38.五月二十七日 午後 峠道のドライブイン
楽しげな、いや不穏な気配は昨日のわずかな時間のみで正体はわからずじまいだと残念がる八早月だったが、調べるための自由時間は無くあっという間に帰宅する時間がやって来た。
朝には宿泊所を出発し、この隣県にある浪内西郡白波町ともお別れである。県境をまたいで九遠学園のある金井町に戻るにはバスで四時間ほどかかる道のりのため、朝食を取ってから記念の集合写真を撮った程度で足早に帰路についた。
二時間も走ると海は見えなくなり、八畑村とそう変わらないくらい山深く何もない場所をバスはひた走る。道路にある表示を見るとこの辺りは小山町と言うようだが、小山と言うには山が高くつまらない景色が続いていた。
しかしすぐに山が開けて町が見えてきた。確かこの辺りで昼食を取る予定になっている。名物は牡丹鍋や山菜らしいが、学校行事で猪を食べるとは思えないので、きっと八早月にはなじみ深い山菜料理だろうからとても期待できそうにない。
「お昼ご飯なんだろうね。
海から山へやって来たからきっと山菜の炊き込みとかじゃないかな。
めったに食べないものなら何でもいいけど楽しみだー」
「ハルは食べることばっかりだねぇ。
今回は生ものに当たらなくて良かったけど」
「海だからと言ってお刺身とかは出なかったものね。
貝類は生っぽく感じたけど、あれって茹でてあったから安心だったわ。
私も美晴さんみたいに生ものに強くないからどうしようと思っていたのよ」
「でもやっぱり海のそばだからか煮魚とかおいしかったなぁ。
山の幸はどうなのか、もう待ちきれない!」
「私は普段食べているからまったく興味が無いわね。
山菜なんて毎日食卓に上るもの。
きのこ類のほうがまだマシだわ」
「山菜毎日とか羨ましいなぁ。
でもありがたみが無くなっちゃうのは少しつまらないかもね。
さっきからよく看板見かけるけど、さすがに牡丹鍋はないよね?」
「私も同じこと考えてたわ。
学校行事でそんなもの予約するはずないわよね。
夢路さんは食べ物に詳しいからこの辺りの名産も知っているかしら?」
急に話を振ったからなのか、夢路は慌てて二人から目を反らした。なにか含みがあるような気がしたのか、すかさず美晴が聞き出しにかかった。
「わかったわかった、言うからくすぐらないでー
えっとね、この辺りの名物と言ったら珍味なのよ。
例えば蜂の子とか…… ナマズとかサンショウウオも名産らしいわよ……」
「ひええ、いくら食べる機会が少なくても虫はカンベンだなぁ。
ナマズは魚だからいいとしてもサンショウウオってトカゲだっけ?」
「サンショウウオは両生類、カエルなどと同じ仲間になるはず。
食べたことあるけど可食部も少ないしおいしいとは思わないわ。
カエルのほうがよほどちゃんと食べられるわよ。
蜂の子は子供の口まで回ってこないから出てきたら歓迎だけど多分無理ね」
「流石山育ちは違う……
八早月ちゃんにとっては何が出て来ても珍しくはなさそうで残念だね」
そして昼を少し回ったころ、バスは『峠のドライブイン 小山亭』と書いてある看板の下でエンジンを止めた。どうやらここで昼食となるようだ。店内へ入るとすでに準備が進められており、長テーブルには一人分ずつ鉄鍋が並べられていた。
「もしかしてお鍋!? 牡丹鍋だよきっと! すごい!
さすが私立の校外学習は太っ腹だね!」
「一人ずつ火をつけてくれるみたい。
なんか宴会みたいで大人っぽくて嬉しいなぁ。
ママに自慢しちゃおっと」
他の生徒も大騒ぎしながら写真を撮ったりメールを送ったり大忙しである。しかし八早月は嫌な予感がしていた。八畑村でもこの一人分の鉄鍋で料理が振舞われることがあるが、こう言うのは大体すいとん入りのけんちんで、鶏肉が一切れ入ってる程度の場合が多かった。
やがてめいめいが席について店員が火をつけて回り始めた。ふたはあとで回収に回るので閉めたまま待つように指示が出される。とりあえず夢路は珍味ではないと一安心しているし、美晴は牡丹鍋と決めつけて興奮冷めやらぬと言った具合だ。
そして八早月はと言うと――
『八早月様、また気配が――』
『そうね、これは妖ではなく呼士なのかしら?
随分と高い場所に感じるけど真宵さんにもわかりますか?』
『いいえ、私にわかるのは巫の気配のみですから地上にいるほうだけです。
上空高く飛んでいるのですか? 呼士は確認できませんので妖!?』
『でも巫の他にも地上近くに気配があるわね。
こっちはなんなのかしら、どれかが呼士だとは思うのだけど……
真宵さんに気配が察知できているのは地上の二つだけですか?』
『はい、左様でございます。
その天高く飛んでいると言うのは確認できませんので妖かと。
いかがいたしましょう、見て参りましょうか?』
『いいえ、下手に手を出すことになっても無礼になりますからね。
帰りまで気配が残っていればまた考えましょうか』
真宵との相談で方針が決まったころには鍋が勢いよく湯気を吹きあげ、木のふたがバタバタと暴れはじめていた。やがて回ってきた店員が見せてくれた中身は、それほど高級ですごいものではなかったが、八早月も美晴たちも地元では見かけない珍しい料理だった。




