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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第二幕 破裂と解散は似ているようでチト違う
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2-10 唐揚げは美味しかったけれど

 子爵様は「出かけてくるのでしばし待て」と言って、花子を先頭に兵と連れ立って出て行った。

 ボクの傍らには護衛だなどという言い訳と共に二人の兵が着いている。

 けれど、余りにもあからさまだ。

 保険のつもりなのか、それとも手に入れた手駒を無くしたくないのか。


 チラリと脇の兵を一瞥した。

 視線が合ってジロリとにらみ返された。

 やれやれだ、と思った。


 そして花子はああ言ったけれど何か算段があるのだろうか。

 町区長さんの所に連れて行ったとしても上手く解決出来るとも思えない。

 それに彼女が普通じゃ無いと周囲に知れたら、また面倒な事になるんじゃなかろうか。


 色々と気を揉んでいたら、小一時間もした頃にひょっこりと花子一人で戻って来た。

 そして「あなた方タイヘンですよ」と何処か慌てた風に、かたわらの兵二人に訴えるのだ。


「あなた方のご主人が面倒なコトになってます。町区長さんと口論になり一触即発の状態です。わたしはあなた方を呼んで来いと言われて飛んで帰ってきました。加勢に行った方が良いです。案内しますよ」


 言われて兵の二人は顔を見合わせ、ボクを一瞥し、もう一度花子を見てから「案内しろ」と言った。

 そして再び、花子は兵と共に家を出て行き、今度は五分もしない内にまた帰ってきたのである。


「あ、あれ、随分早いね。町内区長さんの家ってそんなに近いの?」


「いえ、あの二人は道沿いの川に放り投げて来ました」


「放り投げてって、槍持ってなかったっけ?それに事も無げに言うけれど、子爵様の言伝はどうするのさ」


「ああ、ソレは口からでまかせですから。

 あのタヌキーな子爵様もお供の人達同様、川に流されてアップアップしてる筈です。或いは適当な川瀬に辿り着き『酷い目にった』と溜息ついているかもしれません」


「え、えええぇ。ソレまずくない?怒って仕返しに来たりしたら」


「大丈夫ですよ。本来この町に流れていない川に叩き込んでやったので、此処ここへ戻ってくることはありません。心配無用です」


 花子の話ではどの町にも必ず埋め立てられたり、暗渠になったりしている川があって、そういう川の行き先は「此処ではない別の何処か」につながっているのだそうだ。

 そしてその川で溺れたり流されたりした者は、二度と見つからないのだという。


「怖いなぁ」


「普通に暮していたら足を踏み入れる事はりません。入り込んじゃうのは大体踏み外しちゃった者たちですね」


「じゃあ、ボクも危ないわけだ」


「大丈夫です。もしもの時はわたしが助けます、絶対です。約束しますから。でも出来る限り川には入らないように気を付けて下さいね」


 要はマンホール世界とやらもその川の延長で、「流れている筈の無い川」が形を変えた姿らしい。

 言われてみれば確かに下水道は暗渠あんきょだよな、と思った。


 そう言えばホラー映画の題材にもあったな。

 川の向こう側があの世だという話は、怪談ものの定番じゃないか。


「三途の川なんてその最たるものですしね。

 外国でも川向こうが別の世界だという話はいっぱいあります。それに四つ角とか、坂の上や下、或いは丘の向こう側、谷や山の稜線、世界の変わる境目は至る所にありますから」


迂闊うかつに道も歩けやしない」


「卯月さんは大丈夫ですよ、二人で一人ですから。お互いにお互いを繋いでいるので引っ張られる事はありません。気を付けねばならないのは川とマンホールだけです。暗闇の水は自身を映す鏡ですので」


 十分注意しよう。

 そしてあの子爵様はタヌキだったのかと言われて初めて気が付いて、ボクのことを「サルヒトの娘」と呼んだことにも合点が付いた。


「その談で言うのなら彼らは自分達を何と呼んでいるのかな。タヌキヒト?」


「タヌヒトだそうですよ」


 ほう、そうでしたか。

 タヌキやキツネは化けて欺すというけれど、あの子爵様ご一行にそんな特殊能力が備わって無くて良かった。

 更にめんどくさいコトになる所だった。


「まぁその手の動物が人間のマネをするというのは、昔話にもよく出てきますから。それにもしかすると、人間の方があの方々のマネをしているのかもしれませんよ」


「嫌な着眼点だね」


 この世界にはサルから進化した人類しか居ないが、様々な世界の中にはタヌキから進化した人類と共存している世界もあるらしい。

 その内に魚とか恐竜とかから進化した人類もマンホールから這い出てくるのだろうか?


「わたしはまだ見たことありませんが居るでしょうね。そもそも霊長類なんて、イレギュラーな動物が知能を持つ方がおかしいのです」


「猿はオカシナ生き物だっていうの?」


「まぁおかしいというのはいささか語弊がありますか。この世界は本来恐竜さん、というよりも鳥さんの人類が総べるのが筋だと思いますよ。鳥さんは現代に生きる恐竜さんらしいですから」


「え、鳥が?」


「はい。学者先生の分類によれば、爬虫類の中に恐竜さんが居て恐竜さんの中に鳥さんが居るのだとか。

 ですので最近は全部ひっくるめて竜弓類と呼ぶのだそうです。

 ビックリですよね。


 しかも哺乳類は五五〇〇種程度なのに、鳥類は一〇〇〇〇種を数えます。

 お猿さんから人類の祖先が生まれて高々六〇〇万年。

 ひるがえって現代の恐竜と呼べる鳥さんは約一億九〇〇〇万年前にその始祖が誕生してます。

 数も種類も歴史すらも圧倒的ではないですか」


「そ、そうなんだ」


「まぁ知能が高くなるコトが進化における最大の成功例として扱われているのも、歪んだものの見方ですけれどもね。

 大切なのは如何いかにして生き延びるのかということです。

 繁栄繁殖してこその生き物でしょう」


 でもそんなご大層な講釈の最中に、この夕飯ってのはどうなんだろう。


 今晩の夕餉は鶏の唐揚げにウズラの卵のサラダだ。

 鶏ガラのスープまであるし、まさに鳥づくし。

 花子は、お味の方はどうですかスパイスは自家製なんですよ、などと楽しそうに話している。何だかなぁと思った。


 ひょっとして何かがまかり間違えば、鳥的な人類が猿的な焼き肉を食べてる世界があったりするのだろうか?


「そう言えば卯月さんは、タヌキ汁というものを召し上がったことはありますか?」


 「無いね」と答えつつ、止めてくれとも思った。

 決して愉快な相手ではなかったけれど、トンジル子爵の顔がちらついて、とてもではないが食欲が湧いて来そうにもない。


 夕飯の唐揚げは美味しかったけれど、この微妙な気分はしばらく晴れそうにも無かった。

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