94.八月十日 午後 初めてのプール
夏休みなのは学校へ通っている生徒や学生のみなのだから、金曜日は行楽地でも空いている、と言う理論の元、土日になる前にやって来たのがここ久野高校である。
「スゴイ混んでるね……
いくら海なしの民とは言えちょっと混みすぎなのでは?」
「しかも久野小中の生徒はいないんでしょ?
どこからこんなに集まって来てるんだろ、ってあそこクラスの子だ。
あっちは金井小だった子じゃない?」
「久野小も中学もプールがあるからね。
中学も一般解放したらいいと思うんだけど、夏休みの補習授業で使ってるの。
小学校のプールは入学前の子たちと親向けだし」
「これでは泳ぐ練習どころではないわね。
誰にもぶつからずに水に浸かれたら満足しないといけないくらいだわ」
「はあ、海もプールも無い地区ってのは大変だなぁ。
もし白波に来ることがあったら空いてるとこ案内するからさ。
車ならまあまあ近いんだっけ?」
「あの校外学習の時はバスで四時間くらいだったわね。
あまり近いとも言えないけどどうなのかしら。
運転手の板倉さん次第だけどあまり無理は言えないわ」
「そうだよね、最近何度もお世話になっていて悪い気がするし。
でもすごく運転が上手だよね、パパの運転で遠出だとすぐ酔っちゃうもん」
「車のレースやってた方だから上手なのかもしれないわね。
それがどういうものなのかは知らないのだけど、きっと簡単ではないでしょ?
休みの日にはオートバイにも乗っているわね。
お母さまの弟とは若い頃のバイク仲間だったって言っていたわ」
「へえオートバイか、ウチはちょっと憧れてるんだよなぁ。
実はもう免許取れる年齢になったしさ。
まあでも取る金もおバイク買う金も無くてしばらくは無理っぽいけどー」
こうして女子五人と言う大所帯ではるばるやって来た久野高校のプール解放だったが、おしゃべりに夢中になれる程度には混雑していて、とても泳ぐ練習どころではなかった。
「これでは何しに来たのかわからないわね。
でも水の中に入るのがどういうものなのかはわかった気がするわ。
泳ぎもそれほど難しくない気がするのだけど簡単に考え過ぎかしら」
「八早月ちゃんは運動神経いいからすぐ泳げそうだよ。
あんな重い木刀軽々振っちゃうんだもんなぁ」
「えっ? 綾ちゃんってばまさか朝の鍛錬に参加したの!?
すっごー、アタシなんて見てるだけで疲れちゃうかと思ったのに」
「参加なんてとんでもない、木刀振らせてもらっただけだよ。
何回か振っただけでもうバテバテだったなぁ、八早月ちゃん凄すぎ」
「ウチもさ、普段バット振ってるからって甘く見たらめちゃキツイんだこれが。
腕がパンパンになって、朝飯の後すぐに二度寝しちゃったよ。
八早月の体力はヤバすぎ、マジで一人だけ息が上がって無かったもんなぁ」
「相変わらず四宮先輩もしごかれてるんだね、かわいそー
そこがまたカッコいいんだけどさ」
「でた、夢の瞳がまたハートマークになってるー
そんなに気になるなら告白してみればいいのに」
「いいのいいの、私にとって四宮先輩は眺めて楽しむ対象だから。
はあ、誰かきれいな人と付き合って並んで歩いていたら尊いのに」
「わからん、ぜんぜんわからん。
今時の中学生はそういうのが好きなのか?」
「やだなー、こんなの夢だけですよ。
そう言えば高校生だとやっぱり彼氏とかいるんですか?
好きな人でもいいですよ?」
「それがさ、うちの高校って田舎クサい男子ばっかなんだよね。
うちの弟が一番カッコいいってのが終わってるよねぇ」
そんな話をしながら一息入れると言うか、混雑から逃げてひと息入れようとすると丁度休憩時間となった。体を拭いてからプールサイドへ座り込むと、久野高の水泳部だろうか、競泳水着を着た競技者らしき生徒が数人現れた。綾乃が言うにはどうやら休憩時間には水泳部が練習するらしい。
こうして三十分の休憩となり水泳部の練習を眺めることになったのだが、さすが本職、その泳ぎは華麗で美しく、八早月はまるでイルカのようだと、見たことも無い海の生物に例えていた。
初めて見る本格的な水泳は八早月の目にはとても優雅で美しく、そして力強く感じられとても刺激的だった。思わず目を奪われるしなやかな肢体、空中で浅い弧を描いてから水しぶきを上げ水中へ。そこから力強く泳ぎだす姿を見とれてしまうほどだ。
それに、泳いでいる速度はイメージと全然異なっていて、これが競泳と言うものかと肌で感じるには十分だった。さすがにこれほど泳げるようになるには相当の鍛錬が必要だろう。
その時――
『真宵さん! 警戒をお願いします。
まさか水の中ですか!?』
『水の中に一、二、三体でしょうか。
それに向こうの小さな建物からも怪しげな気配が発せられております』
真宵が水泳部の更衣室を指さした。その小部屋は来客用の更衣室とは別に設けられている専用棟と言うには小ぶりすぎる物置のような小さな建物である。そんなことよりまずは早く練習をやめさせなければ、そう考えたのは八早月だけではなかった。




