84.八月三日 午前 緊急連絡
夏休みに入って約一週間、高岳零愛は憤っていた。なぜあの子はこんな名産品だか何かと一緒に手紙を送ってきたのだ、と。零愛はスマホを取り出して手紙に書いてあった番号を打ち込んでいく。
「もしもし? 櫛田八早月さん?
ウチのことわかる? 高岳零愛だけど?」
『あら、どうしたのですか? もしかして荷物届いたのかしら?
瓶詰はうちで働いている玉枝さんが作ってくれた近所で取れる山菜の佃煮です。
容器に入れてあるのは岩魚の甘露煮でとてもおいしいからぜひ味わって下さいな』
「そうじゃなくてさ! なんで連絡くれなかったのよ!
こっちに荷物送ってきたってことはウチが出した手紙届いたんでしょ?
ちゃんと連絡先書いといたんだから、すぐにメッセなり電話なりくれれば良かったでしょ!」
『なるほど、言われてみれば確かにその通りだわ。
手紙をいただけたのが嬉しくて、すぐに返事を書き始めてしまったのですよ。
よくよく考えてみれば確かにお電話すれば良かったわ。
でも高岳さん? あのお手紙書いてあったことはさすがに無理がありましたよ?』
「ウチなんか変なこと書いてた?
ちゃんとトビ―― 弟にもチェックしてもらったんだけど?」
『出した手紙が戻って来るから私からメッセージ送るよう言われてもね。
それは無理な話だと、機械音痴な私でもすぐわかりましたよ?
しかも手紙が届いていないのだからその内容を知ることもできないのだし』
「ああ…… それは確かにそうだったね……
でも手紙を受け取ったらすぐにメッセくれたら良かったのに!
小包の日付を見たら届くまでに五日くらいかかってるのよ?
日本全国どこへ送っても普通は長くて二日くらいだと思ってたのにさ。
隣の県のはずなのに、一体どんなところに住んでるわけ?」
『まあ相当の山奥と言う事だけは確かだわ。
でも荷物は町から出してもらったからもっと早く着くと思っていたけれど。
不思議なこともあるものですね』
確かに時間はかかってしまったかもしれないが、八早月は無事に荷物が届いたことにホッとしていた。せっかく仲良くなれそうなのだから、自分が好きでおいしいと感じているものを知ってもらいたかったのだ。
「それでね、せっかくだから遊びたいなって思ってるんだけどさ。
こっちまで来るのはきっと難しいよね?」
『難しいも何も、まずそこがどこなのかがわかりませんよ。
学校に聞けばわかるかもしれないけど今は夏休みで確認できないし……
でも車で送って貰えば行くことは可能ではないかしら。
学校行事の時にもバスで行ったと言うことは道は繋がっているのでしょう?』
「そりゃそうよ…… やっぱアンタなんだかずれてて面白いわね。
まあどのくらいの田舎なのか興味あるからウチが行こうかな。
こっちは弟に任せておけばいいし、そもそも義務でもないからさ」
『お役所の方は普段のお役目についてなにも言わないのかしら?
命令されるわけではなく、討伐の報告もしていないということ?』
「そんなのあるの? やっぱり旧家はなんか面倒そうだね。
ウチらにはそんな義務とか監視とか全然ないよ。
もやもや様を見かけたら倒すってだけだもん。
もうそろそろ海水浴シーズンだし、海の事故が増えてくるんだよねぇ」
『そうよね、あなたのところへ行けば海水浴が出来るということね。
凄く魅力的だわ…… やはりこちらから行こうかしら』
「そりゃ来てくれりゃ色々と案内も出来るけどさ。
車で送ってもらうって、大丈夫なのか? もしかしてお嬢様?」
『細かい概念はわからないけどそんなに特別ではないと思うけれど?
山奥に住んでいるからどこへ行くにも車が必要なだけですからね。
高岳さんがこちらへ来るとしても同じ距離なのだから気にする必要は無いわ』
「そう言われてみりゃそうかもなぁ。
来てくれるなら待ってるよ、ウチは特に予定無くて部活くらいだからさ。
海で泳ぎたいならクラゲに刺されないよう、まだいない盆前にした方がいいぞ」
『クラゲ! 私見たことないのよ。
でも今週末から来週にかけては神事があるから出かけられないわね。
その次の週は盆で氏子さんたちの家を回らなければならないから無理と――
―――― うーん、残念ながら自由が効くのは二十日過ぎかしら』
八早月は思わず反応してしまったが別に刺されたいわけではない。ただクラゲと言うものを図鑑でしか見たことが無く、あの透明な姿に興味が会ったのだ。しかし零愛にはあっさりとスルーされ別の話題へと移っていく。
「やっぱ旧家いろいろ大変なんだなぁ。
つか神事とかに関わってるってことは巫女とかの神職なのか?」
『ええ、わかりやすく言えばそうね、私たちは八岐大蛇様にお仕えしているの。
だから妖退治だけでなく神事にも駆り出されるのが当前というわけ』
「その神事ってのはいつやるんだ?
ちょうどいいから観光にいこうかな、観光と言うより見学かもだけどさー
ウチらってそういう神事ないからちょっとうらやましいよ。
一応管理してる祠はあるんだけど、掃除するくらいだもん」
『見学もいいかもしれない、楽しいかどうかは別にしても経験にはなるでしょう?
でも儀式自体は八月の八日だけれど、前日は準備で慌ただしいのよ。
もし来てくれるなら六日中がいいでしょう、わかっていれば駅まで迎えに行かれますしね』
「よし、夏休みで暇だからお邪魔させてもらうよ。
きっとホテルとかないんだよな?」
『うちには部屋が沢山余っているから泊まるところは大丈夫、古い家だけれど
なるべく口に合うものも用意するけど嫌いなものがあったら教えておいて頂戴。
弟さんも一緒にってわけにはいかないかもしれないのが残念ね』
「アイツはいいんだよ、どうせ毎日部活があるからな。
それじゃ近くなったらまた連絡するわ、よろしくー」
八早月は零愛が四つも年上だなんてことはすっかり忘れており同い年の友人同様に接していたが、零愛もまたそんなことは微塵も考えていなかった。学校の友人とは異なる、似たような伝統を背負った者同士がお互いの価値観を認め合っている、そんな関係がすんなりと築けたようだ。
それにしても中学へ上がり歳がたった一つ増えただけなのに、世界は随分と広がり知らないことや楽しいことに溢れた日々がひっきりなしにやってくる。八早月はそんな毎日に満足しながら、やはり見聞を広めることは素晴らしいと感じていた。
通話の終わったすまほを手に余韻に浸っていると、いつの間にか初崎宿からのメッセージが届いていることに気付く。簡潔な報告分と共に添えられていた写真を見た八早月は、すでに機嫌が良くにこやかだった表情をさらに明るくさせ、大急ぎで宿へ返信をしたためるのだった。




