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限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです  作者: 釈 余白(しやく)
第三章 水無月(六月)

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43.六月三日 午後 渓流

 この日は朝稽古もなく、八早月(やよい)は一人で見回りへ行ってきた。そのため帰ってきても友人たちはまだ夢の中である。朝食の後は少しだけゴロゴロしながらおしゃべりをして、おやつを食べてから薪割りをし、庭で地鶏を使ったバーベキューを楽しんだ。


「午後からは渓流へ行くのはどう?

 まだ水が冷たいから入れないけど風が気持ちいいわよ?

 今の季節は新緑がきれいだし心が洗われるのよね」


「いいね! アタシ渓流釣りしてみたい!

 でも道具も何もないかぁ」


「釣りはともかく確かに森の中の渓流なんて気持ちよさそう。

 森林浴ってやつだもん、きっと心地いいだろうなぁ。

 でもまさか熊とか出たりしないよね?」


「熊なんて滅多に出ないし心配ないわ。

 もし出ても――」


「出ても?……」


「走って逃げればきっと大丈夫でしょ。

 この辺りに人を襲うような熊は出ないもの」


 喉まで出かかった言葉を八早月は呑みこんだ。いざとなったら真宵(まよい)に助けてもらうからと言いかけてしまったからである。いくら友達と言えど言えないこともあり、苦し紛れに無茶なことを言いながらもなんとかごまかした。


 だが八早月が心配しているだけで、友人たちが真宵の存在を想像すらするわけがない。単に脅された程度に捉えて準備を進めるのだった。


「それじゃタオルやおやつは私が背負っていくからね。

 二人は山道不慣れだから身軽なほうがいいでしょう?

 私は毎日のように歩いているから気にしないで平気だから」


「ちょっと悪い気もするけど任せちゃってもいいかなぁ。

 もし転んだりしたらそのほうが迷惑かけちゃうだろうし」


 そんな会話をしながら山道を歩いていくと、三十分ほどで水の流れる音が聞こえてきた。心なしか風も湿気を帯びて冷たくなっている。町で生まれ育った美晴と夢路にとっては新鮮過ぎる体験のため、胸の高鳴りを感じずにはいられない。


「うわあすごーい! 考えていたよりも水の流れる音って大きいのね!

 それに空気の中に水の粒が含まれてるみたいで爽やか! 気持ちいい!」


「ハル、そんなにのりだしたら危ないよ!?

 結構高さがあるけど、まさかここを降りて行くの?」


「さすがに普通の人はこんなところ降りて行かないわね。

 釣りする人は別だけど、私たちはもう少し下ったところになる本流からね。

 そっちは平らで降りる道も作ってあるから安心なのよ?」


 両端が切り立ったちょっとした崖沿いに流れる小さな沢に沿って下って行くと、やがて開けた場所が見えてきた。八早月は本流と言っていたが実際には異なる。八畑山には先ほどのような沢が無数にあり、それらが集まった支流がいくつか存在する。それらがさらに集まって本流へと流れ込んでいるのだ。


 この支流は川幅が二、三メートル程度で、大きな岩があちらこちらにある典型的な渓流である。基本的には切り立った崖に挟まれているのだが、所々に低くなっている箇所が有り川まで降りることができる。


 三人は水辺へ陣取り、足を水につけたり写真を撮ったりしてはしゃいでいた。少し離れたところには真宵が待機し、危険が迫るようなことにならないよう警戒中だ。何かが起こってから対処するとなると、それこそ八早月と真宵が熊と戦うことになりかねない。


 そんなところを見られたらさすがに弁解の余地もなく、だからこそそのような状況にならないよう注意を払っているのだ。どうやら今のところは何の心配もないようで、八早月は安心してこのかけがえのない時間を楽しんでいた。


 しかしそこへ何者かが近寄ってきたと真宵から報告が入った。熊や鹿ではないとのことだが、どうやら釣り客が来たと言うわけでもなさそうである。なぜなら真宵が視界外から察知できるのは巫やそれに準ずるものだけだからだ。


『八早月様、まだどなたかまではわかりませんが近づいておいでです。

 警戒の必要はございませんがそのつもりで』


『真宵さん、ありがとうございます。

 こんなところまでわざわざやってくるなら一番近くの誰か……

 きっと直臣(ただおみ)じゃないかしら』


 直臣が釣りをするのかは知らないが、櫛田家と四宮家の間にある渓流へ他の家の者が来ることは考えにくい。かと言って臣人が一人で山へ入るのも不自然だ。


 やがて渓流を上ってくる姿が見えてくると、それは八早月の予想通り直臣だった。だが釣竿は持っていない。それなら鍛錬でもしているのかとよくよく見てみるが、彼は川の中を歩き、数歩歩いては顔を水へとつけなにかを構えている。


「ほら、あちらを見てみて。直臣が上がってくるわよ。

 夢路さんは慌てて水の中へ落ちないようにしてね」


「事前に教えてもらえてよかったよね。

 予想外に先輩と出くわしたら、夢は慌てて転んでたのは間違いないよ」


「私はそんなドジじゃないから! それにちょっと気になるくらいだよ。

 あんまり言われたら部活の時に意識しちゃうからやめてよねー」


 普段人の入らない(おごそ)かな大自然には似つかわない、うら若き少女たちがはしゃぐ呼び声は思ったよりも遠くまで通っていたらしく、まだ十数メートルは下流にいる直臣の耳に入ったようだ。


 三人に気が付いた直臣は今までやっていた何かをやめて急いで近づいてきた。すぐ近くまで来た少年が持っていたのはヤスだった。腰には竹を編んで作った籠が括りつけてありまるで漁師である。


「筆頭様、山本(夢路)さんと、えっと板山(美晴)さんでしたっけ?

 こんなところまで遊びに来ていたんだね」


「直臣こそそんなもの抱えて魚取り?

 釣りではないみたいだけど、それで魚を突けるの?」


「はい、(かじか)を突いてるんですよ。

 今日はまあまあ獲れたから少し持っていきますか?

 町では珍しいでしょうし、天ぷらや味噌鍋にするとおいしいですからね」


「それではお言葉に甘えて少し頂こうかしら。

 私も初物でうれしいし、夕ご飯に出してもらいましょう。

 直臣にこんな特技があったなんて知らなかったわ、さすがね」


「すごいです! さすが先輩はなんでもできるんですねー

 やっぱりこういうのも書道も集中力ですか?」


「そ、そうだね、集中力は何事にも役立つし鍛えて損はないと思うよ。

 山本さんは上達著しいから秋のコンクール目指してがんばろうね」


「はい! 先輩がそう言ってくれるとお世辞でも嬉しいです!

 これからもがんばりますね!」


 美晴曰く、こういうときの夢路は目がハートマークになっているらしい。確かに美晴の部屋には、夢路が自分の部屋に置ききれなくなった少女マンガが大量に強制貸出されており、それを開いてみると登場人物の周りに花が飛び瞳はキラキラと輝いていた。きっと夢路は今ああいう状態なのだろう。


 こうして思わぬ遭遇もあってより楽しめた三人はまた山道を戻って行く。だが、美晴と夢路は思っていたよりも川遊びで疲れており、帰り道ではヒーヒー言いながら脚に鞭を打つのだった。


 それでも夕飯に出してもらった鰍の天ぷらは絶品で、全員がその味に大満足しながら山奥の静かな夜を楽しんだ。


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