35.五月二十二日 午後 自習時間
昼過ぎは危険な時間である。給食を食べてお腹が膨れるとどうにも眠くなる。八早月はうら若き乙女らしからぬことを考えながら自習に取り組もうと集中していた。
しかしそうはさせてくれないのが学友と言うものだ。突然訪れた自習時間に暇を持て余した美晴と夢路は自分の席を放り出して八早月のところへやって来た。
「ねえねえ八早月ちゃん、なんで今日は四宮先輩と一緒じゃなかったの?
というかなんでたまに一緒に来るようになっちゃったわけ?
アタシはどうでもいいんだけど夢は気にしてるみたいだからさぁ」
「ハルったらなに言ってるのよ、私は気にしてなんかいないわよ。
ただ八早月ちゃんを待ってたら一人だったり一緒だったりするなって……」
「ああ、そんなこと気にして最近そわそわしていたのね。
友達なのだから遠慮なく聞いてくれて良かったのに。
高等部の楓と直臣がたるんでいるから朝の鍛錬を一緒にやっているの。
週に三回だけで毎日ではないから一緒に来る日とそうでない日があるだけよ」
「ほうら、夢の考えすぎだって言ったじゃないの。
いくら従妹同士が結婚出来るからって、そんなの決めるのはまだ早すぎるって。
でも将来的にはそういう話も出るのかしら?」
「私と直臣が? それはあり得ないわね。
どちらも家の跡取りですもの、家系断絶になるようなことは許されないわ。
私たちにとって家系の存続は恋愛や個人の感情なんかより重いものなの。
もちろん直臣はタイプでも恋愛対象でもないから夢路さんは安心して頂戴」
「えー、現代でそれはナンセンスだよ。
八早月ちゃんのご両親は恋愛結婚じゃなかったの?
千年以上続く旧家と地元の名士がどうやって出会ったのか興味あるわぁ」
「ハルって自分の恋愛には消極的なのに、人の話聞くのは好きだよね。
そういうとこちょっと下品だと思う……」
「えへ、ワイドショー好きなおかあちゃんに似ちゃったのかもね。
それはともかくどういう理由なのか聞かせてよー」
「そんなに興味を引くものなのかしら。
私の両親は見合いと聞いているわ、取引先の娘だったのがお母さまなの。
八畑村って鍛冶師の里だから村全体で燃料を沢山仕入れているのよね。
実も蓋もない言い方をすれば政略結婚と言うこと」
「意外と夢の無い話だったわね。
うちは恋愛結婚らしいけど、高校の同級生で手ごろだったからだってさ。
夢はあるような気もするけどロマンが無いわ!」
「田舎なんてどこも似たようなものなのよ。
私の両親も職場結婚で恋愛と言うか妥協って言ってたからね。
ハルのところといい勝負って感じかな」
「聞いてみればそれほど面白くもない話なんて珍しくもないわね。
それよりも自習していなくて平気なのかが気になるのだけど?」
「深山先生って急病でお休み多いから心配、体が弱いのかしら。
教師も楽じゃないってことなのかもしれないわね。
休みが多いからアタシは教師になりたいと思ってたけど、再考の余地ありかも」
「私は断然専業主婦ね!
ママみたいにいつも家にいて子供の世話したいもん。
そうじゃなかったら洋菓子屋さんで働きたいな。
もちろんパートでも社割効くところが絶対条件ね」
「二人ともすごいわね、今から人生設計を考えるだなんて偉いと思う。
私の場合はもう決まっているから考えることは何もないけれどね」
別に投げやりに答えたつもりはなかったが、表向きは鍛冶師を継ぐことになっているので同年代の女子からは当然のように同情の目で見られてしまったようだ。しかし八早月は祭事で必要になった場合以外は鍛練場へ入る気はなかった。
「いくら長年続いているからって家業を継がなきゃいけないのは大変よね。
しかも女の子なのに鍛冶師って厳しいよねぇ。
よく知らないけどすごい熱そうじゃない?」
「相当熱いし暑いわよ、って伝わらなそうだけども。
まず冬でも半袖で汗かくくらいには暑いのよ。
鉄を鍛えているときは熱された鉄粉が飛んできてこれがまた熱いのよねぇ」
「うわあサイアク、それって火傷するってことでしょ?
そこまでして継がないといけないの? 一人っ子だから仕方ないのかな」
「最終的には婿を取るって手が残されてるから何とかなるわよ。
他の分家ではそうしている女性もいるんだから心配はいらないわ」
二人があまりにも親身になってくれるので、本当は妖討伐が本分で鍛冶師は二の次などとは言いだせないし、そもそもそんなこと明かせるはずもなかった。妖討伐だなんて一言で言っても、時と場合によっては政府から依頼が来ることもあるのだ。
国内には他にも似たような力を持つ一族が多数存在しているらしいが、それぞれに交流はない。その由来も、八畑村は八岐大蛇を祀る八岐神社に製鉄と鍛冶が付随したものだが他はまた別なのだと言う。
わかっているのは、別の土地では全く異なる由来や伝承を元にした力を持つ者たちがいることで、共通しているのは神社やご神体が存在していることくらいらしい。
有名どころでは、古来から脈々と続く神宮や大社の類で神具が奉納されている場所であったり、各地に数多く存在する稲荷なども地域の安寧を護る存在の代表である。しかしそれらもどのような力を持っているのかほとんど漏れ聞こえては来ない。
中には近代化に伴い、かつて神事であった催しが奇祭とされて継続不能となりその血統が途絶えた例もあると言う。都会になればなるほど妖への対抗手段を失い、世が荒んで行っているのはそのせいでもある。
そんなこともあって、軽々しく真相を明かすわけにはいかないのは当然のことだ。それでもせっかくで出来た友人に秘密を持つと言うことが、いくら筆頭当主と言う重責を担っている立場だとしても、まだ幼い十二歳の少女には辛いことだった。




