39.五月二十七日 昼下がり 烏
初夏には季節外れかもしれないが、山の中は気温が低く爽やかな日にはちょうど良かったのかもしれない。相変わらず中学生らしからぬ老けた思考の八早月は、風情と言うのはこう言うものだと感じながら鍋をつついていた。
鍋の中身は猪肉でも珍味でもすいとんでもなくそばがきだった。普段口にする機会はなく珍しいと言えるが、高級でも粗末でもない絶妙な選択と言えるだろう。
「見慣れないものだけどおいしいわね。
すいとんと違ってねっとりしていないのが好みだわ。
お出汁もよく効いていて味わい豊かねぇ」
「アタシは初めて食べたかもしれない。
普段食べてるおそばと同じ物なの?」
「うちのママはたまに作っているよ。
日本酒によく合うからってパパが頼むんだけど、その時分けてもらってるの。
お鍋にするのは意外だったけど結構いけるね」
好き嫌いが別れそうな食感ではあったが、多感な中学生には物珍しい田舎料理だったこともあっておおむね好評のようだ。生徒たちが喜んでいるところを見て小山亭の人たちも笑顔を見せていた。
その時入り口の扉がガラガラっと音を立て表から風が入ってきた。それと同時にカラスが入ってきて生徒たちの頭上を飛んでいる。だが誰も気にしていない様子で何かおかしい。そう、この鳥から発せられているのは妖の気配である。
『これは…… どうです? 見えますか?
おそらくに真宵さんには気配が感じられず妖であることは間違いないかと。
それと巫らしき気配が入り口に二人、妖がもう一体いますね』
『これは一体どういうことでしょうか。
妖を操る人間のように思えますが、まさかそんなことがございましょうか。
どうしましょう? 斬りますか?』
『生徒たちが襲われる可能性もあります。
念のため抜刀しておいてください』
『承知しました!』
真宵が小太刀を抜くと、巫らしき気配のうち一人が店内へと入ってきた。それは八早月よりは年上だろうが似たような年頃の少女である。すると少女は真っ直ぐに八早月に向かって、いや、真宵の元へ歩み寄ってきた。
そして値踏みするように真宵を見つめた後八早月へと向き直る。この行動はさすがに全員見えているので、なにが起きているのかと店内には緊張が走っていた。
「ちょっとちょっと、斬らないでよ?
なるほど、ふーん、なるほどねぇ。
あんたがさっきウチらを見ていた子らっぽいね。
もしかして同業者?」
少女は周囲に聞こえないよう配慮したらしく小声で話しかけてきた。これにどう答えればいいのかわからないが、少なくとも大声で返事するものでないことは間違いない。八早月は僅かに頷くと真宵へ指示を出した。
『とりあえずこの場ではなにも話せませんから真宵さんから説明してください。
敵意は無いようですが、身の危険を感じたら戦闘は許可します。
ひとまずは表へ出て行っていただきましょう』
『かしこまりました、少々手荒になるかもしれません。
この少女から私が見えているのは間違いなさそうなので後を追わせます』
そう言うと真宵は店内を飛んでいる鳥まで宙を進み、傷つけないよう優しく捕らえた。それはほんの一瞬で一秒にも満たない時間だったこともあり、少女も想定していなかったようだ。
「ちょ!? なに? ちょっとまって!」
鳥を掴んだまま店から出て行く真宵を追いかけて少女も表へと出て行った。その一部始終、と言っても店内にいる生徒たちや店員には、突然入ってきた少女が独り言を言いながら突然焦りだし、再び出て行ったようにしか見えない。
「一体なんだったんだろうね。
話かけたかったみたいだけど八早月ちゃんの知り合い?」
「いいえ、知り合いではないわね。
一体どこの誰なのか興味はあるけど、また会う機会があるかわからないもの。
ちょっとだけ残念ね」
「んんん? なんだか含みがあるような?」
「そうかしら? 同じ山の民ってことで親近感を持ったのかもしれないわ。
もちろんこの辺りのほうがはるかに栄えているけどね」
こうして微妙なやり取りでその場を濁し、二十分ほど経ってバスへと戻ってから真宵の意識を追いかけた。今頃は真宵が話を聞き始めているかもしれない。もし危険と判断して斬り捨てたならすでに戻って来ているはずだ。
八早月はそんな風に楽観的に考えていた。




