1.四月八日 朝 初めてを知った少女
四月らしい爽やかで強めの風が櫻のつぼみを揺らす、そんな晴れた日、大通りにはいかにも不慣れな様子で、まるで制服に着られている生徒が保護者と連れだって歩いている。どうやらこれから入学式が行われるようだ。
とても都会とは言えない地方都市でも私立学校なんて珍しくもなく、この街にある中高一貫の九遠学園もその一つである。ローカル線の駅に近いこの通りには他の学校の生徒もいるようで、いくつかの制服が混じり大勢の生徒が歩いているのだが、その横を一台の高級ワゴン車が通り過ぎていく。
車内では鏡を片手に髪型を入念に確認する少女がいた。それは村には無い中学校へ通うために今日初めて村を出て街へ降りてきたばかりの新一年生なのだが、なにか初めて見た光景に心惹かれた様子である。
「板倉さん! すぐに車を止めて下さいますか?
あそこに不埒な輩を見かけたのです」
「しかしお嬢? 寄り道すると遅刻してしまいますよ?
通行人が大勢おりますし放っておいてよろしいでしょう。
もし間に合わなかったらまた社長に叱られてしまいます」
「それには及びません。
私には妖の仕業に思えてならないのですから」
「はあ…… それなら仕方ありませんね。
入学式に間に合わないといけませんから、くれぐれも手早くお済ませください」
板倉と呼ばれた運転手は車の速度を落とし歩道へと寄せて停車した。すぐに運転席から降りると後部座席のドアを開けて頭を下げながら右手を差し出しお嬢様を車外へと誘導する。
「ありがとうございます。
それにしても板倉さんは相変わらず心配性ですね」
黒塗りの車から出てきたのは真新しいセーラー服を着た小柄な少女だった。優雅に、そして行儀よく車から降り立つと、先ほど車内から見えていた男子生徒たちへと近づいていく。そのうちの一人は小柄な生徒の腕をつかみ、もう一人が学生鞄を取り上げてちょっかいを出しているところだった。
「あなた達? 狼藉をやめてその手を放しなさい。
さもないと痛い目にあうわよ?」
「なんだお前、ボンボン学園の一年のくせに随分生意気だな。
そんなチビがどうやって痛い目に合わせてくれるんだ?
ホレホレ、やりたきゃやってみろ? ギャハハハ」
「私は痛い目にあわせるではなく、あうと言ったのです。
行動だけでなく耳か頭も悪いようですね」
少女がそう言い終わらないうちに、小柄な生徒に絡んでいた品の良くない二人がその場に崩れ落ちた。絡まれていた生徒も、遠巻きに見ていた人たちも、いったい何が起きたのかわからない様子でポカンとしている。
「真宵さん、ありがとうございました。
では遅刻しないうちに向かいましょうか」
少女が誰かへ礼を言ってから颯爽と車へ戻って行くと、その場で待っていた板倉は先ほどと同じようにドアを開けてから頭を下げ、少女を乗せて走り去った。
助けられた少年はすでにその場にはおらず、とっくに走って逃げていた。