パーツってなに。住んでる国が平和かどうかなんて関係無いでしょ」


「戦争やってる当事国ならば、材料はより取り見取りなんですけれどもね」


 一瞬ナニを言っているのか判らなかったが、はたと気付いた瞬間、再び「ふざけるな」と叫んでいた。


「人間を何だと思ってるんだよ。プラモデルか何かと勘違いしてない?」


「現代の病院でも臓器移植は行なわれているじゃないですか。成体前の若くてピチピチの肉体なら各部位の適合率も高いんです。しかも死にたてホヤホヤ産地直送状態で行なわれた施術、とってもラッキーな状況だったんですよ」


 ああ言えばこう言うといった調子で、ボクの反論はことごとくいなされ、ねじ伏せられた。

 彼女が言っている意味は判る。

 身体や気持ちの違和感も全部説明がついた。

 だがだからといって、ハイそうですかと容易く納得できるはずもないのだ。


「ご自分の身体はご覧になったのでしょう?わたしの言っている事すべてとは言えなくとも、それで幾分納得することは出来ませんか」


「・・・・」


 それを言われると流石に二の句が告げられなかった。

 確かに今のボクの身体は普通じゃない。

 全身にツギハギの縫い目があるのもさることながら、両足の付け根には男性のモノと女性のモノ、その両方が付いていたからだ。


 どちらもよく見覚えのあるものであると同時に、全く見慣れぬものでもあった。

 戸惑う気持ちと少なからぬ好奇心。

 そして決して小さくない羞恥心だ。

 その三つが交ぜになって何とも落ち着かない気分だった。


 かてて加えて広めの肩幅と胸の膨らみもまた違和感と安堵感が一体になって、不安定な気持ちを更に掻き回してくれるのである。


「まぁ、今のボクが普通じゃないってコトに異論はないよ」


 それは悔しいけれど認めなければならない、残酷な事実ってヤツだった。

 そして事の次第一切合切を説明された後にボクはついあきらめて、とても深い溜息をついたのである。

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