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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第四幕 ホラーはフィクションであるからこそ許される
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4-5 本のかまくら

 地下室で二号ちゃんをつなぎ合わせる作業を終えた花子は、リビングでボクとお茶をしていた。

 三時間を超える作業で、「やれやれです」と吐息をついた彼女は本当に疲れ切った様子だった。

 最初は手伝おうかと申し出たのだが、繊細な作業なので馴れていないと難しいと断られてしまった。


 ただボンヤリと待っているだけというのも申し訳ない。

 なので、お茶の準備と夕飯の下ごしらえをして待った。


「取敢えず縫合は終わりましたから、後は培養液に浸して回復を待つばかりです」


 テーブルの上には一斗缶ほどの大きさがある広口の硝子瓶があって、液体に満たされたその中に二号ちゃん本体がぷかぷかと浮いていた。

 金魚や熱帯魚を飼う水槽でよく見る「ぷくぷく」から絶えず泡が吹き出ていて、それにあおられてゆっくりと揺らいでいた。


 時々思い出したようにぴくりと動くから生きているのは間違いない。

 でも全身縫い目だらけでちょっと痛々しかった。


「どれ位で良くなるの?」


「早くても一ヶ月といったところでしょうか。でも思いの他にダメージが少なくて安心しました。時間は掛かりますがこの分なら後遺症は残らないと思います」


 ならば一先ず安心ってところだ。

 でも一ヶ月この瓶の中か。それは長いなと思った。


 二号ちゃんの入った瓶を前にしてお茶をする。

 ボクは珈琲で花子はアップルティーだ。

 瓶の存在感が半端なかった。

 リビングにはちょっと相応しくない光景だけれども、同じ屋根の下に暮す三人でお茶会をしている訳なのだからおかしくはないはずである・・・・たぶん。


「しかし卯月さんは立て続けに妙な者と出会いますねぇ。普通はこんなに頻繁ひんぱんに出会さないものなのですが、今は星巡りが悪いのかもしれませんね」


「星巡りねぇ」


 人間誰しも間の悪い時というのはある。

 ついてない時にはトコトンついてないものだ。

 神社にでも行って厄払いしてもらおうか。

 別に厄年迎えた中年とかでもないけれど、確かにこうも頻繁だと巡り合わせというものが在るんじゃないかと思えてくる。


「もしかすると姓名判断や占星術的にタブーを踏んじゃったのかもしれません。ああっ、わたしが迂闊うかつな思いつきでお名前を提案したのがいけなかったのかも」


 花子は、はっとした様子で頭を抱えていた。


「いやいや、考えすぎじゃない?」


 女の子達は占いだの運勢だのとよく話題にするようだけれども、俺には今ひとつピンと来ない。

 偶然とかたまたまだとか、そんな不測の出来事をさも最初から定められた予定の一部みたいに語るのはどうなんだろう。

 釈然としないし正直肌に合わなかった。


 もっとハッキリ言えば、自分の未来の予定表を見知らぬ誰かに訳知り顔で指摘されたくはなかった。


 そもそも当たるも外れるもそれこそたまたま偶然の結果であって、本人の思い込み以外の何者でもないんじゃないかな。


「ただ運が悪いダケでしょ。花子だって『世の中はたまたま偶然で満ちあふれている』とか言ってたじゃないか」


「それはソレ、これはコレです」


 そんなコトをのたまう。

 彼女の持論と何処がどう違うのか、その辺りの線引きがよく分らなかった。

 でも、厄払いとかはやった方が良いのかも知れない。

 花子に提案したら「神社は怖いからイヤだ」と言われた。


「あそこは神様が住んでいらっしゃる所でしょう。のこのこと踏み込んだら怒られてしまいませんか。タタられたらイヤじゃないですか」


「怨霊とかじゃあるまいし。神様が住んでいるからこそお参りするんじゃないの?それとも何か後ろめたいことでもあるのかな」


 日本の神様は大概たいがい寛容かんようだから神経質になる必要はない気がする。

 仏教やキリスト教だって普通に受け容れちゃったし。

 でも確かに、ヒトじゃない花子が踏み込むのは躊躇ためらいがあるのかもしれない。


 あ、そう言えばボクももうヒトじゃなかったんだっけ。


 何不自由なく暮しているものだから忘れそうになるけれど、既に自分は人外の身の上なのだ。

 それを思えば、ボクが神様に不運を祓って下さいとお願いするのも何だかオカシイような気がしてきた。


「調べてみましょう」


 お茶を飲み終わった花子は立ち上がると書庫に向った。


 花子の蔵書量は半端ない。

 恐らく元は二間続きの座敷だったのだろうけれど、今は仕切りのふすまを完全に取っ払って畳の上に背の高い本棚がいくつも並んでいた。

 板間ならば問題無いだろうに、畳の上に直置きなものだから少なく無い違和感があった。


 それに何より窓は元より明かり取りの欄間らんままで本棚に塞がれているので、電灯を点けないと穴蔵にでも潜ったような気分に成る。


 そして林立する本棚にすら入りきれない蔵書が更にその上に重ねられ、全て天井にまで届いていた。

 しかもそれでもまだ足らず、あふれだし、畳の上にまで所狭しと積み重ねられているのである。

 上手く歩かないと蹴躓けつまづいて転びそうだ。


 この部屋で地震に遭遇すれば、本が津波となって襲ってくるに違いない。


 初めて此処ここに足を踏み入れた時に唖然として「本のかまくらだ」と言ったら、「ああ正に」と感心したかのように手を叩かれてしまった。

 もう完全に家の風景になってしまい、本人は気付きもしなかったらしい。


「確かこのヘンにあった筈。ああ、有りました。コレです」


 頭の一部がチョロッと解けて触手が伸び、ボクの背丈よりも高い場所にある大判の本を取り出した。

 ボクもまた咄嗟とっさに彼女から視線を反らした。

 もう馴れたものだ。


 確かに手の届かない場所の物を取るには便利だが、自分も欲しいとは思わない。

 あんなぞわぞわするモノが身体の一部になる位なら、一手間掛けて踏み台を探す方がマシだからだ。


「コレです」と花子が見せてくれたのは、いわくありげな装丁が施された古い厚手の本だった。

 見たことも無い外国の文字で書かれていて、ボクには題名すら読めなかった。


「遠い昔に欧州で書かれた本です。呪術だの錬金術だのが本気で研究されていた頃のもので、今のバッタものな研究論文とは格が違います。手に入れるのに苦労したんですよ」


 占星術専門の本らしく、その内容を花子がかいつまんで教えてくれた。

 暦は星と太陽から生まれ、占星術もまた同様。

 天文の研究の一部が「未来を占う」という技術に特化したものなのだそうだ。


「大元は暦も占星術も一緒です。今は別個として扱われていますが、今を知り、これからの行く末を知りたいという気持ちから出来たものですよ。

 合っているかどうかはさておき、これらの本を書いた方々とその情熱には敬意を表して止みません」


「成る程」


「この本の内容も素晴らしいのですが、ホントの価値は巻尾の参考文献の列挙にあります。

 膨大な量で、当時手に入れる事の出来た専門書の大半が一目で分るのです。

 西洋はモチロン、アジア方面、中国の物件まであって洩れがほぼありません。


 本の題名と一緒に概要が併記されているのもスペシャルです。

 これ一冊で、占星術を勉強するときの道しるべとなってくれるのです」


 熱っぽく語る花子は実に楽しそうだ。

 過去の研究論文が好き、というよりも昔の人の考え方を知るのが好きだと以前言っていたが、本そのものへの入れ込みようも相当なものだ。


 此処ここに在る蒐集しゅうしゅう本の中には、古いという理由だけで手に入れたものもるのではなかろうか。

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