29.五月五日 夜 三神太一郎 対 四宮直臣 開始
いよいよ今年の織贄の儀も残すは最終日だけとなった。連日寝不足で疲労困憊な八早月にとっては、今日が土曜日で休みがあと一日あるのが救いだ。
夕方から夜にかけて菖蒲湯に長く浸かったおかげか身体がポカポカしているし、まだ少し肌寒いと感じるはずの夜風も心地よい。そのせいでより一層眠気が襲ってくるのだがさすがに寝てる場合ではない。
「それでは最終日の儀、始めるとしましょう。
いつものように巫女の方々は火を入れてください。
まずは東方、三神家男贄、太一郎、前へ!
続いて西方、四宮家男贄直臣、前へ!」
さすがに三度目ともなると肝が据わってきたようで、どちらも凛々しく立派な顔つきで演舞場へ歩み出た。現在の八岐贄の中で最年長の太一郎は、できれば早く当主を受け継ぎたいと考えていた。それは現当主で父である耕太郎が齢六十を超えお役目がきつくなってきたと言い始めたからである。
週四回朝晩の見回り当番と、平均しても週一以上は訪れる妖の脅威は老いた身体にはきついだろう。現代の基準ではまだ若いと言っても、間違いなく歳は重ねて来ている。段々と無理が効かなくなり弱音を吐きたくなるのも無理はない。
太一郎は鍛冶師としての研鑽も重ねており、中学卒業後すぐに自ら双宗家の下働きになった。これを三年間務めた後に街の鍛冶師を紹介してもらい外へ四年間修行に出ていた。これは太一郎が自分で考え、高校大学の代わりに見聞を広めながら鍛冶を学ぶための方法だったようだ。
その後、満を持して父につき従い鍛冶と神事を学び、祭りや儀式に使う刃物や包丁、農具等を鍛えて六年が経った。つまり鍛冶師としてはすでに十五年のキャリアを積んで来たと言うことになる。
もちろんその間も八岐贄としての修練も欠かしてはおらず、ここ数年は特に努力しなんとか一人前と認めてもらいたいと願っている。しかしそれが返って焦りに繋がり、微妙な空回りとなっているのも事実だった。
「では三神耕太郎、四宮臣人、前へ!
双方、呼士をここへ現しなさい!」
「かしこまりました、ただいま!」
「はっ、仰せのままに!」
それぞれの当主が自分の子である後継者候補の背に掌を当てると、まもなくその横へ呼士が姿を見せた。
「風衛門、ここに参上仕った!」
「我が主に従い紅羽見参!」
この瞬間が当主にとって一番緊張する場面と言ってもいい。特に今年は楓の醜態があったので、全員が神経をとがらせていた。こうして無事にそれぞれの準備が整ったことを確認すると、分家筆頭の初崎宿が立ちあがった。
「双方よろしいな? それでは構え――
―― 始め!」
昨晩の槍対鉾の長柄対決も見ごたえがあったが、今宵の鉾対長太刀もなかなかのものである。序列は風衛門が上なのだが、一段下の紅羽が鉾を持っていることでその差はないと言えそうだ。
その紅羽のが使う鉾だが、基本的には片手武器なので長さは短く、彼女が用いているのはおよそ六尺、二メートルほどのものだ。短さゆえに小回りが効き、穂先形状からわかるとおり両刃の短剣のようになっているため、突きだけではなく切ることも想定されている得物である。
鉾の穂先部分は幅広なものが多く、紅羽の得物もまるで女性の肉体美を連想させるように中央がくびれた、美しい曲線の刀身を持っている。それは細身で凛々しく可憐な紅羽よりは、ほんのりと肉付きの良い山本夢路に近いかもしれない、などと、八早月は不謹慎で下世話なことを考えながら眺めていた。
今その鉾と相対している長太刀を持つ風衛門の剣術は相当のもので、明らかに不利な間合いから繰り出される突きと払い切りを、全て受け流し弾きかわしていた。かと言って余裕があるわけではなく、なんとか崩したいのが本音だろう。
呼士には疲労と言う概念は無いので時間をかけてもなんの打開策にもならない。あえて言うなら主が疲れれば力も落ちるが、それには何時間も戦う必要があるし、自分の主にも同じ状況が訪れることを意味していた。




