73.七月二十三日 夕方 儀式の準備
午前中に父親の運転でやって来た寒鳴綾乃は、両親も交えて櫛田家で一緒の昼食を取った。八早月にとっては質素な田舎料理でも、町から来た寒鳴家の一員にとっては珍しい山の幸だったようで、言われた方が恐縮してしまうくらい感激されてしまった。
その後一休みしながらおしゃべりをしたり、夢路に借りた漫画を読んで好みを語り合ったりしているうちに儀式の時間が迫ってきた。儀式自体は夕陽が沈むころからなのだが、その前に八岐神社で説明を受けてから清めの沐浴を行い、髪を乾かし着替えもあると、なかなか忙しいため早めの出発である。
神社までぞろぞろ歩いていくと約三十分程度かかる。暗くなるまでにはまだ時間があるが、道のりは山道で薄暗く、外部の人にとっては不気味な雰囲気と言えなくもない。
『ギュゲーン!』
「ひゃっ、な、なに!? 今のは鳴き声!?」
「ああ、アレはキジの鳴き声だから気にしないでいいわよ。
もしかして緊張しているのかしら?」
「そりゃ緊張もするわよ。
この道もなんだか雰囲気あるしね……」
「お化けが出そう? ふふ、ちゃんと八岐大蛇様が護って下さるから大丈夫。
これから綾乃さんだってその力の一部を授かるのよ?」
「お祓いってそんな大仰な話なの?
私はてっきり神主さんが目の前で棒みたいなのを振るくらいって考えてた」
「そうね、お祓いだから棒は振るけど、あれは大麻と言うのよ?
まあお祓い棒でもいいけど一応ね」
おしゃべりをしているうちに綾乃の怖さも引いたようで、意気揚々と言った様子で山道を進んだ。それでも到着するころには汗だくとなり息も上がっていた。
「それではご本人様とご両親はこちらへどうぞ、儀式の説明を致します。
筆頭さまはまだ大分早いのですが、お友達でしたな?
清めの前にもう一度お会いしますか?」
「そうね、綾乃さんも不安だろうから出来るだけついていたいの。
宮司さんにはご面倒おかけします」
「いえいえ、ご当主さま方もお着替えがありますのでお忘れなきよう。
後ほど清めの前にもう一度参ります」
宮司である八畑由布鉄が八早月を筆頭様などと呼び丁寧な態度と言葉を使っていたところを目の当たりにして、櫛田家の当主だと聞いていた綾乃も含めた寒鳴家の人たちは改めて驚いていた。
しばらくして戻ってきた綾乃たち三名は真っ青な顔をしている。どうやら説明の内容に怯えているらしい。しかしこの儀を乗り切らなければいけないのだから何とか耐えてもらうしかない。そう考えた八早月は綾乃を安心させるためにしっかりと抱きしめる。
「綾乃さん大丈夫ですよ、私も怖いことがあると母に抱いてもらっていました。
祓いの儀は怖いものではありませんからご心配なく。
ちょっと痛い場合もありますけど、怪我するわけではなく精神的な物ですからね」
「本当に大丈夫なのかしら?
なんで痛いのかが分からないから不安で仕方ないわ……」
「そうですね、それはとても説明が難しいのですが、絶対に怪我はしませんから。
言うなれば綾乃さんの心の中へお守りを埋め込むような感じでしょうか。
その時に精神に少し切れ目を入れるので痛みがある、説明になっていますか?」
「説明はわかったけど原理がわからないから怖いの……
私どうかなったりしないわよね?」
「命に係わるとか怪我をすることは絶対にありません。
人によっては気絶することもありますけど、起きたらピンピンしてますから心配しないで平気ですよ」
綾乃は全然安心できないと言うように八早月を抱きしめかえしている。しかしその時が来てしまえばどうにもならないのだから諦めてもらうしかない。そろそろ時間も迫ってきたので次に清めを行い着替えて髪を乾かし結ってから儀式の開始となる。
この時にお守りを外し妖からは無防備になるため用心が必要になる。神社の周囲にはすでに数名の呼士が待機しており、真宵もまたその一人だった。彼女たちは綾乃から見えてしまうので大分距離を取っているが、妖が現れたなら瞬時に片付けてくれるだろう。
清めの段へ進む綾乃を見送った八早月は、着替えに向かいながら宮司からお守りを受け取り中へ入れてあった護り針を確認した。するとどうやら四番目の針が一番損傷を受けていて効果が高いと見える。
儀式の場へ次々に現れた当主たちは儀式用の正装である、白い半着と濃紺の袴を身にまとい凛々しい姿をみせる。それはまだあどけない少女である八早月であっても同じことで、綾乃の両親は自分たちの目を疑うほどだった。
静かで厳かな雰囲気の中、八早月の幼く澄んだ、それでいて威厳のある声が儀式の開始を伝える。
「それでは始めましょう。
まず常世開扉は私、櫛田八早月が行います。
紋様斬りは四宮臣人より始め、五日市、六田、七草、初崎、双宗の順とします。
護り刺しは三神耕太郎により執り行うものとする!
巫女殿、篝火を、宮司殿は中央へいざ」
一体何が起こるのかと辺りを見回しながら緊張を強めた綾乃の両親は、儀式場の正面に設けられた待機席で終わりまで待つしかないと覚悟を決めた。しかしそれを疑うかのように、二人の左右に巫女が二人ずつ立ち、まるでここから逃がさないと言わんばかりであった。




