51.六月十八日 放課後 新たな出会い
朝は眠かったので特に何も言わず寝ながら学校へ向かったが、帰りの今はすっかり元気なので、八早月は小言の一つでも言いたくなっていた。
「別に休みの使い方にもお金の使い方にも注文を付けるつもりはありませんよ?
ですがやはり私はギャンブルを好きにはなれません。
まあ板倉さん自体がレースへ出るよりはよほどいいとは思いますけどね?
でもやっぱりのどが枯れるほど叫んできたなんて恥ずかしいですよ?」
「まっだぐおっじゃるどおりでず……
なんでばれちまっだんでずがねぇ……」
「お母さまは寄時おじさまから聞いて知っていたようですね。
話では高校生のころから通っていたらしいではありませんか!
それは私の知る限り、してはいけないことのはず!」
「はあ゛なるぼど、寄時にぎぎゃわがっじまいまずよね……
ぢょっどずいまぜん、のどあめがっでぎまず……」
「うふふ、お大事にね、もう少しここで待っていることになりそうです。
何か飲み物も買ってきてくださいますか?
私はミルクティーをお願いします」
昨日はオートレース場へ行って、喉がガラガラになるほど興奮して過ごした板倉は、後ろの席に乗せた八早月にあれやこれやと叱られて、肩をすくめながら買い物へ向かった。
いつもなら八早月が授業を終えて出てきたら車へ乗せすぐに帰るのだが、今日は社長、つまり八早月の母である手繰を待っている。手繰は今学校へ行って校長と話をしているのだが、それは以前起きた暴力事件のことでは無く、八早月からの頼まれごとに関連していた。
板倉が車に戻って来て少し経った頃、ようやく手繰が学校から出てきた。隣にはもう一人同年代の夫人と、八早月と変わらなそうな歳の少女が連れ立っている。その少女こそが、以前六田櫻が出会った妖が見えるという寒鳴綾乃である。
数年前より彼女の周囲では事故が多くなり、彼女自身も軽いけがをすることが増えていたようだ。それが妖の仕業とは言われないまでも、今まで住んでいた家の方位が悪いと風水師に言われ引っ越しを決意したらしい。
風水師の見立てが事実だったのかはわからないが、結果的に色々なものにすがりたどり着いたのが八岐神社が地鎮祭で行っている神杭打ちと言うわけだ。
櫻の報告があってから八家で半月ほどかけて調べた結果、寒鳴家自体は明治維新後に名乗り始めた新しい家系だったが、さらに遡るととある神宮の系譜が入っていることが確認できた。
その神宮の分家に地域の稲荷の娘が輿入れし、さらにその娘が寒鳴家の母方に当たるらしい。いままでずっと妖と関わってはいなかったようだが、先祖の誰かが妖の存在を知ることが出来たかどうかまでは詳しい記録が残されていないためわからない。
だが間違いなく言えるのは、その子孫である綾乃には妖を視認するだけの力が備わってしまっていることと、悪意ある妖を引き付ける体質だと言うことである。そのため八早月は、綾乃を保護するために監視しやすい九遠学園へ編入させることを提案したのだ。
今まで娘の安全に不安を感じていた両親は、神杭打ちを頼んだくらいには神頼みになっており、八岐神社の持つ力をあっさりと信じた。念のため神社からはお祓いの提案や防妖札を提供し、関連の深い九遠家が経営する学園への入学を勧めるなど、なるべく内容や関係性が破綻しないよう話を練りあげて安全確保に努めることとした。
今のところは綾乃を護る呼士的な存在は確認できておらずこの先も現れるとは限らないが、引き続き注視すると言うことで話はまとまっている。もちろんこのことは本人や両親にすべては明かされていない。
櫻との最初の出会いから約ひと月が経ち、学費や交通費等、少なからず負担の増えることにも納得の上で転入することを決めた綾乃と両親は、この日学園まで手続きにやって来たのだ。幸い綾乃は学業優秀であり、それは表へ出ることで事故の遭遇率が上がってしまうからと閉じこもっていたために得られた不幸中の幸いでの副産物と言ったところである。
「それでは寒鳴さん、お帰りも十分お気を付けくださいね。
くれぐれもお守りは肌身離さずお持ちくださいますよう。
ああそれと、こちらが私の娘で八早月と申します。
綾乃さんの一つ下ですが同じ学校ですから仲良くしてあげてください」
「こんにちは、櫛田八早月と申します。
この学校には私の他にもあと二人の巫が通っていますからね。
きっと綾乃さんは安心して通うことができるはずです」
「あら、それはとても頼もしいですね。
八早月さん、ぜひうちの子と仲良くしてください。
半端な時期での編入なので多少不安もあるのですが、心配なさそうで良かった」
「こんにちは、寒鳴綾乃です、櫛田さんよろしくね。
今度お祓いで八岐神社まで行くから、その時おうちへ寄らせてもらえると嬉しい」
「それなら私の家に泊まるといいわ。
ご両親も送迎大変でしょうし、タクシーならなおさらですもの。
お祓いはきっと週末でしょうから、金曜に学校が終わってからどうかしら?
都合が悪くなければ月曜まで泊まってから、一緒に送ってもらいましょう」
「そんなに泊めてもらって平気なの?
迷惑じゃないのかなぁ」
「全然問題ないけれど、なにもない山の中だからつまらないかもしれないわね。
お友達が泊まった時はバーベキューや川遊びをして、あとはおしゃべりばかり。
年下でも良ければ私の友達も一緒に泊まってもらえるか聞いておくわ」
「それはステキね! 私こんな体質だから友達あまりいなくて……
でもこれからはわかってくれる人が身近にいてくれるんだもん。
八岐神社と出会えてよかったよ」
「見つけてくれたご両親に感謝ね。
私たちの出会いもそのおかげだもの、これからよろしくね」
今まで大変な思いをしてきたとは思えないほど明るく元気な綾乃は、八早月にはそれでもどこか危うげに見えていた。




