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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第三幕 二人で一人の屍体はウェディングベルの夢を見るか
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3-7 そしてぽろりと一筋こぼれた

 花子の家に戻ってシャワーを浴び、事の一部始終を話すと「それは災難でしたね」と言われた。

 彼女が煎れてくれたカフェオレを口にすると、その熱さと甘味にほっとする。


「それは東町の竹薮の事でしょうか」


 線路脇のそれだと言うと、夏には伐採の予定が入っているのだと教えてくれた。

 更地にして住宅用地にでもなるらしい。

 そして恐らくソコが住処なのだろうとも。

 成る程、それで文左衛門は焦っていたのか。

 そう言えば藪に連れ込まれる際に、工事用の看板らしきものを見たような気もする。


「この町には他に適当な場所が無いのかな」


「人の背丈よりも大きなナメクジさんでしょう?難しいと思いますよ。適度な湿り気と日陰があって人目に付かない場所。それ位ならいくらでも在りますが、大きさが大きさですからね。食べ物の確保も考えないといけませんし」


 確かにスーパーで買ってくるという訳にもいかないだろう。そもそもナメクジが何を食べるのかも知らないし、知りたいとも思わない。


「住処を追われるというのは嫌だろうな」


「そうですね。わたしも此処を出ていけと言われたら途方に暮れます」


「たとえば、あのナメクジ親子もマンホールの中というのは考えなかったのかな」


「あそこは思いのほか風通しが良くて乾いていますし、別の方々のテリトリーでもあります。いさかいは好まないでしょう。それに迂闊に踏み込んだら逆に自分が食べられてしまうかも知れません」


 それはヤだなと思うと同時に、ナメクジを食べる生き物って何だろうとも思った。

 巨大なカエルだろうか。

 しかしあの図体を食べるカエルなんて出会いたいとも思わない。


「ナメクジさんもカタツムリさんの親戚で陸貝の一種ですからね。茹でると案外食べられるのではありませんか。エスカルゴなんて陸貝の料理もありますし、ひょっとすると美味かもですよ」


 やめてくれ。

 そもそもボクはゲテモノ料理を食べる趣味は無いのだ。

 それに未だかつてそんな料理は聞いた事が無いのだから、何か問題があるに決まっている。

 食は文化と言うけれど、良識のギリギリ端っこを走る冒険はご遠慮申し上げたかった。


 そして人間ってのは何でも食べるな、とも思った。


「それからゴメン。借りた傘を壊しちゃった」


 骨が一本折れてしまったと告白すると、玄関に立てかけてあったそれを検分し「これ位ならすぐに直ります」と言った。


「修繕まで出来るんだ」


「物が良いので修理して使えるのは助かります。コレは元々このお家に住んでいらっしゃった人の持ち物なのですよ」


 ああ、やはりそうだったのか。


「じゃあ、あの帽子や婦人靴とかも?」


「はい。品の良い老夫婦でした。お子さんが出来なくてわたしがこの家に住めるよう、色々と手配して下さったのです。帳面上はわたしが此処ここを買ったことになっていますが、結局お二方にはお金を受け取ってもらえませんでした」


 そうか。

 じゃあこの家を含めて家具や備品はその夫婦の遺品、形見ということなのか。

 ならば花子が丹念に維持管理しているのも納得がいく。


 そして明言こそしていないものの、彼女はその夫婦に家族として迎え入れられていたのではないか。

 少なくともただの知人友人ではないのは確かだと思えた。


 ボクは玄関の傘置き場からもう一本を取り出した。

 今度はシックな婦人傘だ。


「あれ、またお出かけになるのですか?」


「やろうと思ったコトを途中で中断されるのは面白くないんだよ。今度こそスーパーに行く」


 もちろん、あの路地や竹薮方面につながる道を迂回してだ。

 またぞろ文左衛門に出会したらかなわない。


「何故にソコまでこだわりが。でしたら今度は二号ちゃんを連れて行って下さい。あの子は塩分過多な体質ですのでナメクジ避けにはもってこいです」


 成る程、それでボク一人のときになって初めて近づけたという事か。

 でも塩分過多な体質ってなによ?


「あの子の眷属は塩水にエラが濡れてないと息ができませんから、乾燥しきらないように寄り添って内側で循環させてます。擬態が解けたら大変ですからね。

 また卯月さんのラブ波動を誤魔化すにも最適です。一人称単数現在で居るより大勢で居た方が紛れやすいです」


 もしかしてひょっとすると、それが「触覚にビビビときた」ってやつなんだろうか?

 それに「大勢」ってのはあのフナムシモドキの事だよね。

 それに紛れるっていうのも何だかなぁという気分だ。


「前にも聞いたけど、そのラブ波動ってナニ」


「ええぇ~ラブラブな人達が寄り添っていたら、洩れなく出ちゃうものじゃないですかぁ」


 そう言って頬を赤らめて身をくねらせるものだから、またそれ以上訊くのは諦めた。

 何だかとんでもなくこっぱずかしい解説が始まりそうな気がしたからだ。


 気は進まなかったが虫除け代わりに二号ちゃんを部屋から引きずり出して再び出かけた。

 文左衛門に拉致されるよりは、二号ちゃんをあしらう方が余程に気楽で安全だ。

 念の為にポケットにはふりかけの塩瓶も入れている。

 退治は無理としても、一瞬怯ませる位は出来るんじゃなかろうか。


 そしてJrの物腰からもう仕掛けてくることは無かろうと、そう信じたくもあった。


 まったく、次から次へと妙な連中と出会うもんだ。

 コレが気付いた者の宿命ということなんだろうか。

 それとも役割とか役目とか、そういうものになる、のか?


 考えてみれば生き物がその伴侶を見つけるというのは、その生涯を賭けて挑んでいるものが少なくない。

 虫は音色や色などで相手を惹きつけているし鳥だってそれは同じだろう。

 猫や犬も相応に苦心惨憺くしんさんたんしていると聞くし、人間だって似たようなものだ。


 子供を産んでお終いの生き物は少なくないけれど、相応に育てて更に寿命が残っている者も居る。

 でも、「相手を見つける」ということが最大のイベントであることに違いは無い筈だ。


 Jrは分別があったけれども、文左衛門が間違っているとは言い切れないような気もした。

 将来の行き先に不安があるのなら、子孫が欲しいとより強く願うのは当然だろう。


 勿論もちろん、彼にも彼の事情があるようにボクにはボクの事情がある。

 だから「はいそうですか」と承諾出来る筈もない。


 一緒になれるかどうか、というのは難しいものだなぁ。


 計らずとも一緒になってしまった者の台詞にしては嫌みとも取れない思惑だ。

 けれど、いまのボクの偽らざる心境だった。

 と同時に、こんなボクへラブコールを送ってくれる相手が居る。

 そんな現状にとても困惑しても居るのである。


「わざわざこんな雨の日に買い物出る必要ない。食べ物のストックは十分にある」


「一番食べるのは二号ちゃんじゃないか。今晩はクリームシチューだよ。牛乳をたっぷり使うから多めにあった方がイイ。少なくとも明日の朝の分は必要じゃないかな」


 二号ちゃんはブツブツ文句を言いながらも、それでも素直に着いて来てくれる。

 確かにこのコは異形だけれども悪い子じゃあない。

 ちょっと欲望が先行しているというだけで。


 そういう意味じゃあ花子も同じ動機の似た者同士なんだけれども、彼女は自制が利く上にアプローチの仕方が穏当なので、接する態度にも差が出てしまうというだけなのだ。


「花子からお駄賃代わりにハー○ンダッツのチョコチップアイスを買って良いって言われてるよ。好物でしょ、ボクの分も譲ってあげるから」


「ナニよ、お子ちゃまじゃあるまいし。アタシはそんなものじゃ誤魔化されないわ」


 そう言いつつもいきなり生唾を飲み、そわそわし出したのが可笑しかった。


 傘を叩く雨音がやけに大きく聞えた。

 あのナメクジの親子は、この雨が降っているうちに町から出て行ってしまうのだろうか。

 行き先の当てはあるのだろうか。


 電信柱の隙間から見えた空はまだどんよりとした鉛色で、雨は当分止みそうにもなかった。




 わたしは気付けば見知らぬ空の下に居た。


 そしてシンプルだけれども白く眩いドレスに身を包んで緑の芝生を歩んでいた。


 此処ここが日本じゃないというのは知っている。

 なぜ何故にと思うけれども、ヨーロッパの何処かだということが判っているのが不思議だった。


 誰かに手を引かれてふと気付くと、いつの間にか真っ赤な絨毯が敷かれた道を歩いていた。

 行き先には白い尖塔のある建物が見えた。

 隣に居る人物の顔がよく見えなかったが、自分が望んだ相手であることは確かだ。

 だから何の疑念も不安もなかった。


 絨毯の脇には大勢の人が並んで出迎えてくれていた。

 拍手が聞えた。

 祝福されているのが分ってとても嬉しかった。

 涙が出そうになる。

 だが我慢した。

 これからが本番なのだ。

 人生最大の、そして待ちに待ったメインイベントが始まるのだから。


 でもこれは式の順番が逆じゃないのかな。

 普通は誓いの言葉と指輪の交換とキスの後に、この赤い道を経てライスシャワーが降るのではなかろうか。

 それとも逆回しの式順でやっている?


 でもまぁいいか、と思った。


 腕を組んで歩み進んでいった。

 色々なモノが満たされていて気持ちがとても楽だった。

 ずっとこのままで居たいと思った。

 隣の相手が微笑んでくれている。

 やっぱり顔がはっきり見えないけれど嬉しかった。


 やばい、と思った。

 こらえていた涙が決壊寸前にまで溢れてきたからだ。


 そしてぽろりと一筋こぼれた。

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