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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第三幕 二人で一人の屍体はウェディングベルの夢を見るか
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3-2 後悔しそうな気がして

 目が覚めると何だか良くない気分だった。

 気持ちが悪いという訳じゃない。

 ただなんというか、よく分らない不安が在って落ち着かなかった。

 大事な物を無くしてどうしても見つからないという、そんな感じの気分だった。


 ヘンな夢でも見たかな。


 でも薄らボンヤリと思い出せるのは学校の夢だったような気がするだけで、細かい所はまるで思い出せなかった。

 もしかすると、学校に行けなくなってしまった物足りなさのせいだろうか。


 おかしなものだ。

 学生だった頃は学校なんて鬱陶しくて仕方がない、ただの苦行だったというのに。


 朝の食卓に並んでいたのはベーコンエッグとコーンスープ。

 そして厚手のトーストにシーザーサラダだった。


「朝は大抵パンだよね」


「和食の方がお好みですか」


「あ、いや俺、じゃないボクは朝、まずパンだったから。違和感ないから逆に妙な感じがしてね」


「なるほどぉ」と言いながらパクつく花子のトーストにはマーマレードが乗っていた。

 悪くは無いけれど俺は朝に甘い物は苦手だ。

 だから自分の分にはたっぷりとバターを塗っている。


 あれ、わたしはどうだったろう。

 イチゴジャムを塗っていたような?

 でもそれはロシアンティの方だったような気もする。

 それに朝は紅茶なんて飲まない。

 飲むのはホットミルク、いえカフェオレだったかな。


 でも朝のバタバタしているときに、わざわざカフェオレなんて作って飲まない・・・・はず


 それとも、スーパーの特売でまとめ買いしてきた市販のものだったろうか?


「卯月さんは一日中お家に居て退屈ではありませんか」


 花子の声で思惑から引き戻された。


「いや、花子の蔵書読んでるから退屈はしないよ。見たことの無い本ばっかりで目移りしてるくらいだ。それに午前と午後とで町内の散歩、もとい町内巡回兼買い物なんてしているし」


 俺とわたしは一緒にコクコクと頷いた。

 自分で自分に頷くというのも妙な感じだ。

 何より、これだけお世話になっている花子にあまり面倒は掛けたくなかった。


「でも、お外に出るのがお買い物とお散歩だけというのも些か味気ない気がします。どうでしょう、今日はお天気も良いですしお昼はちょっと遠出をして、川辺でピクニックなんてのは。お弁当奮発しますよ」


 ふむ、それは悪くない。


「じゃあ行ってみようかな。花粉のシーズンも終わったしね」


「そうです!あの悪夢の季節はどっか行っちゃいました。これだけの日本晴れ、行楽日和に部屋でジッとしているのは勿体ないですよ」


 そう言って小さくガッツポーズをすると「やっふーい」と気勢を上げていた。

 高々と掲げ上げたスマホからは脳天気なメロディが流れ出ている。

 テクノっぽく編曲されていたので一瞬分らなかったが、ヴィヴァルディの「春」だった。

 相変わらずだなと思った。


 そんな様子を見ていると、とてもこの子が人外生物だとは思えない。

 何処をどう見ても素直で可愛らしい女子中学生だった。

 まぁ最近はアレを目の当たりにする機会もめっきり減って、今の姿が本来の姿なのでは、などと、勘違いする時間が長くなったせいなのだろうけれど。


 いずれにしても彼女とはこうして良好な関係を築けている。

 それは花子の性格に寄っているところがとても大きかった。


 小一時間ほど台所に籠もっていた花子は、かなり大きめのバスケットを手に「お待たせしました」と居間に出てきた。

 二号ちゃんが手を伸ばそうとして、ぺし、と叩かれている。


「悪いね。弁当全部任せっきりにしちゃって」


「いえいえ、お料理は好きですからどうということはありません」


 そして三人で連れ立ってミニピクニックへと洒落込むことになった。

 花子が言うには町の中を抜ける小川の縁を通る遊歩道を行き、そのまま堤防のある大きな川へと出るのが一番景色が良いのだという。


「こんな道は知らなかったな」


 三年前、中学二年の時に越してきたわたしは兎も角、ずっとこの町に住んでいる俺ですら知らなかった。

 遊歩道は一面古びた茶褐色のレンガが敷き詰められていて、川縁の緑と良いコントラストを作っていた。

 レンガの痛み具合といい年期の入った手すりといい、かなり以前から在ったのは間違いなかった。


「この辺りには学生さんたち、先ず通りませんからね。学校からも離れていますし、町の外れで主幹道路ともちょっと縁遠い場所です。でもお陰で静かでしょう?」


「確かに」


 そよぐ風に誘われて空を見上げれば、うっすらとした色合いの水色の空が見えた。

 こうやってマジマジと空を見上げるなんて随分と久しぶりな気がした。


 ほらやっぱり外の方が気持ちが良いでしょう、などとわたしが得意げに言うと、悪くはないねと俺は素直に同意するのだ。

 一人で二人分の言い合いもボクの中では当たり前になってしまった。

 まぁ時々衝突したりもするけれど、四六時中一緒なのだからそういうコトもある。


 不意に「仲直りは出来ましたか」と花子が声を掛けてきてちょっと吃驚びっくりした。

 勿論もちろんソレは二号ちゃんとのコトではあるまい。


「声に出てた?」


「いえ、ほっとした表情だったのでそうなのかなぁ、と」


「仲直りというのもオカシクない?どっちもボクなんだしさ」


「でもちょっと前までご機嫌斜めだったでしょう」


 よく見てるな、と思った。


 確かに少し前、本ばっかり読んでる俺に焦れたわたしが外に行きたいとせっついて、双方意地の張り合いみたいなやり取りがあったのだ。

 お互いがお互いとも相手の思惑が分っている(っていうか筒抜けなんだけれども)から、単に自分会議で思惑が対立しているに過ぎない。


 でもその時は「ココを譲ったら負け」みたいな気分がボクの中で二つに分かれ、侃々諤々(かんかんがくがく)の一人討論が始まったのである。


 端から見たら「何をお莫迦なコトを」思われるかも知れないが、ボクにとっては大事な儀式セレモニーだった。


 二人は出会って惹かれ合って(文字通り)一緒になりましためでたしめでたし、では余りにも呆気なさ過ぎ。イベント成分足りなさ過ぎだろう。

 それに俺とわたしがアレでお終いというのもちょっと無いんじゃないかなぁ、とも思うのだ。


 何というか、今のボクに不満が在る訳じゃ無いのだけれども、自分というか俺とわたしがちょっと可哀相、みたいな気分があった。

 もうちょっと、泣いて笑ってケンカしておきたかった。


 だが望んでケンカしたい訳でもないし、意地を張り合ってギスギスした時間を過ごしたいわけでもない。

 ただ少し二人で何かやって置いた方が良いのではないか。

 もう登校して教室で挨拶を交わす訳でもないし、俺やわたしの制服姿を眺められる訳でもないのだ。


 それぞれに「ソコは違う」という部分を口に出して言っておきたい。


 そうしないと勿体ないというか、唐突すぎるというか、そこはかとない不安がった。


 何だか、今の内にやっておかないと後悔しそうな気がして。

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