41.五月二十七日 夕方 帰宅
それにしても馴れ馴れしい娘だ。八早月が高岳零愛と会話しながら感じた率直な気持ちである。それにしてもここまで開け広げに話していいものなのかどうかは疑問である。一子相伝と言うと大げさだが、地元でも一族しか詳細を知らないほど秘密裏に伝承されてきた物のはず。
それとも八早月の考えすぎなのだろうか。巫になってから様々な教育を受けてきたが、八家の伝承について漏らしてはいけないと聞いたことはない。さて、どう対応すべきだろうかと悩んでいる間にも零愛との話は続く。
「私は他の妖討伐をしている人や一族に会ったのは初めてよ。
こう言うのって秘密にしていないでいいのかしら。
もっとお話ししたいけれどその辺りは年長者や宮司さんに要確認だわ」
「あー、そういうのも考えるもん?
ウチは結構人がいるとこでも気にせず呼んじゃってるけどな。
でもどうせ見えないんだし別に良くない?」
「妖も力を蓄えて強大になったものは普通の人にも視認できるでしょう?
それで事故に繋がったり災害を起こしたりするのだしね。
この辺の山にも影法師が出るのかしら?」
「黒い影みたいなやつのことかな。
ここいらではもやもや様って呼んでて、不吉の前触れとされているわね。
気が付けば被害が出る前に倒してるけど全部は難しいなぁ」
「たった二人では限界があるに決まっているわ。
しかも双子が産まれた時にしか巫、いえ御神子がいないなんて大変ね。
不在の間は妖が野放しと言うことなのでしょ?」
「そうみたいね、でもまあそんなもんなんじゃない?
ウチらの町だと妖由来の海難事故とかそこそこあるんだよね。
こっちのほうだと土砂災害とか行方不明とかが多いかな」
やはり妖による被害はごく日常的な物という認識で間違いないようだ。八家が守護する八畑村や周辺地域であってもそれは完璧ではない。神々への信仰が失われつつある地域ではもっと酷いとも聞くが八早月たちも今の地域で手いっぱいである。
「土着の神社が廃れてしまった地域なんてそんなものよ。
まだあなた達がいるだけ恵まれているのではないかしら。
それに伝承や伝統、しがらみで強制されているわけでもないのに偉いわ」
「偉いのかどうかわからないけど、確かに受け継がれてるのは感じるからね。
と言ってもウチらにやれるのは妖を探してこの子たちに命じるだけだけどさ。
アナタたちも似たようなものなのかな?」
「まあそうね、妖の前で人は無力だもの、討伐自体は真宵さんにお任せね。
彼女はとても強いから頼りになるわ。
それでも山の中ではぐれてしまわない程度には鍛錬しているのよ?
あなた方は何もしていないのかしら?」
「特別なことは何も、高校で部活やってるくらいかな。
ウチはソフトボール、弟の飛雄は野球をやってるんだよ。
だから体力はそれなりにあるつもり」
「なるほど、そふとぼおるも野球も見たことなくて良く知らないの、ごめんなさい。
でも名前を良く聞くくらいだから歴史のあるすぽーつなのでしょうね。
私は主に剣術と体術を、あとは今使っているような幻術を学んでいるわ」
零愛は志を同じくする者だからか、口下手な八早月でも会話が成立するのがありがたいと感じていた。彼女とは同級生たちとまた違う付き合いが出来そうだが、気になるのは隠匿しながら生きてきた我が一族のことだ。
八畑の八家にどのような決まりがあるのか未確認なのでこれからどう接していくべきかまだはっきりしないが、知らないことを知るのは楽しいことである。この機会を活かしてよそとの交流を進めるのもよし、もし制限があるならそれを撤廃するために当主筆頭の地位を利用することもやぶさかではない。
まずは帰ってから会合を開き相談してみることから始めよう。八早月はそう考え、楽しみと不安を抱えること自体をも経験とするつもりでまだ話を続けていたかったのだがそうもいかなくなりそうだ。
「や、やよ、八早月様、そろそろでご、ざいま、す。
さす、がに距離が遠くなりす、ぎまして限界が近づいて……」
「そう、ね、つい長話をし てしまいま、したね。
高岳さん、今日は楽し、くお話しできまし、てあり、がとうご、ざいました。
ま、たの機会が訪れ、る幸運を八岐様、へお祈りしてお、きます」
「あら、そろそろお別れ? スマホと違って遠すぎると使えなくなるんだね。
できれば連絡先を交換しておきたいけどどうかな?」
「こ、の姿ですま、ほは使え、ない、から難し、いわね。
良かった、ら手紙を出、してくだ、さい、な。
十久、のぐ、ん郡八、は、た村、櫛だや、早月で届、くは、ず」
「えっ、なんだって? よく聞き取れないよ」
話をしている間にもバスはどんどん遠ざかっている。そのため八早月が真宵の姿を保っていることが難しくなり、とうとう完全に途切れてしまった。伝わったかどうか怪しいが、住所として認識できていれば手紙が来るだろう。
八早月は実際にはまだ会ったことの無い新たな友人と出会える日を楽しみにしつつ、またいつもの日常へと戻っていくのだった。
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