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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第四幕 ホラーはフィクションであるからこそ許される
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4-3 手出しはさせません

「その隣に居るモノが人為らざるモノ、人外の存在だと熟知して話しているのですね」


「それがどうしました。二号ちゃんは確かにヒトじゃないけれど害もない。ただ静かにこの町で生活しているダケです。とやかく云われる筋合いじゃないですよ」


「あなた、自分が何を言っているのか判っているのですか。あなたの発言は世界の秩序に反した物言い、主の教えに仇成す考え方なのですよ」


「その言葉をそっくり返します。

 秩序に反するなんて言いますけれど、ソレを乱しているのは貴方の方でしょう。

 自分の都合だけで平和に暮らしている相手を吊し上げようだなんて、ソッチの方が余程に乱暴でしょう。

 そのことが全然判ってないですよね」


「卯月、問答している場合じゃない」


「腹が立たないの、二号ちゃん。ボクはこういう一方的な物言いする相手が大っ嫌いなんだよ」


 確かに花子や二号ちゃんはヒトじゃない、人外の存在だ。

 だが二人はただ大人しく暮らしたいだけだ。

 町の人達に紛れて平和にひっそりと生活している。


 相手をよく知ろうともせず見てくれだけで決めつける粗忽者そこつものめ。

 言うに事欠いて悪魔だなどと視野が狭いにも程がある。

 中世ヨーロッパの宣教師じゃあるまいし。剣なんて抜く前に、先ずはヒトの話を聞くのが先決だろう。


「最後の確認です。よく考えて答えて下さい。あなたはその悪魔の肩をもつというのですね」


「考え直さなきゃならないのは貴方の方です。偏見でゴリゴリに凝り固まったその脳ミソを解した後に来て下さい」


「卯月!」


「成る程、成る程。そういうコトですか。となれば何も惑う必要は無いという訳ですね。忖度躊躇(そんたくちゅうちょ)など不要と、完全に交代してしまって問題無いというコトですね」


 訳の分らないことを言いながら、にいと笑った。そしてその後の変わり様は劇的だった。


 ざわざわと生き物のように髪が蠢きざわめき、見る見る内に黒い色合いから金色の色合いに変わっていった。

 顔が青ざめ、青白く変貌していった。

 血の気が失せたわけではない。

 文字通り白い肌に変色してゆくのだ。


「この世は主が人の為に創りたもうた穢れ無き世界。魂の救済と、罪を悔い改め完璧な世界へと旅立つ為の試しの場。その秩序を乱す悪魔とその先兵など存在してはならないのです。それを看過するなど正に外法の徒」


 やがて「変身」が終わると、ソコに立って居るのは金髪碧眼痩身の男だった。

 頬はこけ、細く尖った顎と薄い唇が印象的な男だった。

 白い肌は余りにも白く蒼かった。

 まるで死人か蝋人形のような印象があった。


 目付きは鋭くとも柔和な印象のあった先程の男はもう居ない。

 薄い唇の端を驚くほどの急角度に吊り上げた、血色の悪い異様な白人男性が居るだけだ。


「ならば二匹とも、オレがいただいても構わないってことだよなぁ」


 けけけと裏返った声が路地に響いた。

 喜色満面で、コチラをねめつけるような目の色が尋常じゃない。

 決してお近づきには為りたくない類いの人種である。


ただれた欲望のけがれを払い、世を清めるのもまた聖職者の勤めってヤツだもんなぁ」


 今度はひゃははと笑った。

 手にしているソレは、細い上にやたら長いせいでバーベキュー用の串か短い槍でも持っているような印象があった。


 男が手首を振ると、ひゅんと空気を切る音がして切っ先がボクらの方を向いた。

 長い細剣にも拘わらず先端はぴたりと止まって微動だにしない。

 まるで空中に固定されてしまったかのようだ。

 相当に使い慣れているという印象があった。


 ひょっとして、本当にアレで刺すつもりなんだろうか。

 威嚇いかくとかではナシに。


「串刺しにしてやるぜ、神の御名のもとに二人仲良くだ!」


 冗談じゃない。そしてなんでそんなに嬉しそうなんだよ。


「グズグズしないでとっとと逃げる!」


 立ち竦んでいたボクはいきなり二号ちゃんに蹴飛ばされ、思わずつんのめって転びそうになった。


「アンタが居ても足手まとい」


「に、逃げるなら二号ちゃんも一緒に」


「二人仲良く後ろから串刺しになる趣味は無いから。それに、アタシは馴れてる。コイツとやり合うのはこれが初めてじゃない」


 行け、と急かされてきびすを返した。

 「逃がすか」と声が追ってきて、思わず振り返ったら「ぼか~ん」と間抜けな音がして二号ちゃんの頭が破裂するところだった。

 「部品」をまともに食らった神父が一瞬たたらを踏んだ。


 その僅かな間に、頭部の無くなった彼女の人差し指が路地の奥をびしりと指す。

 とっとと帰れと云っていた。


「花子を連れてすぐに戻ってくるからね!」


 確かに今のボクでは何も出来ない。

 足手まといにならないように速やかに逃げて、花子に伝えるのが今のボクの役割だ。

 そう肚を据えると一目散に路地を駆け出した。




 走りながらスマホで連絡を入れ、途中で合流した花子を連れて駆け戻って来た。

 二人とも全速力だった。

 無事で居てくれと気が気じゃなかった。

 頼むから間に合ってくれと願った。

 だが既に路地は非道い有様になっていた。

 路面には二号ちゃんがバラバラになって散らばっていたからだ。


 あのフナムシモドキが、ではない。二号ちゃん本体が文字通り五分刻みになって解体されていたのである。


「な、なんてコトを」


 立ちすくんで絶句していると、げらげらと無遠慮に笑う声がボクと花子を嘲っていた。


「まさか本当に戻ってくるとはよ。そんなにオレさまに串刺しにされてぇのか。そうかそうか、それならリクエストには応えてやらねぇとな」


 神父の衣装を身に纏ったキ○ガイは耳障りな声で下品に笑うと、腰をかくかくと前後に振り出した。

 ステップを踏んで前後左右に手を振り腰を振り剣を振り、金髪碧眼痩身の男が昼下がりの路地で踊っている。

 細長い四肢が異様なまでに器用に蠢いていて、まるで見えぬ糸で吊られた操り人形のような様相だ。


 挑発しているのか小馬鹿にしているのか、それとも有頂天になっているのか。

 特に油断なくこちらをねめつけながら、何度も股間を突き出すように協調する様が実に腹が立った。


「許せませんよ。ヒトの道に外れた行ないです。それでもあなたは聖職者ですかっ」


 激昂げっこうした花子が吠えた。

 途端、ざわざわと金髪が蠢き見る間に黒に染まり肌も浅黒く変わっていった。

 そのまま数秒と待たずマンホールから出てきたあの神父の姿になった。

 目の当たりにしても俄には信じられない、見事なまでの変わりようである。


「道に外れているのはあなたがたでしょう。

 これは神の御名の元に行なわれる裁きです。

 聖典の真実に目を背け、踏み外した者への神罰です。

 悪魔の先駆けとして人々を惑わす者、教えに背く存在を取り除いているだけです。

 わたしは主の僕として、己の責務を全うしているに過ぎません」


「詭弁です。自分が信じているもの以外は全て不要、誤ったものだと切り捨てているだけではありませんか。そんな小っちゃな器だから女の子にもてないのですよっ」


 今度は黒髪がうごめいて金髪へと変わる番だった。


「てめーは阿呆か。

 聖職者が結婚する必要なんてねぇだろうが。

 つがいを求めるのは小物のすること、有象無象の汚れた欲望の所産だ。

 ホンモノは魂の清らかさ故に神の一番近くに仕える資格があるんだよ。

 肉体は魂を束縛して穢すおりに過ぎねぇ」


 下品な物言いの時は金髪で。

 ちょっと気取った発言の時は黒髪で。

 かの神父の中ではそういう役割分担になっているのかもしれないが、会話を交わすごとにクルクルと姿が変貌するのは違和感を通り越して気持ちが悪くなってくる。


 瞬時に変わる様はスゴイと思うけれど、ハッキリ言ってどちらかに落ち着いて欲しかった。


御託ごたくはこれまで。

 今度こそテメーも神の御名の元に切り刻んで静かなる地の底へ、不浄を裁く最奥の地へとバラまいてくれる。

 これは救いだ。

 天の慈愛だよ。

 悪しき風習、悪しき性情にまみれた肉体など百害あって一利無し。

 神の御心に沿うべく、穢れた者へ救いの手を差し伸べるのも聖職者の務めだ。

 ああ、それとも串刺しの後に火にくべて、魂もろとも浄化してやるってのが慈悲ってヤツかもな」


 けけけ、と再び笑って長剣を構えた。

 涎が垂れたのか口元を袖口でぐいと拭っていた。

 眼光が異様にギラギラとしていた。

 やたらと鼻息が荒かった。

 どう見たって真っ当とは言い難い。

 物言いといい、物腰といい、これでホンモノの神職者だとか魂が清らかだとか宣うのか。

 呆れて二の句が告げられなかった。


 いやいやそんなコトよりも、こんな物騒な得物を持った相手に素手の花子が相手をするというのは無謀だろう。

 二号ちゃんがバラバラにされたのは許せないが、彼女を呼んできたのはボクの誤りだったのではないのか。

 動転して何も考えずに来ちゃったけれど、ここは一旦いったん引いた方が賢明じゃないのか。


 そうだ。トンジル子爵のときには躊躇ちゅうちょしたけれど、いま目の前に居るのは紛れもなく刃物を持ったヤバい男だ。

 警察を呼ぶのに躊躇ためらう必要なんて何処にもない。


 そう決心すると花子に声を掛けて歩み寄ろうとした。

 だが機先を制された。


「卯月さんはジッとしていて下さいね。手出しはさせませんから」


 振り向かないまま、そう声をかけられたのだ。

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