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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第三幕 二人で一人の屍体はウェディングベルの夢を見るか
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3-5 小さな竹薮の中

 昨日の快晴至極なプチピクニックとはうって変わって、今日は雨だった。

 朝起きたときにはちょっと怪しい空模様だな、といった程度だったのだが昼前には結構な大降りとなって、いまや辺りはすっかり夕暮れのような暗さだ。


「ここまで降るとは思いませんでした」


「天気予報は大外れだね」


「あれ、お出かけになるのですか」


「うん。巡回」


「一日くらい無理に出かけなくてもよいですよ。絶対やらなければ為らないって訳でもないのですから」


「牛乳が切れたって言ってたじゃない。あとお米も心許ないんじゃなかったっけ」


「よく憶えてらっしゃいますね」


 ついでだから買ってくるよ、と言って男性用の大きな傘を手に外に出た。

 漆黒で布地は張りがあって頑丈で、取っ手の部分も深い色合いの木製だった。

 ガタつきなんて微塵も無い。

 正に紳士の持ち物という風格があった。


 小柄で一見女性にしか見ない家人ばかりなのに、何故だがこの家にはこういった全く女性向きじゃないものが多かった。

 財布然り下駄然り帽子然り。


 しかもどれもコレも年代物だ。

 下駄なんて昨今の男性はまず履かないだろうし、山高帽に至っては何処どこで誰が被るのやら。

 しかも全てくまなくキチンと手入れされていて、不具合どころか埃一つ見当たらなかった。

 古物商にでも持っていったら良い値が付いたりするのかも知れない。


 きっと花子がやっているんだろう。

 二号ちゃんではないのは断言できる。

 素直に感心するけれど、何故に、と思わなくもない。

 ひょっとするとこれらの備品も、以前住んでいた住人が残していった物だったりするのだろうか。


 流石に雨の中へワンピースという訳にはいかないので、洗い晒しのTシャツにジーンズ、そして素足にサンダル履きという格好だった。


 どうせこの雨、靴を履いていったら中身までべしゃべしゃになるのは目に見えている。

 下駄箱の中には女性用の小洒落たレインブーツもあるけれど、近所をくるっと回ってスーパーに出向く程度だ。

 サンダルで充分である。


 カッパを羽織るかどうか悩んだがアレはアレで結構蒸し暑いので止めた。

 帰ってきたらどうせ全部着替えるつもりなのである。


 二号ちゃんが付いてくるかと思ったのだが、「雨はウザい」とか言って部屋に籠もっていた。

 お陰で今日はちょっと気が楽だった。


 雨の路地は思いの他に狭く感じた。


 傘を差しているというコトもるけれど、先の見通しが利かなくて世界がギュッと狭まっている感じがする。

 元々人通り少ない路地なのだけれども、この天気のせいで誰一人通る者も居なかった。

 普通ならアッチ側の方々もチラホラ見かける筈なのに、今日はてんで見かけなかった。


 やっぱり雨の日が鬱陶うっとうしいと感じるのは誰しも同じなのかもしれない。


 そう考えた端に、誰も居ない筈の「立ち入り禁止」と書かれたアパートの窓から、ナニかがこちらを覗いていた。

 目が合ったのは一瞬ですぐに隠れてしまったけれど、明らかにアチラ側の御仁だ。

 普通、目玉は二つしかないがソレは顔の真ん中に一つ余分にくっついていたからだ。


 確か妖怪と呼ばれる連中にも三つ目のヤツが居たな、と思って素知らぬ顔で素通りした。


 そのまま進んで、三丁目と書かれた電柱の陰から恐る恐る交差点の奥を覗き込んだ。

 いつも此処ここであの巨大なニワトリさまと出会して威嚇いかくされるからだ。


 頭頂は優に二メートルを超えるだろう。

 恰幅もあって迫力が半端なかった。

 蹴爪を振り立てられ、クチバシでつつかれそうになったことも一度や二度ではなかった。


 ツルハシを思わせるあの剣呑なものが突き刺さったら間違い無く痛いじゃ済まない。

 蹴爪に至ってはもうアレはなたかちょっとした刀だ。

 オマケに目を狙ってくるのが厄介だった。


 しかし流石に今日はお休みらしく、路地の奥もガランとした殺風景な雨の赴きだった。

 ちょっと、ほっとした。

 こんな雨の日まで全力疾走したくはない。

 そのまま通り抜けようとした、その刹那である。


「今日はきみ、一人なんだね」


 いきなり声を掛けられて飛び上がりそうになった。

 一瞬前まで辺りに人影は無かったからだ。

 振り返ってみると、ニワトリさまよりも更に一回り以上大きなナニかがソコに立って居た。


 一見ヒトのように見えるがヒトじゃない。

 男のモノの和服で身を固めたヒトに似たナニかである。

 男性の顔なのだが、ジッと見ていると表情は変わらないのに目鼻の位置が定まらず、ジワジワと微妙に動くのだ。

 風の無い池か湖の上に浮かぶ木の葉のようだ。


 経験上、アチラ側のヒトが声を掛けてくることはナイ。

 今まで向こう側から干渉してきたのはあのタヌキーなヒトたちくらいのものだ。

 ニワトリさまの場合は単にナワバリに踏み込んだ相手を追い払っているだけなのだし。

 しかし、声を掛けられたら応えるのが礼儀というものではなかろうか。


「あ、あの、どちら様でしょうか」


「問われて名乗るのも烏滸おこがましいが、ちょっとこの界隈に居を構えている者だよ」


 口ぶりは鷹揚だったが異様な迫力があった。


「鈴木文左衛門と申す」


 時代がかった物言いで時代がかった名前を口にした。

 そして「そなたの名は」と訊かれた。


「あ、卯月といいます。それで何の御用でしょう」


「端的に言おう。うちの子の嫁にならんかね」


「・・・・・突然のお話ですね」


「うん。不躾であるというのは十分に承知している。だがうちの子の嫁にはきみしか居まいと、それがしの触覚にビビビっと来たのだよ。どうだろうか」


「どうだろうかと言われましても、お返事できません。それに初対面ですしあなたのお子様も知らないのですよ」


 そもそもこんな道端で出会い頭にして良い会話じゃ無いと思う。

 いきなり過ぎるにも程があるだろう。


「うん。言いたいコトはよく分る。嫁になるというのは相手の家に入るというコトだからな。不安に為るのも当然。

 だがわたしが求めるのは互いに子を授かる事が出来ればそれで良し、という実に淡泊な話なのだよ。

 家に入らずとも、きみは今まで通りの生活を続けてもらって構わない。

 子が出来るまで、しばし付き合ってくれればそれでよいのだ」


「いえ、そういうコトじゃなくてですね。出会ったばかりの相手にそういったナンパ、じゃなくて結婚申し込み、でもなくて、ええと、嫁になれなどと言うのはかなり無茶じゃないかと、そう言いたくてデスね」


「うん、慎重な性格だな。そこもまた気に入った。だが一期一会という言葉があるではないか。一目会ったその日から、という話もあると聞くぞ。

 子は既に待っておるのだ。準備万端用意周到抜かりなく手配は済んでおる。何も心配することはないのだ。なに直ぐソコだ。時間も然程かかるまい。

 さあさあ、いざ共に来られるがよい。臥所はもちろん食事の用意も然り、手土産も用意しているでなぁ」


 そんなことを言い出して、そのままボクの手を取り連れて行こうとするものだから正直焦った。

 いや、焦らない方がどうかしている。


「ちょっと待った。何なんですかいきなり」


 慌てて足を踏ん張って抵抗したのだが何の意味も無かった。

 強引な口調と同様にやたらと力が強い。

 体格差を考えれば当然か。


 傘も手放して手足をバタつかせて暴れた。

 だがビクともしなかった。

 最寄りの電柱に掴まって抗ったが、それも容易く引き剥がされてしまった。

 圧倒的で有無を言わさなかった。

 まるで象か歩く岩にでも引きずられてゆくかのようだ。


「止めて下さいよ。ボクはそんなつもりはサラサラ無いんですから!」


「うん、何故だね。きみは立派に成熟しているにも拘わらずつがいが居ない。独り身の状態ではないかね。相手を求めて子を成すというのは自然の摂理ではないのかね」


 言っていることの意味は判るけれど、当人の意思も確かめずに自分の都合を押し付けるというのは間違っている。

 しかし聞く耳持たぬ相手というのは本当に始末に負えない。

 しかも腕力に飽かせてとなれば尚更だ。

 こういうのを拐かされるとうのだろうか。

 或いは略奪婚と云うべきなのかも。


 ずぶ濡れになりながらの抵抗も空しく、ズルズルと引きずられるがままに連れてこられたのは、町中にある小さな竹藪の中だった。

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