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異形とマンホールとボーイミーツガール  作者: 九木十郎
第二幕 破裂と解散は似ているようでチト違う
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2-6 少なからず好奇心を刺激されてしまうもの

 好きな人と一つになるというのは、好き合った者同士の願望らしい。


 今のボクが云うのも何だけれども、そんな気持ちになる前に物理的に一つの生物になった者には、かような甘酸っぱい途中過程が無くて今ひとつぴんと来なかった。


 というか、期待して見ていた映画なのに配給会社のロゴマークの後、唐突にエンディングのスタッフロールだけを見せられている気分だ。

 肝心な部分は全てオミット。

 「ご感想は」などと言われてもそんなモノが湧いて出てくる筈もない。


 しかし気持ちが湧いて出て来なくてもなんとなく分るような気がするのは、一つの身体に同居して混ざり合っているからだろうか。

 でもそれはただの結果であって、感情で共感出来たというコトじゃあない。

 大事なのはお互いに積み重ねる時間、二人で育む日常だろう。

 返せ戻せと言いたかった。

 そもそも、ふたり一緒に下校してそれでお終いというのはあんまりじゃないのか?


 確かに、あそこでぺっちゃんこになったままそれで終了、よりは遙かに幸運だとは思うけれど。

 それでもやはり釈然としない。

 悶々とする。

 割り切れない。


 俺はしばらく何もせずに黄昏たそがれて居たかった。


 だがわたしは「ジッとして居たくない」と言って自分自身を駆り立てた。

 悩んでいても始まらないし、考えなきゃ為らないのはこれからのコトだろうと思うからだ。


 別にムリクリ外に出なくともいいじゃないか。


 家に籠もっていたら気持ちまで暗くなっちゃうわ。


 時折俺とわたしはせめぎ合った。

 そして自分会議の後に妥結点を見いだして、しかるべく行動するのが今のボクだった。

 ホンモノの彼氏彼女たちもこんな具合に、日常の子細、色々なコトを話し合ったり語り合ったりするのだろうか。

 やっぱり家族とは違うのだろうか。


 弟と莫迦話をしたり親の小言に反発したりするけれど、四六時中一緒って訳でもないしな。


 相手の気持ちが分っているからこその、反目だの同意だのってのもあるんじゃない?


 どうなんだろう、と俺は小首を傾げ、どうなのかしらとわたしも腕を組んで悩んだ。

 俺もわたしもただ意思の疎通だけじゃない、相手の感情だって正に手に取るように判る。

 当然だ、同じ身体に二人分の記憶と心が混ざり合って在るのだから。


 確かにSNSでも彼氏彼女との間で分刻みのメール交換をするという書き込みを読んだことはあった。

 でも、今の俺とわたしが世間一般的にいう「付き合っている」状態なんかじゃない、その程度のコトくらいは分る。

 こんなんが普通であってたまるものか。


 それでも「俺」は俺の意見として「わたし」の意見を尊重したかった。

 自分が自分とケンカしてどうするという至極当然当たり前の話とは別に、俺ではないわたしを大切にしたい、そう思う気持ちがあったからだ。


 その途端わたしの微笑む感情があった。

 ジワリと胸が熱くなる感覚すらあった。


 照れくさくなった気持ちもそのまま相手に筒抜けで、ちょっと居心地が悪くなった。

 そして俺のソレもまたわたしの知るところであって、お互いに何とも言えない気持ちに苦笑した。


 コレってちょっとおかしいよね?


 でもわたしたちしか分らないことなんだし。


 黙っていれば誰に知られることもないと言われ、それもそうか、と俺も応えた。


 そんな訳で日中は町中をブラブラと徘徊することにした。

 もちろん夕飯と明日の朝の食材や、日用雑貨の買い出しも兼ねてである。

 花粉舞い散るこの季節、外出が苦行だという花子の肩代わりだった。

 この程度で彼女の恩義に報えているとは思ってないけれど、多少なりとも役に立てるのならやっておきたかった。


 コレって散歩デートってやつ?


 なんかちょっと違う気もするけれど、これはこれでいいんじゃない?


 それもそうかと俺は応え、まぁ気楽にいきましょうよとわたしも応えた。


 こんなやり取り、端からすれば二重人格とか言われちゃうんだろうな。

 まぁ心が二つあるのは間違いのない話だし反論なんて出来ないのだけれども。

 これはコレで構わないんじゃないかな。


 そんな訳で昼間は徘徊、もとい巡回で夜は読書をすることにした。

 そしてこれが俺とわたしの「日々の予定」となった。




「卯月さんは、自分の家の周りに幾つマンホールがあるのか御存知ですか」


 昨日の問答の後に花子はそんな質問をしてきた。

 知らない、と答えたら「電柱の本数でも良いですよ」と言うのだがやはり返した答えは同じだ。

 そりゃそうだろう、普通は数えたりなんかしないものだ。


「身近にあるもの、見慣れているものでも気に留めなければハッキリと意識しません。意味がありませんからね。ソレを利用して連中は、ヒトたちの生活日常風景の中に潜り込んでいるのですよ」


「へえ。そういうもの?」


「はい。ちなみに、この町には様々な種類のマンホールが有りますが、彼らが作った彼ら専用のものがたくさん在ります。

 たといお役人やマンホールの管理に携わっている方々でも、自分の仕事範疇外、管轄外のモノには目にも暮れませんからね」


 じゃあ、あの白い手が出てたヤツがその一つなのだろうか。

 そう言ったら、既存の穴に潜んで居るモノも居るので一概には言えない、覗くくらいならどうというコトは無いが入ったりはしない方が良いと言われた。


「ですので、卯月さんは基本的にマンホールにはノータッチで居て下さい。

 うっかり入り込んで迷ったりしたら出てこれなくなっちゃいますよ。

 出てきたモノも見て見ぬ振りということでお願いします。

 マンホール世界は重なり合った多元宇宙ですからね。

 それはパイの生地よりも濃密に折り重なっていて、入り口を見失ったらそれっきりの深い底なしの淵です。

 行ったきり帰って来れなく為ったモノも少なく無いのです」


 怖いですよねぇ、と言って「ふおぉおお~ん」と不安を煽る効果音が聞えた。

 またしても彼女のスマホからだった。

 ホントに好きだな、ソレ。


 しかしマンホール世界って何だよ。

 造ったのがお役所の土木課だか企業だか知らないけれど、あれはただのコンクリート製の地下道。

 人類が設置した施設だったと思うけど。


「まぁその辺りも擬態というか、適応の一種ですよ。彼らとて好んで目立ちたい訳じゃありません。お互い不干渉で平穏に共存出来るのなら、それに越した事はないではありませんか」


 分るような分らないような。

 それに作ったということは、あの細い蛇みたいな手を持つ連中が鉄筋だのコンクリートだのを駆使して、大規模な土木工事をやらかしたということなのだろうか。

 材料はどうやって、とか、どのようにして穴掘ったのか、とか解せぬ疑問が次から次へと湧いてくる。


「深く考えたら負けです」


 そんなコトをぬかすが勝ち負けの問題じゃ無いと思う。

 だが入らない方がイイと言うのなら、その言葉に従うのが賢明だろう。


 タゲンウチュウ云々は兎も角、猫ぐらいの大きさのドブネズミの集団や、ご家庭から逃げ出した巨大アナコンダや掌サイズの毒蜘蛛の群れなどに襲われるのは御免被りたい。

 君子危うきに近寄らずとも云うし。

 そんな訳でマンホールの件は「そういうモノだ」ということで、深く追求するのは止めた。


 でもしかし何だ。

 普段ちょっとお目にかかれない状況を目の当たりにすると、少なからず好奇心を刺激されてしまうものなのである。

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