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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第二幕 破裂と解散は似ているようでチト違う
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2-9 ボクをダシにしていただけだったんだな

 我らをこの地に導いたのは神のご意志である、とトンジル子爵は宣言した。


「卑しくも哀れなこの地の民は我らが神の御名に触れる事も無く、その教えを賜ることもない。

 なれば、此処に我らが辿り着いたるは、此の地にゴクラクの教え伝え広めよとのご神託である。

 故に此の地の民を救うのは我らの勤め、我らの義務である」


 あ、ヤバいと思った。コレって侵略とか、違う宗教同士の対立だとか、歴史の教科書に載っている戦争の切っ掛けになるロジックじゃなかろうか。


「あ、あの子爵様。ちょっと待って頂けませんか」


「おうウヅキ、虐げられし哀れな娘よ。心配は無用。すべてこの我に任せるが良い。

 そなた懸念そなたの不安をことごとく払拭し、真の歓びと幸福の道へと案内しよう」


 そこな禍々(まがまが)しき異形よ。おまえの悪行もここまで。

 我らがゴクラクの神の使徒の足元にひれ伏すのだ。

 改心しゴクラクの教義に服すると言うので在れば命だけは助けて進ぜよう。

 そしてこの家屋敷地共々シーバレッテン伯家の領地と定め、この野蛮な地を救う為の拠点とすることを宣言する。


 そんなコトをのたまうのである。


「ええぇ、何ですかそれ。此処ここはわたしのお家です。土地も家も五二年前にこの町の不動産屋さんから正規の手続きで購入したものです。そんな一方的なコト言われても」


「やかましいっ、人を拐かし世を乱すあやかしめが。この場で成敗されぬことを幸せと思え。我の温情も限りがあるのだぞ」


「子爵様、ですから短絡は止めましょうよ。この子は別に害が在るわけでは」


「ウヅキよ、そなたはたぶらかされておるのだ。我がそなたを導くとうておろう。」


 再び子爵様のご高説が響いた。


 我らが神の祝福を得、真の幸福を知った暁には歓喜と感謝の涙を流すであろう。

 いやいや礼には及ばぬぞ、民草を安寧へと誘うのが神の使徒足る我らが使命。

 力を持つ者は責務を背負い、それを果たす義務がある。


「それが世のことわりであるからな」


 この毛むくじゃらなお方は自分の言葉に、己の使命感に酔っていた。

 「落ち着いて下さい」とか「子爵様が使命に駆られずともこの町は安全です」とかたしなめる言葉を掛けるのだがまるで聞く耳を持たなかった。


 いや、違うな。

 これは意図的に他者の意見を聞こうとしていないのだ。

 自分の意見をゴリ押しする為だけに、さももっともらしい台詞を口にしているに過ぎないのである。


「案ずるな。我とて端から事を荒だてるつもりはない。

 神の御名と祝福の元、平和裏にこの地に住まう者たちを説得しようというだけの話だ。

 とはいえ此の地はいささか不案内。

 町であるなら顔役なり長なりが居るであろう。その者が住まう場所へ案内してはもらえぬかな」


「あ、その、ボクはその人たちの家も知らなくて・・・・」


 知らないのは本当だけれども知っていてもたぶん同じようにったろう。

 何となくボンヤリだけど、この人達をそういった公の役職に携わる人たちに会わせちゃいけない気がしたからだ。

 絶対に厄介なことになる。

 どうしようと焦っていると、かたわらから声がした。


「町区長さんのお家でしたらわたしが知っています」


「は、花子」


 取り乱していた先程とはうって変わり、背筋をぴんと伸ばしてトンジル子爵を静かに見つめていた。

 落ち着いてはいるけれどそれでいいの?

 果たしてこの御仁を案内してよいものなのか?


 止めといた方がイイと目線で訴えたが、彼女はちょっと引きつった顔でニコリと微笑み返しただけだった。

 こういう状況でよく笑えるものだとちょっと感心した。

 でも、迂闊うかつな事は言わない方がいいんじゃないかな。


「ほう、もののけ。お前が案内をするとでも云うのか。助かりたい一心で口からでまかせを語るのならこの場で串刺しにしてくれるぞ」


「ま、待って下さい。町の偉い人は知りませんがそれに連なる人なら知ってます。ボクが案内しますよ」


 この人達を警察に連れて行こう、そう決心した。

 得体の知れない連中だから躊躇ちゅうちょしていたけれど、花子に危害を及ぼすというのなら指を咥えて見ている訳にもいかない。

 いまこの状況は完全にボクの手に余る。

 そう思って慌てて割って入ったのだが、「大丈夫ですよ」と当の花子に押し止められてしまった。


「卯月さんは心配しないで待っていて下さい。すぐに戻って来ますから」


 子爵様は品定めするようにボクと花子とを見比べた後に、「まぁよかろう」と言って花子の腕を引っ張った。

 そして部屋の隅に連れて行くとそっと懐の短剣を抜いて、花子の喉元に当てる姿がチラ見えた。

 声を潜めて、ボソボソと脅す声が漏れ聞こえる。

 おかしなマネはするなよ、あの娘が怪我をするのは本意ではなかろう、とかなんとか。


 子爵様、迂闊うかつに過ぎます。

 ご自分の恰幅のある体躯で隠れていると思っているみたいだけれど、生憎とボクの目線は完全にあなた方の頭越しなのですよ。

 身長差が倍ほどにあるのをお忘れですか。

 ハッキリ言って丸見えなのです。

 それに確かにひそひそ声だけれども、あなたのその甲高い地声ではズズ抜けです。


 それはちょうど、公園の隅で内緒話をする幼児たちを大人が上から眺めるみたいな構図だった。


 何と言うか脇が甘いというか、自分のことしか見えていないというか。


 しかしお陰でやっぱりボクをダシにしていただけだったんだな、と確証を得ることが出来た。

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