68.七月十六日 丑三つ時 忍び寄る影
週末は八早月の家から車を出してもらって仲良し四人で買い物へ行けてとても楽しかった。寒鳴綾乃はそんな余韻に浸りながら休日を過ごし、部屋で新しい水着を着たりしているうちに就寝が遅くなっていた。
それでも日付が変わる前ギリギリに寝付いた綾乃はいつものように八岐神社のお守りを首にかけたまま胸の上に乗せて眠りにつく。このお守りを身につけるようになってから綾乃を襲う謎の不幸は確実に減ったと実感している。
この新しい家の効果もあるのかまではわからないが、玄関で躓いたりするたびにビクビクしていたのがウソのようだ。今まで週に一度くらいあった金縛りやカマイタチも起きていない。こうして静かに更けていく夜、すっかり落ち着いたと家族全員が感じていた。
日付が変わり時間も流れて午前二時、いわゆる丑三つ時がやって来た。家の周囲には何やら黒い影が迫っている。どうやら綾乃を狙って妖が迫ってきているようだ。
しかし家に入ろうとする妖どもは、神杭の結界に阻まれてその場で次々に消滅していくのだが、これは妖自体がごく微弱で結界を通るほどの力を持っていないせいである。
こうして妖どもは勝手にやって来て勝手に消え去っていき、その無言の戦いは誰にも知られることなく静かに進行していく。同様の事象は度々起こっており別に初めてではなかった。ただ誰一人気づくものはいなかったのだ。今までは。
「元恵よ、今の光景、もう何度目だろうな?
一体何が起きているのか皆目見当がつかん」
「うむ、主殿よ、随分と珍しい小者の妖だな。
だが無駄だと理解せずに集まってくるところに恐ろしさを感じるわ。
しかしあの娘が起きているときにはほぼ現れていないのだろ?」
「今のところはそのように見える。
だが以前は髪斬りが襲っていたこともあったそうだから油断は出来ぬ。
護り針が効いているのは間違いないし近々祓いの儀も行うようだ」
この件に直接かかわっていない五日市中は、ここ半月程は普段の見回りを減らして夜間の監視を続けていた。あの寒鳴綾乃と言う少女が八家筆頭の櫛田八早月によって保護されると決まったからには、その使命に全力を尽くすのが分家としての挟持である。
今のところ、よほど緊急の出来事でもない限りは監視のみで良いとされている。そのため中は数日に一度程度訪れるこの妖の波を眺めることしかしていない。それに襲っている妖の特性を見極めるためにわざと放置している面もある。
綾乃に持たせている八岐神社のお守りは、中に護り針と言うものが入っている特殊なものだ。これは八家当主全員が神器の力を用いて打ち鍛えた、縫い針を模した物が八種入っており、その中でより損傷が激しい、つまり効果の高いものを元にして祓いの儀と言う祝福を施すための準備品である。
今はそれを見極める段階と言うことなのだが、まもなくひと月経つのでそろそろ終わりも近い。だからというわけでもないが、中は一度くらいあの影法師の出来損ないのような妖と戦ってみたかった。
「やるか?」
「やらいでか!」
こうしてやる気満々で出て行った元恵は、落胆した様子ですぐに戻ってくる。どうやらあの影はあまりにも弱すぎて、呼士が近づいただけで勝手に消滅してしまうと言う。
中はガッカリしながら、また退屈な監視業務に戻るしかなかった。




